転生令嬢は平穏な人生を夢みる『理不尽』の破壊者です。

紫南

文字の大きさ
上 下
36 / 118
第一幕 第一章 家にいる気はありません

036 調理を始めましょうか

しおりを挟む
2018. 11. 21

**********

カトラは兄のカルダと共に調理場にやってきていた。

「……本当に手伝ってくださるんですか?」
「もちろんだ。これでも騎士達に混ざって野営訓練もした。料理ぐらいできる」
「少し違うと思いますが……お願いします」

そうして、先ずはメインの肉だ。空間収納に入れていた二種類の肉の塊を取り出す。料理をしやすいように、既に部位ごとで切り分け済みだ。

それを見た料理長が、目を見開きながらゆらゆら近寄って来る。かなり大柄で、どこで鍛えているのか分からない立派な筋肉を持った男だ。

「こ、これは……もしや、マイルーモとレッドピッグでは……?」
「そうですよ? 少し要ります? 大物だったので、これくらいどうですか?」
「っ!?」

カトラは大きな葉に包まれている二つの肉を、新たにドンドンと調理台に出す。

それを見つめて、料理長は惚けてしまった。貴族の家であっても、高い肉は高い認識だ。

「えっと……料理長……?」

無理そうだ。

「調理を始めましょうか」
「……お前は切り替えが早いな……」

カルダの呆れた声が聞こえたが、首を傾げただけでカトラは作業を始める。

空間収納から、肉のタネを入れるための大きめの四角いステンレスバットと肉をミンチにするミンサーを取り出す。

カルダは出てきたその見慣れない道具を指差して尋ねる。

「これはなんだ?」
「ひき肉にする道具です。ここに肉を入れて……こうクルクルと……」
「っ……すごいな……どうしたんだ、これは」
「作りました」
「作った!?」

カトラは、調理器具にこだわりがあった。ステンレスのお鍋やフライパン、ボールなどを作った時についでとばかりに作ったのだ。

「そんなに大したものではありませんよ? 作りも単純なものですし」

ついでにパスタ用の製麺機も作ったのは内緒だ。

そして、ここで料理長が覚醒した。その手には二つの高級肉の塊を抱えており、目はミンサーに釘付けだった。

「そ、それを譲って欲しい! もちろん、代金はお支払する!!」
「ミンサーを? 別に良いですけど? というか、これより小さいのはいくつかあるので、これあげます」
「あげっ……ええっ!?」

カトラが先に出していたミンサーは、大量に作る時用の、いわば業務用的なちょっと大きめのサイズのものだ。

作り置きをするカトラとしては、この方が良いと新たに作った最新版。なので、それまでに使っていた小型の物は幾つか別に保管していた。

差し出したミンサーを、料理長はそっと肉を調理台に下ろしてから震える手で受け取った。

「洗うのに、分解の仕方とかは後でこっちを片付ける時に教えますね。お兄様、このお肉を全部ミンチにお願いします」
「あ、ああ……これでやってしまえばいいんだな」
「はい。一応、肉で分けてもらって、いっぱいになったらこっちのバットも使ってください。私は野菜を切るので」

そうして、カトラはまた空間収納から玉ねぎに似た野菜などを大量に取り出していく。

洗浄済みで土もついていない綺麗な状態の野菜に、他で夕食の準備をしていた料理人達も目を瞬かせる。

当然だが、食材も道具も全て自前で揃えるつもりだ。

それを、カトラは手慣れた様子で切り刻んでいく。大きなボールの中には、細かくなった野菜が溜まっていった。

カルダも黙々とミンサーを回し、ミンチを作っていく。難しい作業ではないので、彼は手を止めずに口を開いた。それは、ずっとカトラに言いたかった事だったのだろう。

「……今更だがあの女……母のこと、すまなかった……」
「……気にしないでください。自分の子ではない子どもが同じ家にいることを嫌だと思ってもおかしくはありません」

カルダや二人の兄姉達の母であるアウラは正妻だ。家を守るべき者なのだ。その中に愛妾とも取れる第二夫人が入れば、思うところがあっても仕方がない。

二人で手を取り合って家と夫を守っていこうという良好な関係もあるようだが、どこまでも対立してしまう事も少なくない。

アウラは元侯爵令嬢だ。高慢なところがあり、自分だけ特別でいたいと願った。だから、エーフェを異物として認識したのだ。

これに子ども達が倣うのは自然なことだった。

「……お前は大人だな……あの愚かな女にほんの少しでもそんな謙虚さがあれば良かったんだが……」

カルダは幼い頃から既に、自身の母であるアウラを嫌悪していた。第一子であるカルダが生まれたことで、もう妻としての役割は果たしたと、アウラは好き勝手するようになった。

当然、カルダを育ててくれたのはメイド達や父であるカルフだ。カルダ自身、アウラが母親であるという認識がほとんどなく育ったのだ。

これによって、アウラのように高慢な考えに染まることなく、寧ろそれがおかしいことだと認識できる常識を持つことができたのは、この伯爵家にとって幸いだった。

「エーフェ様は……恨んでいただろう」
「お母様は元冒険者ですし、気性の荒いところがありましたから」
「そうか……」

カトラはその声音の中に悔しそうな感情を見つけて不思議に思った。作業するカルダを思わず見上げてしまう。

「なんだ……?」
「いえ……お兄様はお母様の事、嫌いではありませんでしたか?」
「っ、嫌いではない。それに……お前が生まれる前から少し勉強を見てもらっていた……」
「そうでしたか……知りませんでした」

エーフェもカルダを嫌ってはいなかったようだ。思い返してみると、確かに頼るならばカルダにしろと言われた記憶もある。

カトラは覚えていないが、カルダはまだ赤ん坊だったカトラの世話をしたこともあった。

話が続かなくなったところで、料理長が嬉しそうに口を挟んだ。ミンサーの観察を終えたようだ。

「手伝わせてください!」
「あ、うん……お願いします」

カトラは一瞬躊躇したが、向けられた真っ直ぐな視線を受けて頷いた。昔からこの料理長が料理に対する強い思いを持っていることはベイスに聞いて知っている。毒を入れたりするような、料理を冒涜する人ではないので信用できた。

彼はカトラの食事に兄姉達が毒を盛っていることを長い間知らずにいた。毒が混入するのは料理長の手から離れてからだったのだ。彼はそんな事を知る由もなく、当時は食事に手を付けなかったり、要らないと言うカトラを嫌っていたらしい。

毒入りの料理は、他の者に知られないよう、触らないようにベイスが処理していたので、それも気に入らなかったのだろう。

先ほどベイスに料理長がこの事を知った時の騒動を聞いた。

カトラを誤解していたこと、この家の食事を任されておきながら満足に安心してカトラが食べることができなくなっていたと知り、お詫びしますと言って腕を切り落とそうとしたという。

見た目に違わず、真面目で男らしい人物だった。そんな彼は今、大変機嫌が良いらしい。

「カルダ坊ちゃんは、エーフェ様が初恋ですもんね」
「なっ、ちょっ!」
「初恋……」

衝撃的な発言に固まるカトラに、こっちも手伝いますとか言っている料理長。それが上手く頭に入ってこない。

野菜を切り終わっていたカトラは、パン粉を作ろうと硬いパンをすりおろしていたので、それを料理長は奪うようにして楽しそうにすりおろしはじめていた。

カルダへ目を向けると明らかに動揺しており、少し顔も赤かった。ミンサーを回す手が、ものすごく速い。

「初恋?」
「っ……そ、そうだよ……あの人は憧れだったんだ……っ」

目が合わなかった。それがとってもおかしく思えた。

「ふふっ」
「っ……笑うなよ」
「すみませんっ……でも、なんだか嬉しいです」
「ふんっ」

今までの気難しい表情ではない。これが本来のカルダの素顔だと思える。そんな自然な表情を見られたのがとても嬉しかった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎

次回、24日です。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...