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第一幕 第一章 家にいる気はありません
056 魔王様のご降臨につき
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2019. 2. 12
**********
音も立てずに部屋に入って来たターザの視線は、カトラの手を握るマリウスの手に固定されていた。
早く離せばいいものを、ターザが少しばかり威圧しているために、息を止めたように固まってしまっていたのだ。
それを気にせず、カトラはターザに確認する。
「店の方、どうだった?」
「うん。狙ってたのがノコノコ出てきてたんだ。ちゃんと捕まえてきたよ」
「捕まえてきたの?」
珍しい。ターザならばその場で処分して終わりにするはずだ。
「貴族にとって一番怖いのは自分より上の立場の人だからね。釘を刺すにはこれが最も有効だと思うんだ。再犯を防ぐためにもね」
そうして、後ろに引きずっていたらしい小太りな男をヒョイっと摘み上げて部屋に放り込んできた。
「うわっ、ぐっ」
無様に転がり出た男は、満足に受け身も取れなかったらしい。床で鼻を擦って赤くしていた。
「お、お前っ、無礼にもほど……が……っ」
尻すぼみになったのは、その目の端に侯爵の姿を映したからだろう。
「久しいな、子爵よ」
「っ、ば、バリス侯爵っ……な、なぜこちらにっ」
立ち上がることもできず、床に座り込んで小さくなる子爵。それを見下ろし、冷たい視線を向けるバリス侯爵は、呆れたように告げた。
「ここは私の領地だ。なぜと問いたいのはこちらの方なのだが?」
「っ、そ、そうでしたっ。し、失礼をっ」
「もしやそなた、私が後見する店に何か迷惑をかけたのではあるまいな?」
「こ、後見!?」
侯爵は、チラリとカトラとターザを見て、そういうことかと当たりを付けていた。
状況から見てそういうことだ。
既に後見するという契約は作成済みなので、侯爵も嘘は言っていない。ただ、公表がまだされていないというだけのことだ。
「そうだ。『ベジラブ』という名の店なのだが、どうだろうか?」
「ひっ、な、なんですとっ!?」
バカみたいに動揺する男に、侯爵は少し面白そうにしていた。
「今までも幾度か来られていたらしいな。店主を訪ねているようだが、何の用だったのかな? 私が聞こうじゃないか」
「めっ、滅相もなっ……あ……いえ、あの」
そこで男はカトラに気付いた。
「か、カーラ。そこに居たのか。バリス卿、私はそこのベジラブの若きオーナーに結婚の約束をしていたのですよ」
「……本当かね?」
カトラが首を横に振る前に、子爵は慌てたように割って入る。
「恥ずかしがっておるのですっ。まさか侯爵の前で挨拶することになるとは思ってもみませんでなあ。はははははっ」
誰もこの子爵の言葉など信じてはいなかった。
当たり前だ。寧ろ、周りの者たちの視線は、静かに無表情で佇むターザに向いている。
ほんの数分彼と接するだけでわかるのだ。誰よりもカトラを思っているのが彼であるということに。
そして、カトラもそれを許容しているということに。
「ほれ、カーラ。挨拶をしなさい。こちらはバリス侯……」
「いい加減にしろ……」
「へ?」
一瞬だった。
男へと黒い針が風のように襲いかかり、壁に縫い留めたのだ。
「なっ、あっ、なんだこれはっ!!」
「痛くはないでしょ? 部屋を血で汚すの好きじゃないんだ」
ターザは静かに、コツコツと足音を鳴らして男へと近付いていく。
カトラはいつの間にか手を離したマリウスから離れ、メルエリとセリエルに見せないようにと、ナワちゃんに任せて部屋から出した。
他の者たちは、完全に固まっている。
「大丈夫、殺したりしないよ……本当は今すぐにでも殺してやりたいけど……」
「っ……」
息をのむのは、壁に張り付けにされている男だけではなかった。バリス侯爵も、その護衛たちも身動ぎ一つできない緊張感が部屋を満たしていた。
そんな部屋の外では、ナワちゃんが密かにこれ以上の被害者を出さないように分身体を置いていたりする。
《-魔王様のご降臨につき立入禁止-》
これを見た職員たちは、首を傾げながらもナワちゃんが『立入禁止』というならと、一つ頷いてから通り過ぎていく。
しかし、この時ギルドに到着したマリウス達の護衛はそうもいかなかった。
ここまで案内してくれたギルド職員は『少しお待ちください』と言って、その場に待機している。
「その……これは一体?」
「ナワさんが『立入禁止』と表示されていますので、そういうことなんだと思います」
そういうことってどういうことだとガラドは混乱する。
「いや、中に私の主人が居るのですよね?」
「はい。お連れ様が中に……いえ、そちらのお部屋にもいらっしゃるようです」
職員は、隣の部屋から顔を覗かせた二人の子どもに気付いて顔を向ける。
「っ、お二人共っ、ご無事でしたかっ。それで……お兄様は?」
そこで子ども達の足元からスルリとナワちゃんが出てきて文字を作る。
《-お隣におられます-》
《-魔王様のご降臨中につきお待ちください-》
「いや、魔王というのが心配なのだが……」
まさか、お伽話に語られる魔王というのが本当にいるとは思わないが、危険人物がいるということだ。
そんな中にこの国の第一王子を閉じ込めておいて良いはずがない。
《-魔王様のお相手は小太りな子爵様です-》
《-主がいる手前で無益な殺生はなさらないでしょう-》
《-部屋を汚すのもお嫌いですので-》
「だ、だが……」
その時だ。立入禁止の部屋から悲鳴が上がった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、16日の予定です。
よろしくお願いします◎
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音も立てずに部屋に入って来たターザの視線は、カトラの手を握るマリウスの手に固定されていた。
早く離せばいいものを、ターザが少しばかり威圧しているために、息を止めたように固まってしまっていたのだ。
それを気にせず、カトラはターザに確認する。
「店の方、どうだった?」
「うん。狙ってたのがノコノコ出てきてたんだ。ちゃんと捕まえてきたよ」
「捕まえてきたの?」
珍しい。ターザならばその場で処分して終わりにするはずだ。
「貴族にとって一番怖いのは自分より上の立場の人だからね。釘を刺すにはこれが最も有効だと思うんだ。再犯を防ぐためにもね」
そうして、後ろに引きずっていたらしい小太りな男をヒョイっと摘み上げて部屋に放り込んできた。
「うわっ、ぐっ」
無様に転がり出た男は、満足に受け身も取れなかったらしい。床で鼻を擦って赤くしていた。
「お、お前っ、無礼にもほど……が……っ」
尻すぼみになったのは、その目の端に侯爵の姿を映したからだろう。
「久しいな、子爵よ」
「っ、ば、バリス侯爵っ……な、なぜこちらにっ」
立ち上がることもできず、床に座り込んで小さくなる子爵。それを見下ろし、冷たい視線を向けるバリス侯爵は、呆れたように告げた。
「ここは私の領地だ。なぜと問いたいのはこちらの方なのだが?」
「っ、そ、そうでしたっ。し、失礼をっ」
「もしやそなた、私が後見する店に何か迷惑をかけたのではあるまいな?」
「こ、後見!?」
侯爵は、チラリとカトラとターザを見て、そういうことかと当たりを付けていた。
状況から見てそういうことだ。
既に後見するという契約は作成済みなので、侯爵も嘘は言っていない。ただ、公表がまだされていないというだけのことだ。
「そうだ。『ベジラブ』という名の店なのだが、どうだろうか?」
「ひっ、な、なんですとっ!?」
バカみたいに動揺する男に、侯爵は少し面白そうにしていた。
「今までも幾度か来られていたらしいな。店主を訪ねているようだが、何の用だったのかな? 私が聞こうじゃないか」
「めっ、滅相もなっ……あ……いえ、あの」
そこで男はカトラに気付いた。
「か、カーラ。そこに居たのか。バリス卿、私はそこのベジラブの若きオーナーに結婚の約束をしていたのですよ」
「……本当かね?」
カトラが首を横に振る前に、子爵は慌てたように割って入る。
「恥ずかしがっておるのですっ。まさか侯爵の前で挨拶することになるとは思ってもみませんでなあ。はははははっ」
誰もこの子爵の言葉など信じてはいなかった。
当たり前だ。寧ろ、周りの者たちの視線は、静かに無表情で佇むターザに向いている。
ほんの数分彼と接するだけでわかるのだ。誰よりもカトラを思っているのが彼であるということに。
そして、カトラもそれを許容しているということに。
「ほれ、カーラ。挨拶をしなさい。こちらはバリス侯……」
「いい加減にしろ……」
「へ?」
一瞬だった。
男へと黒い針が風のように襲いかかり、壁に縫い留めたのだ。
「なっ、あっ、なんだこれはっ!!」
「痛くはないでしょ? 部屋を血で汚すの好きじゃないんだ」
ターザは静かに、コツコツと足音を鳴らして男へと近付いていく。
カトラはいつの間にか手を離したマリウスから離れ、メルエリとセリエルに見せないようにと、ナワちゃんに任せて部屋から出した。
他の者たちは、完全に固まっている。
「大丈夫、殺したりしないよ……本当は今すぐにでも殺してやりたいけど……」
「っ……」
息をのむのは、壁に張り付けにされている男だけではなかった。バリス侯爵も、その護衛たちも身動ぎ一つできない緊張感が部屋を満たしていた。
そんな部屋の外では、ナワちゃんが密かにこれ以上の被害者を出さないように分身体を置いていたりする。
《-魔王様のご降臨につき立入禁止-》
これを見た職員たちは、首を傾げながらもナワちゃんが『立入禁止』というならと、一つ頷いてから通り過ぎていく。
しかし、この時ギルドに到着したマリウス達の護衛はそうもいかなかった。
ここまで案内してくれたギルド職員は『少しお待ちください』と言って、その場に待機している。
「その……これは一体?」
「ナワさんが『立入禁止』と表示されていますので、そういうことなんだと思います」
そういうことってどういうことだとガラドは混乱する。
「いや、中に私の主人が居るのですよね?」
「はい。お連れ様が中に……いえ、そちらのお部屋にもいらっしゃるようです」
職員は、隣の部屋から顔を覗かせた二人の子どもに気付いて顔を向ける。
「っ、お二人共っ、ご無事でしたかっ。それで……お兄様は?」
そこで子ども達の足元からスルリとナワちゃんが出てきて文字を作る。
《-お隣におられます-》
《-魔王様のご降臨中につきお待ちください-》
「いや、魔王というのが心配なのだが……」
まさか、お伽話に語られる魔王というのが本当にいるとは思わないが、危険人物がいるということだ。
そんな中にこの国の第一王子を閉じ込めておいて良いはずがない。
《-魔王様のお相手は小太りな子爵様です-》
《-主がいる手前で無益な殺生はなさらないでしょう-》
《-部屋を汚すのもお嫌いですので-》
「だ、だが……」
その時だ。立入禁止の部屋から悲鳴が上がった。
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