上 下
136 / 213
ミッション9 学園と文具用品

316 怖過ぎる

しおりを挟む
セイスフィア商会の契約は、誰もがおかしいと思うらしい。だが、試してみればそれが最適だと理解できる。

「食事も美味いし、住む場所も用意されてる……最初は怖かったんですよ?」
「あははっ。それ、後で結構言われるんだよな~。もう、騙されても良いと思ってたとか」

一般的に家業がない家の者達は、冒険者ではない安定した仕事を探そうと思うと、かなり難しいらしい。

「彼女に聞いたことがあるんです。家業を持たない男の働き口は、ほぼ親族の伝手で決まるって」
「あ~、それが普通なら確かに怖いだろうなあ。全く新しい所だし? 飛び込んでみたら、やった事ねえことばっかだし?」
「やった事ないって言うか……」

青年達は顔を見合わせる。

「うん。見た事ないのも多いし……」
「家を貸してもらえるとかも有り得ない。食事付きで給料も普通に出るなんてことも有り得ない」
「大分慣れましたけど、外に出たくなくなるんですよね。というか、怖い。良い暮らしし過ぎてる気がして怖いです」

有り得ないも怖いも二回ずつ。強調すべきところらしい。

「実際、セイスフィア商会で働いてるって言うと、すごい羨ましいと妬まれますから」
「「そうそうっ」」

エリートじゃない一般の人なのに、そういう成功者を見るような目で見られるらしい。だが、羨まれて妬まれるのは怖いかもしれない。

「中での待遇のことは、本気で知られると怖いんで、ほとんど喋りませんけどね!」
「新作パンとか食事の時に食べ放題なの知られたら……怖過ぎる」
「「うんうんっ」」

ミリアリアと居る女性達も聞こえたらしく、真面目な顔で頷いていた。もちろん、ミリアリアもだ。彼女は家族だが、今や従業員でもある。昼食なども職員と一緒に食堂で取っていたりする。そこでの交流で、かなりミリアリアも外の常識を知ったようだ。

貴族令嬢としては、優れた所を外に自慢するのは当たり前のこと。しかし、ここで自慢げに外で話せば、嫉妬などで恐ろしいことになると理解していた。

「福利厚生はしっかりしてねえとな。従業員が一番のお客でもあると思ってるからさ」
「え……あ、確かに、買い物はもうほぼここで済ませてしまいますね」
「だろ? 新商品とか、店の商品を一番見て、知ってるのが従業員なんだと思うんだよ。それでこうしたらどうかって改良点とかもすぐ伝えられるし、考えられる。だから、良い店って、従業員を大事にできる店なんじゃないかって思うんだ」
「なるほど……」
「そうですね……」
「食べようと思えなかったうちのパンって……良い店なわけねえよな」

三人とも納得していた。

「誰かが欲しいと思える物を売るから商売として成立するんだ。客にもなる従業員が欲しいと思えないなら他の人が欲しがるわけがないだろ?」
「そうですね。うん。なら、俺が食べたいと思えるパンを作らないといけないってことですね!」
「色々と食べるのも勉強って聞きました。ここに居る間にも色んなものを食べて考えてみます」
「うちで売りたいと思えるものを作ってみせます!」
「おう。親父さんのことで、もしもを考えてウジウジするより、そっちのが良い」
「「「はいっ」」」

彼らはこれでようやく父親のことも吹っ切れただろう。前向きになったことで、表情も変わる。そんな青年達に、フィルズは計画していたことを一つ進めることに決めた。

「なあ。新しいパン、作ってみるか?」
「っ! どんなパンですか!?」
「ぜひ!」
「作りたいです! お願いします!」

食い気味に来た三人。こちらを見た女性達やミリアリアも目がキラキラしていた。

「そんじゃあ、昼メシ用に作ってみようぜ」
「「「はい!!」」」
「じゃあ、決まりだ。パン屋の朝の営業もあるし……十一時にここに集合な」
「分かりました!」
「その時間なら店も落ち着きますもんねっ」
「楽しみ過ぎるっ」

パン屋の客が一番多いのが、開店から十時過ぎ頃までだ。その後は多少ゆったりする。とはいえ、普通の店よりは間違いなく忙しいのだが、彼らが店を手伝わなくてもいい余裕はできる。

「では! 朝の営業に行って来ます!」
「ちゃんと軽く食ってから行けよ?」
「はい。忙しくて目が回りますもんね……」
「メシ食わずに行ったら、倒れそうになったもんな……腹が減って目が回るって、はじめて知ったし」

セイスフィア商会の従業員は、一度はこれをやる。忙しく、楽し過ぎて忘れるのだ。クマ達が注意をするが、これも経験だと一度は見過ごすことにしている。

「食ってすぐ動くんじゃねえぞ」
「「「はいっ!」」」
《すぐに用意します》
「「「お願いします!」」」
「「「お願いします」」」

青年も女性達も、リョクにそろって頭を下げた。朝早いスープ屋台などの従業員達の朝食は、リョクが一人で作ったものだ。魔導人形は夜の数時間だけスリープモードに入り、前日のデータを処理するが、それ以外はずっと動いている。

リョクが朝食をセットするのに向かって行くのを見守っていれば、ミリアリアが窯の様子を見てからフィルズの隣にやってくる。

「手伝うわ」
「おう。これ、むしってくれ」
「っ、ええ」

フィルズはミリアリアの前に洗い終わった野菜を置く。水切り用のザルも手渡した。水洗いなどの仕事は、さりげなくフィルズはミリアリアにさせないようにしている。それに、最近ミリアリアは気付いたらしい。

「っ……」

他の事でも、本当に自然に、ミリアリアを気遣うようにサポートするフィルズ。それが嬉しくて、ミリアリアは涙を滲ませていた。

これに気付いたフィルズが声をかける。

「ん? どうした?」
「っ、ううん。なんでもないの。水が飛んだみたい」
「そっか。ほれ、タオル」
「うん……っ」

腰に付けた小さなマジックバッグからフィルズは小さめのタオルを取り出して差し出した。それで顔をというか、目元を拭くミリアリア。そして、その柔らかい手触りに驚いて、涙が引っ込んだ。

「え? こ、これっ」
「ん~? ああ。フワフワだろ? ようやく織り機が完成してさあ。まだ試作だからちっさいのしか織れねえけど。どうだ? 前のよりふわふわじゃね?」
「すっごく、いい!」
「吸水性も上がってるから、是非ともバスタオルを作りたいんだがなあ」
「いいわねっ」
「おやっさん達が頑張ってるから、楽しみにしといてよ」
「もちろんよ!」

こんな感じが普通になりつつあるミリアリアは、日々幸せを感じていた。

鼻歌も歌いながら野菜をむしりだすミリアリアを横目で見ていれば、リョクが戻って来てフィルズにパンのことを尋ねた。相当気になっていたらしい。

《ご主人。新しいパンってどんなパンなんです?》
「ああ。コッペパンだよ。やっぱ、売店には焼きそばパンがねえとなっ」
《やきそばパン?》
「おう。だから、リョク。焼きそば作ろうぜ」
《……それが何か知りませんが、美味しそうな響きなので是非!》

そう。これが日常なのだ。







***********
読んでくださりありがとうございます◎
第5巻!おかげさまで大好評です!
ありがとうございます!
遅ればせながらいつも通りSSも
BOOKSえみたすにてお渡しできます。
もしかしたら発売に間に合っていないかもしれません。
その場合は書店の方にお問い合わせください。
店によっては少し時間がかかるかもしれないので、時間に余裕のある時にお越しください◎
お渡しできると思います。
今回のSSは後ろから二枚目の挿し絵を思い浮かべながらご覧いただければ一層楽しめると思います(笑)

今後ともよろしくお願いします!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】要らない私は消えます

かずきりり
恋愛
虐げてくる義母、義妹 会わない父と兄 浮気ばかりの婚約者 どうして私なの? どうして どうして どうして 妃教育が進むにつれ、自分に詰め込まれる情報の重要性。 もう戻れないのだと知る。 ……ならば…… ◇ HOT&人気ランキング一位 ありがとうございます((。´・ω・)。´_ _))ペコリ  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。