女神なんてお断りですっ。

紫南

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1ー02 鬼ごっこを始めましょう

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再編集2018. 9. 9

ーーーーーーーーーー

食事が終わり、一同は少し休息を取ってから外へと出ていく。

そんな中、キルシュは気になっていたらしい『新毒薬大全』を読んでいた。これは、シェリスがティアへ贈った最新の薬学書だった。題名は物騒だが、世界中にある毒についての解説とそれに対応した解毒薬の作り方がしっかりとまとめられている。

交流の絶えたエルフの知識が詰め込まれた至高の一冊なのだ。貴族ならばいくら金を積んでも手に入れたいと思える最高の一品だった。

キルシュは何か気になっていることがあるらしく、真剣にこれを読んでいた。

そんなキルシュへとティアは声をかけた。

「キルシュ。私たちは外で訓練するけど、どうする?」

そのまま残って読んでいてもいいとティアは提案した。

それにキルシュは少し考え込んだ後、本を閉じて本棚へと戻し、ティアの待つ外へと向かいながら尋ねた。

「僕も行く。できれば、剣を教えてもらえたりしないか?」
「剣かぁ。良いけど、その前に体力は付けなきゃね」
「体力……」

そう言いながら自信なさげに歩みを緩めるキルシュに、ティアは笑顔で言う。

「ちょっとマティと鬼ごっこするだけだよ。みんな居るし、ちょっとした遊びね」
「鬼ごっこ……噂には聞いたことがあるんだが……なんでも、恐ろしい遊びなのだろう?自覚のないまま夢中になって走り回り、体力の限界を知る事になるという……」

キルシュは、真面目な顔で考え込む。自分に出来るだろうかと心配なようだ。

「えっと……うん。間違ってないね……。鬼役のマティに捕まらないように決められた範囲で逃げ回るんだよ」
「分かった。自信はないが、やってみよう」
「うん……難しく考えなくていいよ……?」

訓練の一貫ではあるが、遊びなのだ。嫌がるのではなく悩むというのは、少し違う気がするとティアは苦笑する。これだから貴族の子息は面白い。

家から離れたところでは、何をするのか分かっているクレア以外の者たちが、既に念入りに体をほぐしていた。

《マティ一人でみんな捕まえればいいの?》

普段の小さな姿でやってきたマティは、そう首を傾げてティアへと問うが、その表情はやる気と期待に満ちていた。

「そうだなぁ……」

ティアは、それでも良いかと思ったのだが、その時、不思議そうにするクレアと目が合って思い付いた。

「クレアママ。マティと鬼役どう?」
「え?参加しても良いのかい?」

鬼役がどうのという前に、クレアは参加して良いものかどうかがわからなかったようだ。

《わぁい。クレアママとオニぃ~》
「あはは。鬼ごっこなんて何十年振りだろうねぇ?よろしく頼むよ」
「「………」」

その決定に唖然としたのはルクスとザランだ。

「へ?何?俺ら絶望的じゃねぇ!?え?あれだろ?時間内に捕まったら、ティアと組手だよな!?ムリじゃね!?」
「……いや。マティがいきなり連携を取れるとも思えないからな。意外といける……かも……」

ザランは地獄の特訓になると打ちひしがれ、ルクスは案外いけるのではないかと小さな希望を繋いだ。

「やっぱり来て良かったな」
「だな。マティさんだけでなく、クレア姐さんまでなんてっ」
「その上でティア様に相手をしてもらえるっ……サイコーだよなっ」

Mっ気全開の三バカ達にとっては、全てご褒美のようだ。そして、逃げ切る気は始めからない。

「久し振りに燃えるなっ」
「あぁ、こんなのも悪くない」

エルヴァストは子どものようにはしゃぎ気味に、ベリアローズは満足気に頷きながら言った。

学園で寮生活をしているここ三年程、エルヴァストとベリアローズは、満足に体を動かす事ができなかった。

いくら強くなったからといっても、二人でギルドへ行き、クエストを受けようとはどうしても思えなかったのだ。

勿論、ギルドへ行けば、訓練場もあり、体を動かすのには不都合はないのだが、いまだ二十にも届かない少年二人が訓練場を使うのは珍しく、目立つ。

その上、この歳にしては実力もある。

二人で組手をすれば、拠点としていたサルバでさえも注目を浴びる程、見応えのある良い見世物になってしまうのだ。

幼い頃から人嫌いだったベリアローズにも、兄の影のように育てられ、注目される事の少なかったエルヴァストにも、それはかなり辛い。

今、訓練に使っている場所を見つけてはいなかったので、必然的に、気兼ねなく体を動かせるのは、サルバへと帰省した時だけ。

勿論、寮の片隅で剣を振ったり、ランニングをしたりと、基礎体力には気を付けていた。だがそれも、満足のいくものではない。

ようやくここ最近、授業が終わり、日が落ちるまでの短い時間に、体を動かせるようになったのだ。

「感覚も大分戻って来た」
「ベルもそうか。私もだ」

そう言って笑い合う二人は、やる気に満ちていた。

《ベルベルもエルエルも嬉しい?マティはもっと嬉しいよっ》
「あはは。負けないからな」
「今日こそは逃げ切る」

二人と一匹の様子は、微笑ましい兄弟のようにさえ見えた。

「よしっ。がんばるぞ!」
「アデルもやった事があるのか?」
「うんっ。マティちゃんは、隠れててもほんの少し音を出しただけで気付いちゃうんだ。木とか草むらを上手く使わないとダメだよ」
「わ、分かった」

アデルは、もうじっとしていられないと、細かく足踏みをして腕を前に組んで息を弾ませている。

その期待と興奮に満ちた表情を見て、キルシュは気合いを入れる。

「それでは、マティとクレアさんが鬼で、制限時間は二十分。捕まったら、自主的にここへ戻って来てね。終了の合図は森の上に火花を飛ばすから、それまで」

ティアは、手を後ろに組んで、説明をする。その肩にはフラムが止まって寂しそうに首を垂らしていた。

フラムには、これから別枠で特訓しなくてはならないことがあるのだ。よって今回は不参加。項垂れるフラムを指で撫でてあやしながら、ティアは開始を告げる。

「二十秒後、鬼が出発ね。今回も時間内に捕まった人は、特別訓練だから。張り切っていきましょう!では……っはじめッ!」

その合図を聞くのが早いか、皆一斉に物凄い勢いで森へと駆け出して行く。

ティアの開始の合図と共に、マティは本来のディストレアの姿に戻って伏せをし、前足で目を隠すと、数を数え始める。

「くっ、か、可愛いっ」

そんなマティの様子に、クレアは悶絶していた。

「目を隠す意味ないんだけどね……」

確かに正しいのだが、森へと入ってしまえば、見えていても変わらないだろうと、ティアは毎回思うのだ。

「かっ、可愛いからいいんだよ」
「うん。それは確かに」

最強のディストレアが、このような格好をするなど、誰が想像出来るだろうか。

「ふっ、それにしても、あのアデルって子は速いねぇ。あのこめかみの所のに関係が?」

そう言って、片眉を上げ、いたずらっぽくクレアはティアへと訊ねた。

「うん。アデルには、竜人族の血が入ってるの。いわば先祖返り。身体能力は高いし、潜在的な物で言えば、あの中で一番だと思う」
「へぇ……でも、色々ありそうだね……」
「まぁ、けど、短期間で凄く変わったよ。卑屈な態度を見せなくなったし、今は、自分の力を試したくて仕方がないみたい」
「そうかい……」

クレアは、自身の愛娘を心配そうに見つめるような慈愛に満ちた瞳で、真っ先に森へと消えていくアデルの背中を見送っていた。

冒険者の世界では、種族による隔たりはない。それでも、混血の子どもはかなり珍しいとされている。しかし、貴族社会よりは格段に受け入れられ易いと言えた。

「苦労しただろうね……」

冒険者の親ならば問題はない。だが今回、子ども達だけでギルドカードを作った所を見れば、アデルの家庭はそうではない事が、クレアにもたやすく推測できた。

「今笑っていられるなら、それも良い経験だったで済ませられると思う。辛かったと思うけど、それでも今、アデルは凄く楽しそうだから」

そうティアが言うのを、クレアは不思議そうに見つめる。

それに気付いたティアは、どうしたのかと首を傾げた。

「うん?」
「いや……ふふっ、ティアちゃんが未来の娘だと思うとね。うちの息子にはもったいない嫁だよ」

クレアは、ティアの子どもらしからぬ言葉が気になったのだが、ティアがアデルの消えて行った森へと向ける目を見て、かける言葉を変えた。

何か、聞いてはいけない事情が、ティアにもあるように感じられたのだ。

その時、マティが数を数え終わり、身を起こした。

《よ~ぉしっ。捕まえるぞぉ》
「おや。では行こうかね。マティちゃん」
《うんっ。乗って》

早く早くと、尻尾を大きく振って、マティはクレアを乗せる。

「あははっ。では、いざ出陣!」
《ポイ捨てゴメン~》
「ぷっ、いや、マティ。何か違う……」
《キュイ~》

ティアの言葉が、マティに届いたかどうかという所で、既にマティは走り出していた。

「そぉ~れっ。ヤッちまうよっ」
《わぁいっ。暴れるぞぉぉぉ》
「あはははははっ」

ティアは、今日のマティはいつもよりもテンションが高いなと思いながら、あっという間に森へと消えた様子に、満足気に微笑んだ。

「クレアママもヤル気満々だね」
《キュイ》

肩に止まったフラムもそれには同意する。そんなフラムにティアは顔を向けた。

「さぁ。フラムも張り切っていこう」
《キュゥ?》

首を傾げるフラムに、ティアは、アイテムボックスからある物を取り出して見せる。

「じゃ~んっ。フラム専用の鞍だよ」
《キュ?》

それは、シェリスがわざわざザランに届けさせた物だった。

特殊な加工を施されたこの鞍は、フラムが小さくなっても、大きくなっても、それに合わせて大きさを変える。

今、ティアが手に持っている大きさは、小さくなった今のフラムが付けて丁度良い大きさだ。

「ほらフラム。着けてみよう。きっとかっこいいよ」
《キュイっ》

その気になったフラムは、ティアの肩から下り、近くにあった石の上に止まる。

ティアは、早速と、フラムにその鞍を着けた。

「うん。良く似合うよ。それじゃぁ、久し振りに大きくなってみようか」

フラムの本来の今の大きさは、マティよりも大きい。それがどうやら、フラムには不安なようだ。

《キュ、キュゥ……》

フラムは、そう自信なさげに鳴くと、ティアと目を数秒合わせ、覚悟を決めるのだった。


ーーーーーーーーーー

森の中。

キルシュが緊張した面持ちで、木の陰へと身を潜め、息をこらしていた。そこへ、アデルが心配してやって来た。

「大丈夫?」
「あ、あぁ……物凄い笑い声が聞こえたけどな……」

キルシュは、森に入る直前にクレアが上げた笑い声に怯えていた。

「うん。クレアさんの声だったよね……」

アデルも先程から感じる、森全体を取り巻くピリピリとした緊張感に、毛が逆立つような感覚を覚えていた。

「……向こう……」
「……感じるのか?」

アデルが、感覚を研ぎ澄ませ、マティとクレアが居る方角を感じ取る。

「あの三人のお兄さん達の方みたい」

そうアデルが気配を突き止めた時、その声が遠くから響いてきた。

『うわぁぁぁっ』
『くっ、ツバンっ……任せたっ』
『作戦変更だっ……ツバン、任せたっ』
『えぇぇぇぇっ!?』

そんな声の間には、風を切るような音が響き、破裂音も聞こえていた。

「「……囮作戦……?」」

間違いなく、ツバンが犠牲となっただろうと予想できた。

『あははははっ。ほぉら、かかって来なっ』
《潰しちゃうよ~》
『ムリです~!』
『『頑張れよ~』』

激励する二人の声と、情けなく悲鳴を上げるツバンの声。そして、絶好調なクレアとマティの声が、切迫した状況を感じさせた。

「……も、もう少しここから移動した方が良くないか?」
「そうだね……あっ、急がないと、マティちゃんの射程に入るッ。急いでキルシュ!」
「え?」

突然慌て出したアデルは、既にキルシュに背を向けて駆け出していた。

「え?な、なんなんだ?」

そう混乱するキルシュの耳に、ザッ、ザッと、地を蹴る音が聞こえてくる。

「ま……まさか……」

ギリギリと首を後ろへとぎこちなく向けると、それが目に映った。

《待てぇ~》
「待てませ~ん!」
「「こっち来るなよ!」」

それは、必死に凄いスピードで駆けてくるトーイとチーク。それに追いすがろうとするツバン。そして、三人を楽し気に追うクレアを背に乗せたマティだった。

《あっ、キルシュはっけ~ん》
「おや。隠れんぼが下手だねぇ」
「ひっ……」

それが恐ろしい鬼と目が合った瞬間だった。

「「「少年!逃げると良い」」」
「え……」

キルシュに気付いた三バカ達は、それまで情けなくも必死でマティとクレアから逃げていた態度を一転させる。

「早く行くんだ」
「僕らがくい止める」
「気にせず行ってくれ」
「は、はぁ……分かりました」

キルシュは三バカ達の真剣な表情を見て、覚悟を決める。

「ありがとうございます!お気を付けて」

そう告げると、キルシュは一気にアデルが消えていった方へと走り出した。

《あ~、キルシュが行っちゃう~》
「おやおや。腹を決めたみたいだねぇ」

それらの様子を見て、追い付いて来たマティは、残念そうに言う。その背の上で、クレアは三人をニヤリと面白そうに笑みながら見下ろしていた。

三バカ達は、マティの前に横並びで立つ。

「僕達は逃げない」
「非力な少年を犠牲にさせはしない」
「ここは通さないっ……ん?……二人共、僕を置いて逃げたのはいいの?」
「「当然だろ」」
「そっか。まぁいいや」

いいのかとクレアはツッコミたい衝動にかられたが、やめておいた。同時に、だから三バカなのかと納得できてしまったのだ。

「まぁ、いいさ。いくよ。マティちゃん」
《はぁい。火は危ないから、風にしとくね》
「ん?」

そう言うが早いか、マティがくわっと口を開ける。すると、三人を取り囲むように小さな数十の魔法陣が空中に咲き乱れた。

「マ、マティちゃん?」
《はっつどぉ~》

マティの『発動』との言葉で、全ての魔法陣が光輝く。しかし、その全てが一気に発動する訳ではなく、数個ずつ数秒の差を付けながら、風の弾が三人に向かった。

「へ!?い、いきなりコレ!?」
「い、いつもより多くないか!?」
「張り切り過ぎっ!!」

三人は悲鳴を混ぜながら、今までよりも遥かに早い追い詰め方に慌てる。

《楽しいでしょぉ?》
「あははははっ。マティちゃん天才だねぇ!」
《えっへん》

クレアは最初、突然のマティの行動に目を見開いていたのだが、見たこともない激しい魔術攻撃に、次第に笑いが込み上げてきたのだ。

「でも、あの子達はやるねぇ」
《むぅ……しぶとい》

三バカ達は、器用に体を捻りながら見事に避け切っていた。

「まだまだっ」
「僕らにはっ、ティア様のっ、ご褒美がっ」
「ご褒美をっ、もっとっ、楽しむ為っ、にっ、体力をっ、限界までっ」

残り半分。まだまだ余裕がありそうだ。

「……何を言っているんだろうね?」
《マティ知ってるよ?『じぎゃくしゅみ』ってゲイルパパが前に言ってた》
「そ、そうかい……あの歳でね……」

クレアは顔を歪め、気の毒なものを見るような目で三バカ達を見下ろした。

そんな全てを、百メール以上離れた木の上から、ザランが真っ青な顔で見ていた。

「……あ、あいつらやるなぁ……」

だが、もう結末は見えていた。

「終わったな……」

ザランがそう呟き、目を逸らしたその時には、最後の魔法陣が発動し、同時に駆け出したマティが、三人を前足でプチっと潰したのだった。


トーイ。
チーク。
ツバン。

失格。



つづく
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