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ミッション9 学園と文具用品

313 幸せを作っている

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フィルズはまだ早い時間とはいえ、朝食の準備でも始めようと手を洗い、タオルで拭きながら壁に掛けてある一週間分の献立表を確認する。

今日の朝食はハムエッグと葉物野菜のサラダ、クルフのスープだ。朝は卵とハムなどの軽い塩味の効いた肉類と、サラダにスープと決まっている。そこにパンが数種類選べるので十分なようだ。

そこでふと、成形したパンの生地を鉄板に並べていたリョクが、疑問が浮かんだらしく、首を傾げた。

《パンだけを卸すことは可能なのですか?》
「ん? ああ。食堂は、元城の料理人とか、貴族家で雇っていたヤツらで運営されているし、貴族と太いパイプがある商会が食材を卸してるから、入れない」
《なら、どうするつもりで?》
「売店を作ろうと思ってさ」

フィルズは、リョクの方を振り向くことなく、サラダ用の野菜を洗おうと籠に入っていた葉物の野菜を手に取る。

《ばいてん……?》
「そう。専門の店じゃなく、色んな物をまとめて一つの店で売るんだよ。パンも置いて、文房具やちょっとした怪我や病気の時に使う薬とか、休憩時間に摘める菓子とか色々」

貴族の子息子女達が通う学園だ。彼らは、買い物などは全て侍女や侍従に任せる。注文ということで届けさせるのが普通だ。簡単に受け入れられるとは思っていないが、是非とも試してみたい。

因みに、食堂でもメニューは選べない。席につくと勝手に給仕の者が運んで来て並べるスタイルだ。

《それを……どこに?》
「学園内の余ってる教室とか使ったらいいだろ」
「そういえば、使っていない教室は多かったかも……」

ミリアリアが昔を思い出して口にする。

「やっぱり? 生徒数、減ってそうだもんなあ」
「ええ……昔は、商家とかお金に余裕のある家の子ども達も沢山居たとか聞いたことがあるけど……」
「最近はほぼ居ないらしいからな……」
「……」

フィルズの言い方から、良くない傾向なんだろうと予想できたのだろう。ミリアリアが肩を落とす。

「仕方ねえよ。その代わり、庶子とか第二子以降も特例以外は学園に入れる決まりだ」
「特例?」
「知らねえの?」
「ええ……初めて聞いたわ」
「まあ、詳しく調べないと知らないかもな」
「……調べたの?」

鉄板にクロワッサンを並べ終わり、ミリアリアが顔を上げた。

「おう。あまりにも兄さんが行きたくないって言うもんだからさあ」
「……ごめんなさいね……」
「気にすんな。カリュやリサも言ってたからな」

フィルズは、背を向けたまま、レタスのような薄く赤い色をした野菜の葉を一枚ずつめくっていきながら答えた。

「学園は、卒業が認められるだけの知識や技能を持っていることを証明できれば、通わなくていいらしい。それ用の試験があるんだ」
「それは、ダンスや剣術も?」
「そう。全部。筆記試験は各学年のテストをまとめて受けるんだってさ」

分かりやすい方法だろう。三年分の試験を全部やるだけだ。

「時間がかかりそうね」
「丸一日かかるらしい。試験の日も、入学試験とは違う。卒業試験のすぐ後にあるらしい。それも、国の方から申請する必要があるんだと」
「……父親が認めなければ、受けることも出来なさそうね」
「ああ。だから、ほぼ形骸化してる。確実に受かるって確証がないと、落ちた時に恥をかくだろうしな。下手したら、家門から追い出される」
「……誰も受けたがらないわね……」
「受かったら、これ以上ない誉れだけどな」
「そうね……」

リスクが大き過ぎる。それに、受かるほどに成績が良ければ、その家は王家の覚えも良くなるだろう。それを面白く思わない者は多いため、不正は出来ない。注目されるものだ。妨害もしにくくなる。結果、正しい判定が下されるので、良い事ではある。

「まあ、そんな事だったから、兄さん達は諦めてくれたけどな」
「よかったわ……」
「だから、なんとか兄さん達の不満を一つでも解消したくてさ。やっぱ、『食』って大事だと思うんだよ」
「そうね。クーがよく言っているわ。美味しいと思うことは幸せを感じることでもあるって」

次はと、ロールパンの生地を鉄板に並べていくミリアリア。三組の夫婦は丸め終わり、満足げな顔をしていた。

ここで、ようやく彼らも周りの声が耳に入ったようだ。

「それって、僕たちは幸せを作っているってことですか!?」
「ふふふっ。そうだと思うわ」

ミリアリアが微笑ましそうに答えると、他の者達も嬉しそうに口を開く。

「絶対、美味しいですもんねっ」
「今まで食べていたパンが食べられなくなりますもん!」
「パンだけで生きていけそうな気がする!」
「それはダメだからな?」
《それはダメですよ?》

パン狂いは、やはり危険だ。

「本当にこのパンは美味しいもんな……中途半端な知識だけで作ったパンをここのパンだって言って売り捌いてた親父には、失望したぜ……」
「正しい知識って本当に大事なんですね……アレとは全くの別ものです」

そう後悔を口にするのは、王都の商業ギルド長によって中途半端にパンの作り方を教えられ、公爵領発祥の特別なパンを作れると言って営業していたパン屋の息子夫婦だった。







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