上 下
190 / 207
ミッション10 子ども達の成長

397 バカ者!

しおりを挟む
王城内の各所のスクリーンの前にいる者達にも、しっかりと神の姿を見て、その言葉も伝わっていた。

そして、その前の修道院の映像も、その後のコッペパンもだ。

「っ……くっ……クーちゃんめっ。アレは反則だっ……っ、こんな時間にあんな美味しそうなものをっ……っ」
「くーちゃん? というあの女性を知っているのか?」

バルトーラの腹をさすっての呟きに、クーレルトが顔を近付けて尋ねる。同じように、後ろから身を少し乗り出すようにして、ケイルも口を挟む。

「服をあんな一瞬で変えるのもすごいですが、あの髪色からするに、流民の方ですか?」
「ああ。リゼンの第二夫人だよ。まだ辛うじてかもだが」
「「辛うじて……」」

二人はリゼンフィアに視線を移す。そして何事もなかったように目を逸らした。リゼンフィアが、百面相をしていたのだ。

「なあ。バルト、宰相が変だ」
「すごく嬉しそうな顔をしていたのに、一瞬で絶望したような顔になりましたよ?」
「いつものことだ。クーちゃんの笑顔が見れて嬉しいのに、それを自分には向けられてないって気付いて落ち込んでんの」
「「……なるほど……」」

第一夫人との関係の反動か、第二夫人や第三夫人への想いが一方的な者は多い。彼女達からすれば、押し付けがましくしてくるくせに、第一夫人との間には立ってくれない。そんな夫には、想いを向けられていたとしても、その想いを受け取りたくなくなるだろう。

「貴族の夫婦関係というのは、歪ですよね……」
「君くらいの年齢の子もそう思うんだね」
「目の前で見てきましたからね」
「君の所は珍しく恋愛結婚だっけ?」
「っ、はい。父に逆らって。ついでに家を出ました。父と母達のようになりたくありませんでしたし、反発して良かったと思っています」
「大人しそうに見えて、やるじゃないか。その結果が正しかったとその腕輪で証明もされたね」

そう言って、バルトーラが視線を向けたのは、ケイルの腕にある銀の腕輪。ケイルもそちらに視線を落とす。

「そういうことになるのでしょうか」
「だと思うよ」
「っ、嬉しいです」

ケイルは、本当に嬉しそうに微笑みを浮かべていた。父親に逆らうと言うのは、貴族として育てられた者には難しいことだ。バルトーラがそれに気付いたのは、フィルの言葉だった。

「『貴族の見本は少ないから』か」
「見本? なんのことだ?」

クーレルトが尋ねたその時、リゼンフィアがマイクを持った。

『これより、休憩に入る。食事はこちらに用意するので、心配はない。因みに、城から出ることは許されません。金の腕輪をした者は特に気をつけるように。逃げようとすれば、それなりに痛い目を見るでしょう』
「っ、そんなっ」
「それは監禁ではないかっ」
『そうなるようなことをしたのですから、当然でしょう。それとも、今から地下牢に入りますか?』
「っ、それは……っ」
「「「っ……」」」

便乗しようとして口を開きかけていた者たちも、慌てて口を噤んだ。

『逃げずに大人しくしているのなら、食事もきちんと出します。それも……先ほど広場で売られることになったコッペパンを!』
『なに!? リゼン、本当か!?』
『……本当です』
『いっ、よしっ!』

ファスター王が誰よりも食い付いた。そして、ガッツポーズまで決めた。

「お、王よ……アレは確かに美味しそうでしたが……庶民の食べ物では……」
『バカ者! ならばお前は、セイスフィア商会の出す商品は食べるなよ! アレらの前で立場など紙切れ程にも役に立たぬわ!』
「っ、も、申し訳ございませんっ!」

あのコッペパンシリーズを否定するということは、セイスフィア商会の取り扱う食品を否定することと同じだ。同時に、この場の貴族の中にも、お忍びで遊びに行き、ケーキ屋やパン屋、惣菜店にも通っている者がいる。そんな人たちを全員敵に回すようなものだろう。真っ青になって謝罪する男に、冷たい視線がいくつも刺さっていた。

それ以外の、セイスフィア商会に行ったことのなかった貴族達も興味を示す。

「王があれほど……美味いのか?」
「あれは本気で楽しみにしておいでですね……どのようなものなのか……」
「気になる……」

そうして、休憩と昼食が始まった。配ったのは、またもや変装したリュブラン達だ。ホールの方にも、カティルラの所にも届けられた。更に、城の警備をする騎士達や、メイド達使用人にも一つずつお裾分けされ、大層感動していた。その際、しっかりとセイスフィア商会の宣伝もしている。

メルナにも二つだけ配達されたのだが、見張りをしているラスタリュートが手渡す際に『二度と食べられないと思って、大事に食べなさい』と伝えたらしい。それで怒って包み紙に包まれた焼きそばパンとアプラーナをはたき落とした。

しかし、しばらくして会議室の貴族達やカティルラ達が映像の中で美味しそうに食べているのを見て、渋々拾い上げ、食べることにしたようだ。その美味しさと、食べたこともないパンの食感に、目を丸くし『これを……二度と食べられない……?』その言葉を噛み締めるように呟いていた。少しは後悔したのだろうかと思える瞬間だった。

「っ、かぶりつくと聞いて、どうかと思ったが、これはこうでないと美味くない!」
「片手で食べられるのも良い! 忙しい時につまめそうだ」
「本当だな。あ、ほれ、あの記録書記官達、食いながら仕事をしているぞ」

ファスター王達が居る側に、文官達がおり、記録を取り続けていた。更には、何やら書類も作成している様子。先ほどまでは、ヤケクソ気味だったり、鬼気迫る様子だった彼らは、焼きそばパンなどを片手に、かぶりつきながら筆を走らせている。

「明らかに、やる気が先ほどまでと違うな」
「やはり食事は大事なのかもな」
「美味しいことも大事だろう」
「違いない」

堅苦しくなるかと思いきや、しっかりと休憩の時間になりそうだ。先ほどまでは張り詰め過ぎていたのだと分かった。







**********
読んでくださりありがとうございます◎
第6巻発売中です

しおりを挟む
感想 2,182

あなたにおすすめの小説

聖人様は自重せずに人生を楽しみます!

紫南
ファンタジー
前世で多くの国々の王さえも頼りにし、慕われていた教皇だったキリアルートは、神として迎えられる前に、人としての最後の人生を与えられて転生した。 人生を楽しむためにも、少しでも楽に、その力を発揮するためにもと生まれる場所を神が選んだはずだったのだが、早々に送られたのは問題の絶えない辺境の地だった。これは神にも予想できなかったようだ。 そこで前世からの性か、周りが直面する問題を解決していく。 助けてくれるのは、情報通で特異技能を持つ霊達や従魔達だ。キリアルートの役に立とうと時に暴走する彼らに振り回されながらも楽しんだり、当たり前のように前世からの能力を使うキリアルートに、お供達が『ちょっと待て』と言いながら、世界を見聞する。 裏方として人々を支える生き方をしてきた聖人様は、今生では人々の先頭に立って駆け抜けて行く! 『好きに生きろと言われたからには目一杯今生を楽しみます!』 ちょっと腹黒なところもある元聖人様が、お供達と好き勝手にやって、周りを驚かせながらも世界を席巻していきます!

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

待てない忠犬チワワ 〜私のご主人は隙だらけ〜

初昔 茶ノ介
ファンタジー
かつて、この者に敵うものなしと囁かれた最強の魔法使いがいた。 魔法使いは最強の称号を得てもなお、研鑽し、研究し、魔法のみならずありとあらゆる技や術などの習得に生涯を注ぎこんだ。 しかし、永遠の命を得ることはできなかった。 彼は文字通り自己の研鑽のみに時間を割いていたため、弟子や子はいなかった。 彼の元にいたのは気まぐれで飼っていた1匹の犬のみ。だが、その愛くるしさは彼にとって研究合間の休憩になっていた。 死の間際に彼は犬を呼び、頭を撫でた。 「君を一人残していくことを…許しておくれ…。私の力は…君に託そう。君の力と記憶は…君の魂に刻まれ、輪廻の渦に晒されても失われないだろう…。どうか、こんな私のような物好きではなく…次は素敵なご主人に…拾われて、守ってあげて…」 魔法使いが最後の命を振り絞って犬に魔法をかけたところで、頭を撫でていた手が力なく滑り落ちた。 犬は主人の元を離れず、数日のうちに犬も命尽きた。 命尽きた後、転生を果たした犬はある人間と出会う。 そして、新しい飼い主となる人間と犬は伝説と呼ばれる偉業を成し遂げるのだった。 これは、犬と飼い主が伝説と呼ばれるまでの話…。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。