上 下
179 / 196
ミッション10 子ども達の成長

359 お気の毒ねえ

しおりを挟む
まさか、ファスター王にユゼリアの血筋が疑われているとは知らない第一王妃は、後宮の庭にある東屋に居た。そこで穏やかに笑って、友人の夫人達とお茶を楽しんでいたのだ。

「お聞きになりましたか? メルナ様。第三王妃は今や孤児たちの母だそうですわ。化粧もせず毎日、泥だらけになっているとか」
「まあ……お気の毒ねえ」

そうして、緩やかに首を傾げて頬に片手を添える第一王妃メルナを見て、彼女に仕える侍女達や夫人達は、ほうと息を漏らす。

清楚で可憐という言葉が似合う見た目。薄い金の長い髪は結って頭の高い位置でまとまっている。そんな髪には、キラキラと光る宝石が散りばめられていた。瞳は薄い青だが、長いまつ毛が影を落としてあまりその色は印象に残らない。それもあり、儚げな美人だと貴族の中では有名だった。

「お似合いですわよ。あのような横柄で傲慢な女、着飾っても下品にしか見えませんでしたもの。孤児達も、汚しても良い者を見極められる良い目を持っているようですわ」
「そうですわね。メルナ様を前にしたら、孤児達も触れてはならないことを理解できると思いますもの」
「本当に高貴で美しい方には、無礼を働かないものですわ」
「あら。それでは、フラメラさんが高貴で美しくないと言っているようなものだわ? だめよ? 彼女を傷付けてしまうわ。ただでさえ、ここを追い出されてしまったのに……」

悲しそうに、同情するように目を伏せるメルナ王妃はまさに儚げで、美しく見えた。優しげな声も落ち着いていて耳障りが良い。そして、仕草も計算されたものだった。目元を和ませ、両手を合わせる。良い案が浮かんだというように。

「ああ、そうだわ。お見舞いのお品でも贈りましょう。何がよろしいかしら? 孤児院ですものね……食べ物とか? 服とかかしら?」

これに少し首を傾げてみせれば、その可憐な様子に憧れる夫人達は顔を赤らめていた。

「っ、泥だらけになるなら、替えの質素な服でもよろしいのではありません?」
「罪人なんですもの。服は有り難がるはずですわっ」
「まあ。罪人だなんて……やはりそうなのかしら……」

口元に手を当て、恐ろしそうに眉根を少し寄せる。そのように怯えたような様は見ていて心配になる。それは怖がらせてしまったという罪悪感を抱かせ、逆に本来の罪人と思われる側への同情心を減らした。

実際は、第三王妃フラメラは罪人ではない。確かに、嫌がらせや傲慢な態度を見せてはいたが、刑罰が必要な程の実質的な被害などほぼなかった。迷惑行為が多く、ただフラメラの好感度を落としただけ。リュブランの件も、本人達の間では謝罪も入り、和解して特に問題もない。

フラメラは拘っていた王妃という地位に価値を見出せなくなり、もはや別人レベルで内面も見た目も変わっていた。

「メルナ様っ。あれは自業自得ですわっ」
「王の妃としてありながら、それを傘に着るだけで、中身も見た目も腐っておりましたものっ」
「王の子を産んだというだけしか、アレは意味のない存在でしたわねっ」
「……」

その時、メルナの表情が一瞬強張ったのだが、誰もそれには気付かない。

「その王子も、大怪我をして死んだと聞きましたけれど? オーガと戦ったのですって。間違いなくあの女のせいでしょうっ」

リュブランは教会の保護を受けることで、情報の規制がかかっていた。それも裏への働きかけとして、フィルズが隠密ウサギを使っているのだ。王妃の周りにはまずその情報が入らないように徹底していた。

今のリュブランを見たところで、王宮で隠れるようにして暮らしていた彼と同一人物だとは思われないだろう。お陰で、そう苦労することなく隠せていた。

クラルスに協力してもらい、貴族の噂話の広がり方を加味した上で情報を流したのだ。怪我をしていたというのは本当だし、オーガと戦ったのも本当だ。その後姿が見えないということで亡くなったという話になったのは、情報操作が上手くいった証拠だろう。

「母親でありながら、子を死地に追いやるだなんて、それだけでも罪人としても仕方ありませんわよね?」

侍女達はメルナの貼り付けた様な表情の変化に気付かなかった。

「……そうですわね……」

メルナの小さな同意の声を聞き、夫人達は話を続ける。

「そういえば、先日、ユゼリア殿下のお話を聞きましたわっ。なんでも、不正をしていた教師と生徒を断罪されたとかっ。素晴らしいことですわねえ」
「わたくしも聞きましたわ。生徒総会で、大勢の前でそれを暴かれたとか。なんと勇敢で正義感溢れる行いでしょう」
「まあ……そんな」

メルナは曖昧に答える。それを周りは謙遜と取った。メルナとしては、聞いていないという動揺を隠しただけだ。

「きっと清廉なメルナ様に似たのでしょうね」
「高潔な王族として相応しい行動ですわ」

これに、メルナは花が咲くように笑い、礼を言う。

「ありがとう。あの子もようやく立場を自覚したようで嬉しいわ」

その後もユゼリアが学園で優秀な成績を残しているのはすごいことだとか、令嬢達が放っておかないだとか、褒め倒していた。それをメルナは微笑みを浮かべて聞いていた。

「あら、日が影ってきたわね。そろそろお開きにしましょうか」
「まあ。長くお邪魔してしまいましたわ」
「メルナ様とお話できるのは、楽しくていけませんわ。時間を忘れてしまいます」
「わたくしも、皆さまとお話できるのは、楽しいですわ。またいらしてくださいね」
「「「はいっ。失礼いたしますっ」」」

動揺を見せないように立ち上がったメルナは、そのままいつもの表情を見せながら部屋へと向かった。

何も話さずに部屋に到着すると、メルナは穏やかな口調で侍女達に告げた。

「少し疲れてしまったみたい。一人になりたいわ」
「承知いたしました。何かありましたらお呼びください。お夕食の時間になりましたら一度お声がけさせていただきます」
「ええ。お願いね」

そうして部屋に一人になったメルナは、表情を崩した。







**********
読んでくださりありがとうございます◎

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹が私の婚約者も立場も欲しいらしいので、全てあげようと思います

皇 翼
恋愛
ブレメンス王国で、聖女の役割を幼い頃から担ってきたソフィア=トリプレート公爵令嬢。 彼女はある日、舞踏会の最中で呼び出され、婚約者と実の妹に『要らない物』と宣言された。それだけじゃない。第二王子の婚約者という立場も、聖女の立場も彼女は寄越せと言うのだ。 しかし、ソフィアの心の中は傷つくでもなく、抵抗の一つも見せなかった。なにせ彼女の出会いはソフィアにとっては願ったり叶ったりだったのだ。 そして内心では喜び勇んで、生まれ育ったクソみたいな国――地獄を出て行くのだった。 ****** ・書き方の変更のため、再稿。3人称から1人称になっています。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

【完結】旦那様、お飾りですか?

紫崎 藍華
恋愛
結婚し新たな生活に期待を抱いていた妻のコリーナに夫のレックスは告げた。 社交の場では立派な妻であるように、と。 そして家庭では大切にするつもりはないことも。 幸せな家庭を夢見ていたコリーナの希望は打ち砕かれた。 そしてお飾りの妻として立派に振る舞う生活が始まった。

環《リンク》シリーズ設定集

真義あさひ
ファンタジー
環《リンク》シリーズの設定置き場。 ※ネタバレについて 環《リンク》シリーズは作品がすべて繋がった(リンクした)作品群です。ネタバレや、逆に作品ごとに隠した要素に気づく・気づかないが楽しめるよう構成しております。 年数はカズン君の時代を基準に表記しています。(円環大陸共通暦801年頃) 不定期更新、更新順序は不定です。 各項目は随時アップデート。 更新項目の横には ☆ を付けています。 ※シリーズへの質問や知りたいこと、疑問点等はコメント欄へどうぞ。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。