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ミッション9 学園と文具用品
344 師匠も面白がってますね
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休み明けのその日は、午後から生徒総会が開かれることになっていた。
第一王子のユゼリアは、今か今かとその時を待っている。
「やはり教師達が不正をしていたか」
この不正が今回ではなく、前回までのものであることを知らない。だがユゼリアは、これで誰もが自分を褒め称えるだろうと興奮していた。
「よく調べたなっ。ワンザ」
「はいっ! 相変わらず、エンリアントの調べが甘く。その上、これ以上は調べない方がいいと、また愚かな事を言い出しまして、このような直前の時間になってしまいました」
「……」
ワンザ・クエルトは、いつものように壁際に無表情に立つエンリアント・ユーナルを侮蔑のこもった横目で見ながら告げた。しかし、エンリアントはその視線など気にしていない様子だ。
「仕方あるまい? エンリアントは深く調べるというのが得意ではないのだろう。騎士は上の命で動くもので、頭を使うのには不慣れな者が多いと母上が言っていた。適材適所だとな。まあ、真実を暴くことを恐れる姿勢は良くないが」
「……」
得意げに言うユゼリア。しかし、文句は言わずに、エンリアントは静かに目を伏せて頭を下げた。その間、一度もユゼリアやワンザに視線を向けていないのには気づかないようだ。
「ふんっ。殿下の広い御心に感謝するのだなっ。自分は良い主人を持ったと幸運に思うことだっ」
「……」
エンリアントは、目を伏せるだけでその答えとした。今日は特に静かだということに、ユゼリアもワンザも気付かない。エンリアントとしては、もう相手にするのも苦痛なのだ。彼はようやく今日、ユゼリアが大衆の前でやらかしてくれると期待していた。ニヤケそうになる頬に力を入れて、午前中からずっと気を付けているのだ。
実は、エンリアントはセイスフィア商会の諜報部、隠密ウサギに指導を受けた。それにより、諜報能力が今でもグングン伸びている。王宮で生きるならば、剣だけでは足りないとエンリアントは思っていた。だから、隠密ウサギに弟子入りしたのだ。これにより、情報戦もできる騎士が出来上がりそうなのだが、フィルズが面白がって、まだ王達には内緒にしていた。
そんな彼が調べたのだ。中途半端な状態でワンザに渡したのもわざとだ。そして、わざわざ忠告するように『これ以上は……』と伝えた。確かに不正はあったのだ。だがそれは、今年に入り一掃されていた。
エンリアントは思わずふっと笑ってしまう。だが、ユゼリアもワンザも、今や自分達の正当性を確信し、その後の賞賛を受ける事を妄想することに夢中だった。密かに呟くエンリアントの声にも気付かない。
「……自分で自分の成績の不正の証拠を明らかにするとか……っ……ふっ……記録もしっかり撮るか」
《協力しましょう。主が面白がりそうです》
足下に、隠れるように現れたのは、一匹の隠密ウサギだ。
「師匠も面白がってますね」
そんな隠密ウサギに師匠と告げる。これに自然に隠密ウサギは答えた。
《弟子の初めての企みが上手くいくかどうか、これが面白くないわけがないでしょう》
「師匠……本当にたまに人間臭いっスね」
《悪いですか?》
「いえ。そういうのも良いと思います」
《それは良かった》
密かに、不思議な師弟が絆を確認しあっていれば、時間は飛ぶように過ぎた。
そうして、生徒総会が始まった。少しばかり高い舞台の端に用意された精度が良く、小型化した拡声器の前に立つのは、進行役でユゼリアの婚約者であるブラーナだ。
『これより、生徒総会を始めます』
皆の前に凛と立つブラーナ。その姿を見るのは、ユゼリアにとって、少しばかり気まずい。それが、不快感だと理解したのは最近だろうか。
「相変わらず、嫌味な顔だ……」
「立場を弁えるよう、王妃様からも注意を受けているはずでは?」
「そのはずだがな……」
ユゼリアは、生徒会への推薦が来なかったことに、不満を感じていた。本来ならば、最高学年となる今年は、生徒会の会長になる声がかかるはずだったのだ。しかし、当たり前だと思っていたそれはなく、なぜか学年が下の婚約者であるブラーナが役員の一人になった。
これまでこの学園では、王子が最高学年になった時には生徒会長になるのが慣例だった。王子が誰かの下になるというのは体裁が良くない。だから、一年、二年では役員になることはない。表向きは、王子としての勉強が忙しいからだとしていた。しかし、今年は生徒会長にという話さえ全くユゼリアに来なかったのだ。
それを学園長に新学年となってからすぐに訴えた。どういうことなのかと。しかし、それについての答えはこれだ。
『今年から、学園の内部方針も変わります。慣例となっていたものはなくなったり、変更されることも出てくるでしょう。そして、何より……個人をしっかりと見極めた教育方針となりますので……』
ユゼリアやワンザには意味が分からなかった。だが、文句を言えるような雰囲気ではなかった。学園長の目は、反論を許さない気迫があったのだ。
そんな中、ブラーナは会長ではないものの、役員の一人に選ばれたのだ。何か忖度があったと見えてしまった。
「あの女も、不正をしたのだろう。やはり、将来あれを王妃にするのは良くないだろうな」
「仰る通りでございますっ」
ワンザにも苦情を言う時はしっかりと言うブラーナに良い感情を抱けるはずもなく、ユゼリア同様に苦々しい顔で、ワンザは舞台上のブラーナを見ていた。
「王妃とは、母上のように清廉で、静かに穏やかに、夫に寄り添う女性でなくてはならん」
「ええ。その通りでございますねっ」
彼らの中にあるのが劣等感だとは、ユゼリアもワンザも理解できないようだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
第一王子のユゼリアは、今か今かとその時を待っている。
「やはり教師達が不正をしていたか」
この不正が今回ではなく、前回までのものであることを知らない。だがユゼリアは、これで誰もが自分を褒め称えるだろうと興奮していた。
「よく調べたなっ。ワンザ」
「はいっ! 相変わらず、エンリアントの調べが甘く。その上、これ以上は調べない方がいいと、また愚かな事を言い出しまして、このような直前の時間になってしまいました」
「……」
ワンザ・クエルトは、いつものように壁際に無表情に立つエンリアント・ユーナルを侮蔑のこもった横目で見ながら告げた。しかし、エンリアントはその視線など気にしていない様子だ。
「仕方あるまい? エンリアントは深く調べるというのが得意ではないのだろう。騎士は上の命で動くもので、頭を使うのには不慣れな者が多いと母上が言っていた。適材適所だとな。まあ、真実を暴くことを恐れる姿勢は良くないが」
「……」
得意げに言うユゼリア。しかし、文句は言わずに、エンリアントは静かに目を伏せて頭を下げた。その間、一度もユゼリアやワンザに視線を向けていないのには気づかないようだ。
「ふんっ。殿下の広い御心に感謝するのだなっ。自分は良い主人を持ったと幸運に思うことだっ」
「……」
エンリアントは、目を伏せるだけでその答えとした。今日は特に静かだということに、ユゼリアもワンザも気付かない。エンリアントとしては、もう相手にするのも苦痛なのだ。彼はようやく今日、ユゼリアが大衆の前でやらかしてくれると期待していた。ニヤケそうになる頬に力を入れて、午前中からずっと気を付けているのだ。
実は、エンリアントはセイスフィア商会の諜報部、隠密ウサギに指導を受けた。それにより、諜報能力が今でもグングン伸びている。王宮で生きるならば、剣だけでは足りないとエンリアントは思っていた。だから、隠密ウサギに弟子入りしたのだ。これにより、情報戦もできる騎士が出来上がりそうなのだが、フィルズが面白がって、まだ王達には内緒にしていた。
そんな彼が調べたのだ。中途半端な状態でワンザに渡したのもわざとだ。そして、わざわざ忠告するように『これ以上は……』と伝えた。確かに不正はあったのだ。だがそれは、今年に入り一掃されていた。
エンリアントは思わずふっと笑ってしまう。だが、ユゼリアもワンザも、今や自分達の正当性を確信し、その後の賞賛を受ける事を妄想することに夢中だった。密かに呟くエンリアントの声にも気付かない。
「……自分で自分の成績の不正の証拠を明らかにするとか……っ……ふっ……記録もしっかり撮るか」
《協力しましょう。主が面白がりそうです》
足下に、隠れるように現れたのは、一匹の隠密ウサギだ。
「師匠も面白がってますね」
そんな隠密ウサギに師匠と告げる。これに自然に隠密ウサギは答えた。
《弟子の初めての企みが上手くいくかどうか、これが面白くないわけがないでしょう》
「師匠……本当にたまに人間臭いっスね」
《悪いですか?》
「いえ。そういうのも良いと思います」
《それは良かった》
密かに、不思議な師弟が絆を確認しあっていれば、時間は飛ぶように過ぎた。
そうして、生徒総会が始まった。少しばかり高い舞台の端に用意された精度が良く、小型化した拡声器の前に立つのは、進行役でユゼリアの婚約者であるブラーナだ。
『これより、生徒総会を始めます』
皆の前に凛と立つブラーナ。その姿を見るのは、ユゼリアにとって、少しばかり気まずい。それが、不快感だと理解したのは最近だろうか。
「相変わらず、嫌味な顔だ……」
「立場を弁えるよう、王妃様からも注意を受けているはずでは?」
「そのはずだがな……」
ユゼリアは、生徒会への推薦が来なかったことに、不満を感じていた。本来ならば、最高学年となる今年は、生徒会の会長になる声がかかるはずだったのだ。しかし、当たり前だと思っていたそれはなく、なぜか学年が下の婚約者であるブラーナが役員の一人になった。
これまでこの学園では、王子が最高学年になった時には生徒会長になるのが慣例だった。王子が誰かの下になるというのは体裁が良くない。だから、一年、二年では役員になることはない。表向きは、王子としての勉強が忙しいからだとしていた。しかし、今年は生徒会長にという話さえ全くユゼリアに来なかったのだ。
それを学園長に新学年となってからすぐに訴えた。どういうことなのかと。しかし、それについての答えはこれだ。
『今年から、学園の内部方針も変わります。慣例となっていたものはなくなったり、変更されることも出てくるでしょう。そして、何より……個人をしっかりと見極めた教育方針となりますので……』
ユゼリアやワンザには意味が分からなかった。だが、文句を言えるような雰囲気ではなかった。学園長の目は、反論を許さない気迫があったのだ。
そんな中、ブラーナは会長ではないものの、役員の一人に選ばれたのだ。何か忖度があったと見えてしまった。
「あの女も、不正をしたのだろう。やはり、将来あれを王妃にするのは良くないだろうな」
「仰る通りでございますっ」
ワンザにも苦情を言う時はしっかりと言うブラーナに良い感情を抱けるはずもなく、ユゼリア同様に苦々しい顔で、ワンザは舞台上のブラーナを見ていた。
「王妃とは、母上のように清廉で、静かに穏やかに、夫に寄り添う女性でなくてはならん」
「ええ。その通りでございますねっ」
彼らの中にあるのが劣等感だとは、ユゼリアもワンザも理解できないようだ。
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