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第一幕 第一章 家にいる気はありません
040 気候的に無理だよね?
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2018. 12. 5
**********
カトラはターザとナワちゃんを連れてミルサルトに向かっていた。
途中、材料を集めながらになるので、一気に転移するわけではなく、いくつかの提携している農園に寄ったり、薬草を採取しながら進み、昼頃には最後の農園に着いていた。
「こんにちは~」
カトラが提携をお願いしている農園は小さな農園ばかりで、仕入れる野菜によって変えている。
「あ~、カーラ嬢ちゃん。そろそろだと思ってたぜ。準備できてっから、残り全部持ってってくれや」
「ありがと、おじちゃん」
「こっちも助かってるよ。店の方、相変わらず忙しいみたいじゃねぇか」
小さいとはいっても農園だ。いくつかの家や一族が集まって作っている。だが、野菜は沢山作れても、売れなくては意味がない。カトラが選んだのは、出荷するために何日も家を空けなくてはならない場所にある村や小さな町の農園だった。
せっかく丹精込めて作っても、移動のために鮮度は落ち、売りに出す時には値が下がってしまう。そんな努力が正しく報われない人々の村や町は、次第に過疎化が進んでいた。
若者達は、より大きな町にと出稼ぎに行ってしまうのだ。努力に見合わなければ、人は続けられない。若者はそれが顕著だ。親の苦労を見ているのだから。
「うん。こっちは困ったことない?」
「ねぇなぁ。カーラ嬢ちゃんのお陰で若いのが戻って来とるし、この前も冒険者やってたやつらが戻ってきて、輸送部隊に入ったわ」
「それは心強いね」
カーラは提携の農園を支援する専用の輸送部隊を持っている。これも冒険者を退いた者たちで構成されており、近くの町や店に野菜を運ぶ専門の輸送部隊だ。
腕っ節も強い上に、冒険者としての勘は衰えておらず、最速の道を割り出し、邪魔になる魔獣の分布情報も上手く仕入れている。更に、護衛を別で雇う必要がないためにコストも抑えられた。
これにより、農園の主たちは仕事を休むことなく続けられる上に、慣れない旅に出る必要がない。お金の計算もきっちり指導しているので、安心して任せられ、売り上げにも納得している。
「じゃあ、これ今回の代金」
「おう、ありがとうよ。三日後にはこの辺が収穫できるがどうするよ」
「もらいに来る」
「おっしゃ。昼には収穫できてっから」
「お願いね」
この祭りの期間は、直接カトラがこうして回収に来る。その場合は、周りの町の相場を元に少しだけ色付けした値段をその場で支払うので、彼らも喜んで提供してくれるのだ。
いつもは輸送部隊が町に運び、売った後にしかお金が手に入らない。あくまで輸送専門であり、仲介屋ではないという位置付けなのだ。
「それにしても珍しいな、カーラちゃんが誰かを連れてるなんて。旦那か?」
「将来的にはね」
「……」
すかさず答えるターザにカトラは肩を落とす。
「はっはっはっ、そりぁめでたい! どれ、俺からの祝いだ。新作でなぁ。もってけ」
「すごいね。これ、この辺じゃ作るの難しいんだよ?」
ターザが遠慮なく受け取ったのは小さなメロンのような果物だった。一度だけターザが国元からお土産で持ってきてくれたことがあるので覚えていた。
「お兄ちゃん、南の人だろ? 知ってると思ったよ」
「どうやったの? 気候的に無理だよね?」
「カーラ嬢ちゃんのお連れさんなら構わんだろ。ほれ、あれだ」
おじさんが指し示したのは小さめのビニールハウス。もちろん、ただのビニールではなかった。
「あの透明の……ガラス?」
「スライムの出す粘液とビルニア草を混ぜて薄く伸ばして乾燥させたの。破れにくい上に撥水性、気密性が高くて、その上虫除け効果まであるんだ」
スライムの粘液は害がなく、ただのゼラチンのようで、何かに使えないかなと思っていた。そこで思いついたのが消臭液。すぐに帰化してしまう薬液を保護する目的でそれで包んで瓶に入れた。
結果上手くいったので、ならばと次に虫除けのビルニア草の液を入れたのだが、少しすると薄い膜を張って粘液が溶けてしまったのだ。そこからその膜がビニールのようだと思い至り、試行錯誤の末にこれが出来上がった。
これを、カトラは商業ギルドの研究部へ売り込み、主に農業に活かしてもらうよう契約したのだ。
「ビニールってんだ。俺んとこで、試作研究してんだよ。温度調整が難しいが、慣れれば季節に関係なく色々と作れそうだぜ」
「へぇ……ハウス栽培かぁ。なるほどね」
「……っ」
カトラはターザの呟きに反応する。時折不思議なのだが、ターザはカトラの知る前世で使っていた言葉を当たり前のように受け止めてしまう。
もしかして、ターザも前世の記憶があるのだろうかとか、同じ世界に生きていたのだろうかとか、そんな疑問が湧いてくる。
「ん? どうしたの、カーラ」
「っ、ううん……」
けれど、いつも聞く勇気は持てない。きっと、変な事を言ってターザに嫌われたくないと思っているのだろう。我ながら、いつの間にかターザに傾倒しているなと苦笑するしかない。
「なぁ、兄ちゃん今、面白れぇ事言ったなぁ。はうす栽培?」
「ああ、うん。温かいお家みたいな中で栽培してるからね。古代語でお家がハワスとか、ハクス、ハウスって言うんだ。だからハウス栽培。けどそうだなぁ。温かくして植物の成長を促進するから『促成栽培』って言えるかな」
ターザに誤魔化しているような様子はなく、スラスラと意味を述べる。これに、カトラは知らずホッとしていた。
「促成! なるほど! よしっ『促成栽培』ってぇ名前を提案してみる! 兄ちゃんいいか?」
「もちろんだよ。あ、俺の名前は出さないでいいからね」
「おいおい、良いのかよ」
「だって、多分カーラもあのビニールを作った製作者って名前の登録してないでしょ」
「うん……」
「なに!?」
表には出さないようにという契約だ。目立つのはごめんだった。
「ってことで、おじさんが命名者ね」
「おいっ!」
「いいじゃない。納得したってことは、それが良いって判断したって事でしょ? なら、決めた事に変わりないよ」
「そ、そうかもしれんが……」
ターザはいつものように笑顔で納得させていく。これが怖いのだ。ある意味洗脳と呼べるかもしれない。
「ならそれでよろしく」
「お、おう……」
押し切った。
カトラ達はそのまま農園を後にし、いよいよ店のあるミルサルトに転移した。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、三日空けます。
よろしくお願いします◎
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カトラはターザとナワちゃんを連れてミルサルトに向かっていた。
途中、材料を集めながらになるので、一気に転移するわけではなく、いくつかの提携している農園に寄ったり、薬草を採取しながら進み、昼頃には最後の農園に着いていた。
「こんにちは~」
カトラが提携をお願いしている農園は小さな農園ばかりで、仕入れる野菜によって変えている。
「あ~、カーラ嬢ちゃん。そろそろだと思ってたぜ。準備できてっから、残り全部持ってってくれや」
「ありがと、おじちゃん」
「こっちも助かってるよ。店の方、相変わらず忙しいみたいじゃねぇか」
小さいとはいっても農園だ。いくつかの家や一族が集まって作っている。だが、野菜は沢山作れても、売れなくては意味がない。カトラが選んだのは、出荷するために何日も家を空けなくてはならない場所にある村や小さな町の農園だった。
せっかく丹精込めて作っても、移動のために鮮度は落ち、売りに出す時には値が下がってしまう。そんな努力が正しく報われない人々の村や町は、次第に過疎化が進んでいた。
若者達は、より大きな町にと出稼ぎに行ってしまうのだ。努力に見合わなければ、人は続けられない。若者はそれが顕著だ。親の苦労を見ているのだから。
「うん。こっちは困ったことない?」
「ねぇなぁ。カーラ嬢ちゃんのお陰で若いのが戻って来とるし、この前も冒険者やってたやつらが戻ってきて、輸送部隊に入ったわ」
「それは心強いね」
カーラは提携の農園を支援する専用の輸送部隊を持っている。これも冒険者を退いた者たちで構成されており、近くの町や店に野菜を運ぶ専門の輸送部隊だ。
腕っ節も強い上に、冒険者としての勘は衰えておらず、最速の道を割り出し、邪魔になる魔獣の分布情報も上手く仕入れている。更に、護衛を別で雇う必要がないためにコストも抑えられた。
これにより、農園の主たちは仕事を休むことなく続けられる上に、慣れない旅に出る必要がない。お金の計算もきっちり指導しているので、安心して任せられ、売り上げにも納得している。
「じゃあ、これ今回の代金」
「おう、ありがとうよ。三日後にはこの辺が収穫できるがどうするよ」
「もらいに来る」
「おっしゃ。昼には収穫できてっから」
「お願いね」
この祭りの期間は、直接カトラがこうして回収に来る。その場合は、周りの町の相場を元に少しだけ色付けした値段をその場で支払うので、彼らも喜んで提供してくれるのだ。
いつもは輸送部隊が町に運び、売った後にしかお金が手に入らない。あくまで輸送専門であり、仲介屋ではないという位置付けなのだ。
「それにしても珍しいな、カーラちゃんが誰かを連れてるなんて。旦那か?」
「将来的にはね」
「……」
すかさず答えるターザにカトラは肩を落とす。
「はっはっはっ、そりぁめでたい! どれ、俺からの祝いだ。新作でなぁ。もってけ」
「すごいね。これ、この辺じゃ作るの難しいんだよ?」
ターザが遠慮なく受け取ったのは小さなメロンのような果物だった。一度だけターザが国元からお土産で持ってきてくれたことがあるので覚えていた。
「お兄ちゃん、南の人だろ? 知ってると思ったよ」
「どうやったの? 気候的に無理だよね?」
「カーラ嬢ちゃんのお連れさんなら構わんだろ。ほれ、あれだ」
おじさんが指し示したのは小さめのビニールハウス。もちろん、ただのビニールではなかった。
「あの透明の……ガラス?」
「スライムの出す粘液とビルニア草を混ぜて薄く伸ばして乾燥させたの。破れにくい上に撥水性、気密性が高くて、その上虫除け効果まであるんだ」
スライムの粘液は害がなく、ただのゼラチンのようで、何かに使えないかなと思っていた。そこで思いついたのが消臭液。すぐに帰化してしまう薬液を保護する目的でそれで包んで瓶に入れた。
結果上手くいったので、ならばと次に虫除けのビルニア草の液を入れたのだが、少しすると薄い膜を張って粘液が溶けてしまったのだ。そこからその膜がビニールのようだと思い至り、試行錯誤の末にこれが出来上がった。
これを、カトラは商業ギルドの研究部へ売り込み、主に農業に活かしてもらうよう契約したのだ。
「ビニールってんだ。俺んとこで、試作研究してんだよ。温度調整が難しいが、慣れれば季節に関係なく色々と作れそうだぜ」
「へぇ……ハウス栽培かぁ。なるほどね」
「……っ」
カトラはターザの呟きに反応する。時折不思議なのだが、ターザはカトラの知る前世で使っていた言葉を当たり前のように受け止めてしまう。
もしかして、ターザも前世の記憶があるのだろうかとか、同じ世界に生きていたのだろうかとか、そんな疑問が湧いてくる。
「ん? どうしたの、カーラ」
「っ、ううん……」
けれど、いつも聞く勇気は持てない。きっと、変な事を言ってターザに嫌われたくないと思っているのだろう。我ながら、いつの間にかターザに傾倒しているなと苦笑するしかない。
「なぁ、兄ちゃん今、面白れぇ事言ったなぁ。はうす栽培?」
「ああ、うん。温かいお家みたいな中で栽培してるからね。古代語でお家がハワスとか、ハクス、ハウスって言うんだ。だからハウス栽培。けどそうだなぁ。温かくして植物の成長を促進するから『促成栽培』って言えるかな」
ターザに誤魔化しているような様子はなく、スラスラと意味を述べる。これに、カトラは知らずホッとしていた。
「促成! なるほど! よしっ『促成栽培』ってぇ名前を提案してみる! 兄ちゃんいいか?」
「もちろんだよ。あ、俺の名前は出さないでいいからね」
「おいおい、良いのかよ」
「だって、多分カーラもあのビニールを作った製作者って名前の登録してないでしょ」
「うん……」
「なに!?」
表には出さないようにという契約だ。目立つのはごめんだった。
「ってことで、おじさんが命名者ね」
「おいっ!」
「いいじゃない。納得したってことは、それが良いって判断したって事でしょ? なら、決めた事に変わりないよ」
「そ、そうかもしれんが……」
ターザはいつものように笑顔で納得させていく。これが怖いのだ。ある意味洗脳と呼べるかもしれない。
「ならそれでよろしく」
「お、おう……」
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カトラ達はそのまま農園を後にし、いよいよ店のあるミルサルトに転移した。
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