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6th ステージ

057 ヒントは目の前に

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ギーランは扉が閉まる一瞬、スッと目を細めて外を見てからニヤリと笑う。

「なんだ? えらい面白そうな奴らを引き連れて来たなあ」
「おもろいやろ」

リンディエールもニヤリと笑いながら、カウンター席に座る。

フィリクスとジェルラスはしきりに店内を見回していた。

グラスを磨いていたギーランは、それを並べてから口を開く。

「『ブランシェレル』か」

これを聞いて、テシルがビクリと肩を震わせる。しかし、ギーランは気付かないふりで通していた。

「王都にはやっぱ多いみたいやな。兄い、ジェルラスも座りい」

二人に席をススメ、それに続いてシュラとテシルも座った。

「王宮の掌握を狙っての配置だろうよ。あと学園」

ギーランは次にカウンターの下から瓶を取り出し、その中の蜜をスプーンですくい、コップに入れる。それを水で溶かし、魔法で冷やしてから差し出した。

「ほれ、この前教えてもらったウルメ割りだ」
「どれ……っ、うまっ。分量も絶妙やんかっ」
「当たり前だろ。研究したわっ。これなら、そっちの坊ちゃんたちもいけるだろ」
「問題ないわ。疲れにもぴったりや」

そうして、フィリクスたちにもそれを用意してくれた。ウルメは、梅だ。ヒストリアがリンディエールの記憶から梅酒の存在を知り、是非とも飲んでみたいと言ったのがきっかけだ。

まず梅を見つけ出し、試行錯誤の上に作り上げた。魔法があるので、時間も短縮できる。管理も問題ない。そうしてできたのがコレだった。

「これ、さっぱりする」
「っ、おいしいです! 姉さま!」
「さよか。気に入って良かったわ」

お姉ちゃん呼び推奨だが、姉さま呼びもまた良しと無意味に頷く。

「ひと瓶持ってくか?」
「持ってく! 代わりにこれはどうや?」

リンディエールが亜空間から取り出したのは、これまた試行錯誤の上に出来上がったばかりのウイスキーだ。それを二本差し出した。

「濃度高いで、水割りがオススメや」
「これまた、キレイな色だな……」

味を確認して、ギーランはどれくらいの水で割るかを考え出す。その合間に、また話を再開した。

「そういや、リン嬢ちゃんも学園に通うんだよな? その前にアレはどうにかした方がいいぞ。教師枠にまで入り込んできてるからな」

これは美味いなとウイスキーを舐めながらそんなことを口にする。

「マジかい……まあ、いい機会やし、一気に畳み込むつもりでおるでな。今年中には片付けるわ」
「ん? えらい急ぐじゃないか」

それほど長い付き合いとはいえないが、ギーランは十分にリンディエールのことをわかっていた。リンディエールならば目一杯泳がせて、炙り出してから動くと思ったのだろう。

実際、そのつもりだった。クゼリア伯爵家で第二王子の関与が確定するまでは。

「じっちゃんなら知っとるやろ。聖皇国の召喚術」
「あ~、準備入ってるみたいだな」
「それがあるから、面倒事が溜まらんようにしたいんよ。オモチャにする余裕は残したかったんやけどなあ。さすがに、手え出したらあかん所に来とるようやし」
「第二王子か」

さすがギーラン。伊達に酒屋のマスターをしていない。更には、裏での情報屋としての腕と耳は有名だった。

「やっぱ、確定かいな……繋ぎを付けたやつ、分かるか?」
「現シェラン公爵当主だ」
「ああ、第二王妃の親父か。捻りも何もあらへんとは……なんや、つまらんなあ」
「はっはっはっ。公爵家相手につまらんか。どうすんだ?」
「正面から物理に決まっとるわ。シュラ、今夜ちょい仕事ええか?」

『ウルメの水割り』を珍しく気に入ったらしく、シュラは目を輝かせているところだった。

「あ、はい。今夜ですね。暗殺でしょうか? 捕縛でしょうか?」
「捕獲や。籠に入れて持ってきて欲しいねん」
「承知しました」

さらりと了承するシュラに、ギーランは呆れた様子で目の前のカウンターに頬杖をついた。手で隠しきれない口元は楽しそうに弧を描く。

「誰を捕まえんだ?」
「『ブランシェレル』のナンバーツーや」
「へえ。俺の情報だと、第二王妃の侍従なんだが?」
「居場所が分かり易いのは有り難いことやで。そこ、恋仲とかやとおもろいんやけど」
「心配すんな。期待通りだ」

王妃が侍従と浮気とか、世も末だなと嘆くべき所だが、面白いのでそれはそれで良い。

「ナイスやんか! あ、ならシュラ、夜やなくて夕食後にすぐ行ってくれるか? R指定入る前に頼むわ」
「寧ろ、そこを押さえるのはダメなのですか? 最も油断する場面だと聞いております」
「……汚いもん見る前に籠に入れえや?」
「お気遣いありがとうございます」
「怖えよ……」

さすがのギーランもちょっと引いていた。年頃の娘が何をと、ギーランは頭を抱える勢いだ。

「あとは……おっちゃんや!」
「ん? なんだ?」

また何が始まるのかと、ギーランはリンディエールに目を向ける。

「おっちゃんの弟、心配しとるで?」
「……は? 弟……会ったのか? クレイに?」
「なんや。おっちゃん、ウチの素性とか調べてへんの?」
「お前っ……あれだけ鉄壁の情報遮断をしといて、ふざけんなっ」
「情報遮断って、特にしとらんけど? ああ、商業ギルド長のおっちゃんとか、ばあちゃんらが何かしとるか」

リンディエールは特に何もしていない。ただ、商業ギルド長をはじめ、レンザー商会長のエルス、冒険ギルドの方ではヘルナとファルビーラ、国の方で国王と宰相。それぞれがリンディエールの情報を秘匿扱いにした結果だった。

「アレやな。得てして、各業界のトップを抑えてもうた結果やな。冒険者リンとしか出て来おへんのやろ」
「けっ、そうだよっ」

この国一の情報屋としてのプライドを持っているギーランでも手も足も出ず、不貞腐れていたらしい。

「そんな顔せんと。ほれ、ヒントは目の前に転がっとるやんか」
「ヒントって……クレイんとこの……」

ヒントと聞いて目が向いた先に居るのはジェルラスとフィリクスだ。

「あの……?」

ジェルラス少し怯え気味だ。

「可愛い弟を泣かせんなや?」

大ヒントだ。

「弟……『姉さま』か。なるほど、だからクレイと会ったのか。デリエスタ辺境伯の娘か」
「正解や。さすがやなあ。娘がおるゆうことは、出にくい思っとったが」
「まあな。けど、ほれ、今はアレだ。ブランシェレルが活発に動いてるからな。長男以降はチェック入ってんだよ」
「なるほど」

素直に感心した。長男以降の子息子女が国内だけでも、どれだけの人数が居るか分からない。それを、ギーランは全て把握しているのだ。

同時に、ギーランの持つ能力について思い出し、気の毒に思う。それに気付いたらしい。

「嬢ちゃんこそ、そんな顔すんなよ。確かにこの頭は余計なことも全部覚えていやがるが、そのお陰でこんな仕事も出来てんだ。これを天職にするって決めたからな……」

ギーランとクレイの生まれは男爵家。だが、昔から叔父が野心家で、病に倒れた二人の父から、家を半ば乗っ取っていった。そのまま家に残れば、叔父の家族に使い潰されるだけ。

二人の父は、息子の内一人でも確実に外へ出そうと、クゼリア伯爵令嬢との婚約者を取り付けたらしい。

一人出られれば、支援することもできる。引っ張り出すことができるだろうと目論んだ。

そんな中、ギーランが身を引いたのは、厄介な能力を持っていると分かったためだ。これが知られれば、叔父は絶対に離さない。繋がりが立ち切れないと思った。


『絶対記憶』


過去にこの能力と同じようなものを持った者がいた。その者は賢者と呼ばれ、平民から宰相にまでなったと記録されている。

しかし、全く同じではなくその賢者が持っていたのは『絶対記憶整理』という能力だ。これにより、忘れることまで制御できた。

そう。ギーランの能力では、忘れることが出来ないのだ。嫌な記憶も、薄れることなく思い出せてしまう。そんな能力を持って貴族社会を生きるのは苦痛でしかない。

嫌なことが耳に入ってこないように、わざと明るく振る舞って見せて強がる。そんな風にずっと生きて行ける気がしなかった。

だから、クレイに全てを託して出奔したのだ。

「それな……弟と元婚約者にきちんと言うべきやで。ずっと気にしとる思うんよ。その苦しさ、おっちゃんは痛いほど分かるやろ」
「……ああ……」

胸にあるしこりをずっと抱え続ける痛み。それにギーランは慣れてしまった。けれど、嫌なものはいつまで経っても嫌なのだ。

「はあ……情けねえぜ……上手くこの能力とも共存して、克服できたと思い上がって……そうだよな……慣れちまうのも考えものだ」
「いいんやけどな、それも。忘れるのと同じやし。目に入らんとこに置いとくんやからな」
「忘れるのと同じ……か。ははっ。なるほどなあっ」

ギーランはしばらく笑っていた。滲んだ涙は、笑いのせいだけではないだろう。

「今日は店、閉めるか。この酒でも持って謝ってくるよ」
「そうせえ」
「おう」

その日の夕刻前。ギーランはクゼリア伯爵家を訪問した。リンディエールにより、会って欲しい者がいると伝えていたこともあり、出迎えたクレイと妻のフィアラは驚きながらも熱烈に迎え入れたらしい。

朝まで語り合い、空白の時間を埋め合ったのだ。

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