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第九章

370 今度起きたら

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その男は長い黒い髪を鬱陶し気に搔き上げながら、小高い丘の上にいた。そこから黒い目を凝らして見つめる先には、神教国の大神殿がある。

「お~、配置だけ見てもクソだねえ」

現在、神教国は、多くの武装した獣人族とエルフ族、ドワーフ族によって取り囲まれている。しかし、どれだけ憎く思っていても、彼らはすぐに武力に訴えることはしなかった。

その一番の理由は、神教国が前面に用意した少年、少女達の壁だ。

「武器も持たせず、盾にするとか……どこまで腐ってるんだか」

何の武器も持たせられていない少年少女達は、神官の教育を受けていた者達なのだろう。何も知らない孤児達でなくて良かったと思う。揃いの服を着て、身なりもそれなりに整っていた。彼らは交代で作り上げた低い土のバリケードから時折顔を出して、外を睨みつけている。

その目には狂気が見えた。幼い頃から上の者たちの都合の良いように、洗脳まがいに育てられた子ども達。彼らは自分たちが神に選ばれた神兵だと思っているだろう。

それでもエルフ族達も、さすがに無抵抗の子どもを傷付けることはしたくないのか、ずっと膠着状態が続いていた。多少の良心は残っているらしい。

彼らは最初から何もせず、見合っていたわけではない。数日は、怒鳴り声を張り上げていた。その相手は、子ども達の二つ後ろに並ぶ聖騎士達だ。とはいえ、まだ教育段階だろう。上の命令に従わなくてはならない苦しさも見られる者が居た。

子ども達と騎士達の間には、弱った様子の大人達が並んでいる。彼らは怪我の治療を頼みにこの国に来た冒険者達のようだ。

「町の教会より、対応が酷そうだねえ」

各地にある教会でも、助けを求めた冒険者達は、中途半端な治療を受けて、借金を負い、何年も雑用を押しつけられる。そして、怪我で弱るより確実に、体を酷使して動かなくなっていく。

「あれじゃ、奴隷と変わらんわ」

子ども達も気になるが、その後ろの大人の方が重症だ。完全に目が虚になっている者も多い。

「……聖騎士が聞いて呆れる」

そんな者たちを自分たちの盾にする聖騎士達。彼らは騎士としてさえ、認められないクズに成り下がっている。

「もう少しまともなのが居ると思ってたんだがなあ」

盛大に顔を顰める男に後ろから静かに近付いてきた青年が口を挟む。

「全部が全部ではないようですよ? あの西の辺りの若い子達は、いつでも子ども達の前に出られるように構えていますしね」

これに欠伸をし、伸びをしながら後ろから歩み寄ってきた女性が覗き込むようにして目を凝らす。まるで、何かを見透かすような目だった。

「ふぁぁぁ……んん~っ、どれどれぇ? あ~……うん。あの辺のはまだ腐ってないね~。きちんと騎士らしい魂の色をしているわ」

彼女は、まだ寝ぼけ眼のまま。長い金の髪もボサボサで、それをポリポリと掻く。そんな女性に、青年と男は、呆れ半分で振り向いて指摘する。

「もうちょい、女らしくしたらどうだ?」
「はしたないですよ。まったく……これで元族長のお嬢様とか……どうなんでしょう……」
「うっさいなあ。なんで『神子』って、こう説教くさくなるのかしらあ?」
「悪かったねえ」
「悪かったですね」
「あんまり色々気にしてると、早くハゲるわよ」
「「……」」

きちんとすれば、間違いなく美人。なのに、見た目に無頓着。その上口も悪い。そして、少し男嫌いだ。

「それよりジンク。姉様の封印、さっさと解いてよ。なんで先に弟の方を起こすかなあ。か弱い女性を優先しなさいな」
「……いや、か弱いから、護衛も兼ねて先に起こしたとは思わんの?」
「男に寝起きの顔見せるとか、弟でもアレよ……変態じゃん」
「……すみません……」

自分には頓着しないくせに、他の女性のことは気にする。彼女はそういう人だ。優しい人なのは分かっている。だが、どうあっても、女性には勝てないなと肩を落とし、ジンクは碑石のように立っている石に、目覚めのための呪印を掘る。

すると、その石が上からサラサラと砂になって崩れていく。それを見ながら、女性は少し感心したように呟く。

「それにしても、考えたわねえ。消えかけの迷宮を利用するなんて」
「隠すのにはもってこいだろ。本当は、ただの倉庫代わりにって思ってたんだけどな~」
「コウルリーヤ様の亜空間収納みたいな?」
「そうそう。回収したコウルリーヤ様の魔導具とか、ゼスト様の剣とか、普通に持ち歩くの怖いし」

ジンクは、世界中を旅して回り続けて来た。その中で、コウルリーヤやゼストラークの作品を、密かに回収していたのだ。これは、神教会に決して渡さないためだった。嫌がらせも兼ねて神教会が聞きつけた物を直前で回収していた。

「確かに、怖いですね。なるほど。さすがは、ジンクさん。最古の神子様です」
「よせよ。神子様とか呼ばれんの恥ずい。昔の俺……素直だったな~」

ジンクが神子と呼ばれて、教会に居たのは、もう何百年も前の話だ。今更呼ばれるのはむず痒い。

「あなたにも、素直な子どもの頃があったかと思うと……気持ち悪いわね」
「……それ、昔たまに言われた……」
「誰に? あ、ベニ姉様達!?」
「……そうだけど……」
「そうだ! そうじゃん! ベニ姉様達はどこ!? 一番に起こさないでどうするの!?」

眠気などすっかり飛んだ様子で、頬を染めて興奮する彼女に、ジンクが口を開こうとしたその時、地面から階段を昇って来たかのようにスッと女性が顔を出した。

「ベニ姉様達は眠っていないのでしょう?」
「っ、うわ!! ミナ姉! 久しぶりー!!」
「相変わらず、落ち着きないですね。ユミ……あと……なんですか、そのボサボサ頭は……鳥の巣ですか?」
「ミナ姉~、ミナ姉~、髪の毛結って~。面倒なら切っちゃって~」
「そのズボラな所、どうにかならないんですか……」
「え~……自分でやるとか面倒いし」
「知ってます……」

族長の娘であったユミは、自分で身支度などしたくない。するのは面倒と思うようになっていったらしい。どのみち、巫女としてあった彼女には、世話係が沢山付いていたので、これがバレることはなかったが、また夜に寝るなら、そのままでいいのにと思うほどのズボラだった。

とはいえ、髪を結ってもらったりするのは、構ってもらっている感じがして好きなのだ。巫女としてあった時も、族長の娘として暮らしていた時も、親しいと思える者が居なかった反動がここに来ている。

ミナは、途端に構ってちゃんになったユミの頭を撫でながら、ジンクの隣で困惑した表情を浮かべるもう一人の存在に目を向ける。

「変わりないですか? ソラ」
「は、はい。姉上……」
「昔のようにねえね・・・と呼んでいいのですよ」
「っ……ねっ、姉さんって呼びたいです……っ」

先ほどまでの冷静な様子とは打って変わって、恥ずかしそうに頬を染める青年、ソラに、ミナは微笑みを返す。

「いいですよ」
「っ、はいっ」
「あ、なら私もユミ姉って呼んでよね」
「……はい……」
「ちょっと、不服なの!? 約束したでしょ? 今度起きたら、みんな家族で、兄弟姉妹だよって!」

神子達は、眠りにつく時に約束した。目を覚ました時には、身内といえる者なんて存在しない。自分たちを誰も知らない時代になる。ならば、自分達は家族になろう。

一緒に戦い、同じ想いの下に集い、同じ寂しい立場にあった者同士。いつか再び神がこの地を赦し、その姿を現す時が来たら、彼らの子どもとして再び集い、感謝を伝えよう。それが神子、巫女としての彼らの願いで、約束だった。

「ふ、不服なんて思ってません……っ、ユミ姉さん……っ」
「っ、弟……弟は男に含まれないわねっ。許せるわっ」
「……」

許せるってなんだろうと、ソラは一瞬思ったが、賢く口を噤んだ。

「さあっ。ジンク! 私たちの家族を全員、早く起こすのよ!!」

早くから家族の元より引き離されて生きてきた神子や巫女にとって、似たような境遇の家族は嬉しいものだ。

「それで、一刻も早く、エリスリリア様やコウルリーヤ様に会いに行くの!」
「そうですね。私もリクトルス様に稽古をつけていただきたいです」
「ゼストラーク様にもお会いできるでしょうか……」

彼らが何よりも望むのは、神に会うことだ。神子や巫女は、その姿を見たい、存在を感じたいと思わずにはいられない。まるで子が親を求めるように、敬愛する師を求めるように。

「ジンクも早くコウルリーヤ様に会いたいでしょ? いらっしゃるのよね……?」

コウルリーヤが復活することは信じて疑っていない。だが、心配なこともある。

「昔みたいに……笑っていただけるかしら……」
「「っ……」」

ユミも、ミナもソラも、人々に理不尽に討たれたコウルリーヤが、まだ人を愛してくれるかどうかが気になっていた。あの優しい笑顔が見えなくなることを恐れていたのだ。

しかし、一人だけ、今のコウルリーヤを知る者がいた。

「人に生まれ変わって、めちゃくちゃ素直で可愛くて、愛され系な男の子になってるけどね」
「「「……え……」」」

ジンクは何気なく呟いただけだ。屈み込んで、視線は、今も緊張状態が続く神教国へ注がれている。

だが、コウヤの笑顔を思い出して、段々とニヤニヤしと笑い出したジンクは、不審者っぽかった。

背中に向けられた三人の視線が鋭くなっていることには気付いていなかった。

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読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします!
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