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ミッション9 学園と文具用品
304 他人事だな!
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セイスフィア商会、王都支店開店からひと月が経つこの日。父リゼンフィアやファスター王の要請であった文具店も含め、全てが無事軌道に乗り、フィルズは朝早く、屋敷の屋上で人の流れを確認していた。すると、そこにファスター王がやって来た。
「まだ開店まで二時間はあるというのに、すごい列だな」
ぐるりと広大な敷地を囲むように列が出来ている。その列をさり気なく整理するのは、敷地周りと内側担当の清掃部隊の者たちだ。ここで列を整理しながら、敷地の周りの道や路地を掃除し、開店時間になったら半数は敷地内の清掃活動に入る。残りはそのまま周辺道の清掃だ。
時々、笑っている声も聞こえるのは、清掃部隊の者達が店の説明をしているのだろう。宣伝の仕方も、クラルスから教えられており、休憩時間や休みの日に店を実際に見て回り、オススメすべき所も分かっているのだ。
「見にくるだけでも良いって宣伝してるしな。店の前の道を歩くだけで、体の汚れが落ちるようになってるから、それを目的にしてるのも多いだろう」
誰もが当たり前のように身なりに気を遣っているわけではない。服が汚い、体が汚いから店に入れないという事が多く、パン屋などが道に面した場所で窓から売り買いさせるのも、そうした不衛生な者達を中に入れないためだ。この世界の一般的な店は、そうして客を選ぶ。
しかし、それでは気持ちよく買い物をする喜びは感じ難いだろう。だから、フィルズはセイルブロードの道に細かく魔法陣を施したタイルを敷いた。店の入り口前のマットの上が最も効力の強い清浄化の魔法陣を用意してある。薄茶げた服が本来の白さを取り戻し、皮脂で絡まった髪がサラサラになるくらい強力だ。
「おかげで、浴場も大人気だけどな」
綺麗になると気持ちがいいということを知った人々は、揃って浴場の虜にもなっていた。
「確かに、あの浴場は素晴らしい。王宮にもない贅沢なものだ。そろそろ、貴族が言い掛かりでも付けそうだな」
夜の八時までの営業の浴場。仕事を終えた後、家に帰る前に寄っていくという人が多い。パン一つ分ほどの値段で三時間まで滞在できる。
営業時間以降、十時までは、従業員専用。こちらはもちろんタダ。家族も申請すればOK。その後一時まではフィルズの関係者達のみ使えるようになっている。ファスター王も一応身内ということでこの時間帯に贅沢に使える。
「王宮にもないのにって? ははっ。言いそうだ。それできっと、王のため、この国のためにもこれを献上しろとか言うんだ。さも、良いこと言ってますって感じで」
「……そんな事をされても嬉しくないのだがな……まてよ……そういうことも……そんな事をしていたかもしれんのか?」
「え? ないのか?」
フィルズが当たり前のような顔を向ける。ファスター王は不安になったらしい。
「そんな、そんな事をされても喜べないぞっ」
「自分が正義だ、良いことをしているんだって思ってる奴らが、他人の気持ちなんて察せられるかよ。好意や恩は押し付けまくって自分の手から離しちまえば満足なんだよ。それで、相手や周りが自分の評価を上げてくれたって勝手に思い込んで気持ちよくなれる。ある意味お手軽な奴らさ」
「やられた方は、大迷惑ではないかっ」
「それが出来ねえように、商業ギルドや冒険者ギルド、教会が盾になるんだよ。その一角が崩されてたからなあ」
「っ、まさか、それも調査せねばならんのか!?」
「心配すんな。それはこっちでやってる」
「おおっ、良かった……っ」
心底ほっとしたと言う顔をするファスター王だが、フィルズは他人事のように軽く笑った。
「大変だなあ」
「他人事だな!」
「そっちの事は、マジで他人事だと思ってるから」
「ああ……まあ……そうだな……」
分かりやすく肩を落とすファスター王。貴族の問題には関わらせたくないとは思っているが、手伝ってくれたら助かるだろうなというのも確かなので葛藤があるようだ。
「その……きちんと言っていなかった。今更だが、闇ギルドのこと、助かった」
「言うなよ。どのみちやるつもりだったことだ」
闇ギルド『ブラックロード』のこの国の支部。長くこの国の裏側に巣食っていたその組織を壊滅させたのはひと月前。ようやく情報の精査の終わりが見えてきた所だ。ファスター王が今日もこんな朝早くから、王宮ではなくこの場に居る理由でもあった。
この組織の存在をフィルズは早くから知っていた。土地の選定をした時から、狙っていたことだった。ミラナとどの土地を買うかを見ている時には、既に測量部隊によって彼らの本拠地の位置も特定出来ていたし、長年集められた契約書で弱みを握られた家門が多い事も分かっていた。そのせいで、王都のすぐ傍に巣食っていた事にファスター王達はずっと気付けなかったのだ。
「寧ろ、先に話しておかなかった事を責められるかと思ったんだけどな」
「責めるはずがない。あれだけの組織の事だ。慎重になるのも分かる。用意万端で構えていたら、何かを察知されて逃げられていたかもしれん。騎士が入ると、どうしても大仰になるからな……」
「そうだな……こればっかりは、教会にも動かないでもらったからな。聖騎士達が忍耐を試される試練だったと言ってたよ。聖騎士でもそうなんだ。騎士に知られてたら……」
「ああ、国の騎士や兵の中には、かなり辛酸を舐めさせられていた者がいるようでな……ラスタリュートが、行き過ぎた尋問をする奴らが多すぎると嘆いていた」
騎士や兵は、実力主義。没落寸前の子息達が、再起をかけて力を磨く者もいる。今回の資料整理には、そんな家の後ろ盾がない、力を持たない叩き上げの者達を選んで連れてきたのだが、そんな中、問題が起きた。
「まさか、ほとんどの騎士や兵士達の家門の没落した原因が分かってしまうとは……それも、大半が政敵による事故や冤罪か……」
「相当ブチ切れてるのいたな」
会議室で暴れて取り押さえられた騎士がいたのだ。家族が貶められ、それを依頼した犯人が確かな証拠と共に分かった。今すぐにその依頼人の家に乗り込んで、地面に叩き付けてやりたいと思うのは当然だ。
「分からなくはない……」
「それで、トールに泣きついたのか?」
近衛騎士であるトールというファスター王の友人でもある男は、公爵領都のセイスフィア商会本店に預けられ、働いている。組織と関わりのなさそうな騎士は少なく、そうなると手が足りない。そこでトールを呼び戻したいと思ったらしい。しかし、既に一度断られていた。
「っ……泣きついたって……まあ、そうだ」
「ふはっ。あいつ、昨日の夜『婚約決めてから行きます!』って言ってたぞ」
「決まらなかったらどうするんだ!?」
「いや、そこは信じてやれよ。まあ、うちのメイド長は手強いけどなっ」
「失敗したら、しばらく使い物にならなくなるんだぞ!?」
「あ~、スイル姐に振られたのを相当引きずってたんだっけ? そうだな……っ、ん?」
イヤフィスに通信があった。
「おっ、噂をすればトールだ」
「っ!!」
「おう。どうした?」
『っ、ベルマに婚約してもらえました!! 今日中に発ちます!』
ベルマとは公爵家のメイド長の名だ。シングルマザーであるベルマは、四十半ばになる年齢。トールよりも少し年上だ。
「ははっ。そりゃあ良かった。おめでとう。あ~……カナルは大丈夫か?」
『カナルさんですか? そういえば、ルマンさんに追いかけられて……』
「やっぱりか。いや、気にすんな。なら気をつけて来いよ」
『はい! では!』
「おう」
通信を切るのを待っていたファスター王が前のめりになって確認してくる。
「婚約できたのか!」
「出来たみたいだな。娘のルマンも協力していたみたいだし」
「そうかっ。そうかっ」
良かったとファスター王は涙を滲ませた。その時、ファスター王の方にも報告のために通信が入ったようだ。
「おおっ」
「ゆっくり話して来いよ」
「そうしようっ」
ファスター王は階段を降りて行った。そこに、入れ替わるようにリゼンフィアが駆け上がって来た。
「フィルっ! メイド長がっ! カナルがっ!」
相当慌てて来たらしい。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「まだ開店まで二時間はあるというのに、すごい列だな」
ぐるりと広大な敷地を囲むように列が出来ている。その列をさり気なく整理するのは、敷地周りと内側担当の清掃部隊の者たちだ。ここで列を整理しながら、敷地の周りの道や路地を掃除し、開店時間になったら半数は敷地内の清掃活動に入る。残りはそのまま周辺道の清掃だ。
時々、笑っている声も聞こえるのは、清掃部隊の者達が店の説明をしているのだろう。宣伝の仕方も、クラルスから教えられており、休憩時間や休みの日に店を実際に見て回り、オススメすべき所も分かっているのだ。
「見にくるだけでも良いって宣伝してるしな。店の前の道を歩くだけで、体の汚れが落ちるようになってるから、それを目的にしてるのも多いだろう」
誰もが当たり前のように身なりに気を遣っているわけではない。服が汚い、体が汚いから店に入れないという事が多く、パン屋などが道に面した場所で窓から売り買いさせるのも、そうした不衛生な者達を中に入れないためだ。この世界の一般的な店は、そうして客を選ぶ。
しかし、それでは気持ちよく買い物をする喜びは感じ難いだろう。だから、フィルズはセイルブロードの道に細かく魔法陣を施したタイルを敷いた。店の入り口前のマットの上が最も効力の強い清浄化の魔法陣を用意してある。薄茶げた服が本来の白さを取り戻し、皮脂で絡まった髪がサラサラになるくらい強力だ。
「おかげで、浴場も大人気だけどな」
綺麗になると気持ちがいいということを知った人々は、揃って浴場の虜にもなっていた。
「確かに、あの浴場は素晴らしい。王宮にもない贅沢なものだ。そろそろ、貴族が言い掛かりでも付けそうだな」
夜の八時までの営業の浴場。仕事を終えた後、家に帰る前に寄っていくという人が多い。パン一つ分ほどの値段で三時間まで滞在できる。
営業時間以降、十時までは、従業員専用。こちらはもちろんタダ。家族も申請すればOK。その後一時まではフィルズの関係者達のみ使えるようになっている。ファスター王も一応身内ということでこの時間帯に贅沢に使える。
「王宮にもないのにって? ははっ。言いそうだ。それできっと、王のため、この国のためにもこれを献上しろとか言うんだ。さも、良いこと言ってますって感じで」
「……そんな事をされても嬉しくないのだがな……まてよ……そういうことも……そんな事をしていたかもしれんのか?」
「え? ないのか?」
フィルズが当たり前のような顔を向ける。ファスター王は不安になったらしい。
「そんな、そんな事をされても喜べないぞっ」
「自分が正義だ、良いことをしているんだって思ってる奴らが、他人の気持ちなんて察せられるかよ。好意や恩は押し付けまくって自分の手から離しちまえば満足なんだよ。それで、相手や周りが自分の評価を上げてくれたって勝手に思い込んで気持ちよくなれる。ある意味お手軽な奴らさ」
「やられた方は、大迷惑ではないかっ」
「それが出来ねえように、商業ギルドや冒険者ギルド、教会が盾になるんだよ。その一角が崩されてたからなあ」
「っ、まさか、それも調査せねばならんのか!?」
「心配すんな。それはこっちでやってる」
「おおっ、良かった……っ」
心底ほっとしたと言う顔をするファスター王だが、フィルズは他人事のように軽く笑った。
「大変だなあ」
「他人事だな!」
「そっちの事は、マジで他人事だと思ってるから」
「ああ……まあ……そうだな……」
分かりやすく肩を落とすファスター王。貴族の問題には関わらせたくないとは思っているが、手伝ってくれたら助かるだろうなというのも確かなので葛藤があるようだ。
「その……きちんと言っていなかった。今更だが、闇ギルドのこと、助かった」
「言うなよ。どのみちやるつもりだったことだ」
闇ギルド『ブラックロード』のこの国の支部。長くこの国の裏側に巣食っていたその組織を壊滅させたのはひと月前。ようやく情報の精査の終わりが見えてきた所だ。ファスター王が今日もこんな朝早くから、王宮ではなくこの場に居る理由でもあった。
この組織の存在をフィルズは早くから知っていた。土地の選定をした時から、狙っていたことだった。ミラナとどの土地を買うかを見ている時には、既に測量部隊によって彼らの本拠地の位置も特定出来ていたし、長年集められた契約書で弱みを握られた家門が多い事も分かっていた。そのせいで、王都のすぐ傍に巣食っていた事にファスター王達はずっと気付けなかったのだ。
「寧ろ、先に話しておかなかった事を責められるかと思ったんだけどな」
「責めるはずがない。あれだけの組織の事だ。慎重になるのも分かる。用意万端で構えていたら、何かを察知されて逃げられていたかもしれん。騎士が入ると、どうしても大仰になるからな……」
「そうだな……こればっかりは、教会にも動かないでもらったからな。聖騎士達が忍耐を試される試練だったと言ってたよ。聖騎士でもそうなんだ。騎士に知られてたら……」
「ああ、国の騎士や兵の中には、かなり辛酸を舐めさせられていた者がいるようでな……ラスタリュートが、行き過ぎた尋問をする奴らが多すぎると嘆いていた」
騎士や兵は、実力主義。没落寸前の子息達が、再起をかけて力を磨く者もいる。今回の資料整理には、そんな家の後ろ盾がない、力を持たない叩き上げの者達を選んで連れてきたのだが、そんな中、問題が起きた。
「まさか、ほとんどの騎士や兵士達の家門の没落した原因が分かってしまうとは……それも、大半が政敵による事故や冤罪か……」
「相当ブチ切れてるのいたな」
会議室で暴れて取り押さえられた騎士がいたのだ。家族が貶められ、それを依頼した犯人が確かな証拠と共に分かった。今すぐにその依頼人の家に乗り込んで、地面に叩き付けてやりたいと思うのは当然だ。
「分からなくはない……」
「それで、トールに泣きついたのか?」
近衛騎士であるトールというファスター王の友人でもある男は、公爵領都のセイスフィア商会本店に預けられ、働いている。組織と関わりのなさそうな騎士は少なく、そうなると手が足りない。そこでトールを呼び戻したいと思ったらしい。しかし、既に一度断られていた。
「っ……泣きついたって……まあ、そうだ」
「ふはっ。あいつ、昨日の夜『婚約決めてから行きます!』って言ってたぞ」
「決まらなかったらどうするんだ!?」
「いや、そこは信じてやれよ。まあ、うちのメイド長は手強いけどなっ」
「失敗したら、しばらく使い物にならなくなるんだぞ!?」
「あ~、スイル姐に振られたのを相当引きずってたんだっけ? そうだな……っ、ん?」
イヤフィスに通信があった。
「おっ、噂をすればトールだ」
「っ!!」
「おう。どうした?」
『っ、ベルマに婚約してもらえました!! 今日中に発ちます!』
ベルマとは公爵家のメイド長の名だ。シングルマザーであるベルマは、四十半ばになる年齢。トールよりも少し年上だ。
「ははっ。そりゃあ良かった。おめでとう。あ~……カナルは大丈夫か?」
『カナルさんですか? そういえば、ルマンさんに追いかけられて……』
「やっぱりか。いや、気にすんな。なら気をつけて来いよ」
『はい! では!』
「おう」
通信を切るのを待っていたファスター王が前のめりになって確認してくる。
「婚約できたのか!」
「出来たみたいだな。娘のルマンも協力していたみたいだし」
「そうかっ。そうかっ」
良かったとファスター王は涙を滲ませた。その時、ファスター王の方にも報告のために通信が入ったようだ。
「おおっ」
「ゆっくり話して来いよ」
「そうしようっ」
ファスター王は階段を降りて行った。そこに、入れ替わるようにリゼンフィアが駆け上がって来た。
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