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6th ステージ

047 ミッションを与える!

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プリエラはリンディエールとグランギリアを見送り、午後からリフス伯爵家へ赴いた。さっそくメイド長にセラビーシェルの担当にしてもらうように頼む。

「……あなたは変わっていますね……分かりました。では、この後からセラビーシェル様の担当を任せます」
「はい」

あっさり許可が下りた。元々、もう一週間もすればプリエラは出て行く。そのため、仕事の引き継ぎなどを少し前から行っており、体制はプリエラなしの状態に移行しようとしていたのだ。

そこに、セラビーシェルの今の担当の手が空くとなれば、逆に有難い。仕事を教えるのは面倒だが、それよりも仕事を回しやすくなる。

「ご迷惑をかけるのです。私一人で担当致します」
「まあっ。そうね。スミーさんなら出来るわね……いいわ。全て任せます」
「ありがとうございます」

セラビーシェルの担当は三人。三人分の仕事など、プリエラにとってはなんてことはないのだから。

こうして、セラビーシェルの担当になったプリエラは、早速彼の部屋へと向かった。扉の前で声をかける。

「失礼いたします。これより一週間、担当となりますスミーにございます」
「っ!!」

扉が開いた。セラビーシェルが内側から開けたのだ。驚いた表情で、プリエラを見上げていた。

「あ、ほ、本当に? わたしの担当? スミーがしてくれるのですか?」
「はい。わたくし一人での担当となりますが、よろしいでしょうか」
「もちろん! は、入ってください!」
「失礼いたします」

男の子にしては高い声をしていた。その声をどこかで聞いたことがあるなと思った。普通に可愛らしい少年だ。

プリエラは内心動揺する。今までのセラビーシェルの印象とはまるで違うのだ。

彼は、ほとんど人と話をしない。いつも無表情で、何を考えているのか分からない子どもだった。

それが不気味だと言って、実の母親さえ嫌悪する始末。上の二人の男児は、暇さえあれば剣の訓練をしているのに対し、セラビーシェルだけは部屋に閉じこもっていた。

だからこそ、リフス家に相応しくないと言われてきたのだ。

部屋はとても簡素だった。品よくまとめられた家具や調度品で美しく整えられていた。

扉がきちんと閉まったことを確認したセラビーシェルは、プリエラにどう話そうか戸惑いを見せながらも告げた。

「あ、あの……リンさんの知り合いって本当?」
「はい。セラビーシェル様。リン様から伝言がございます」
「っ、なに?」

パッと顔を上げるセラビーシェルに、プリエラはクスリと微笑んだ。

十二才の男子にしては小柄。リンディエールより数センチ高いくらいだ。白くきめ細かい肌に、小さな唇。長く伸ばして一つに結われている金に近い茶色の髪と同色の瞳は優しい印象を与える。垂れ目気味なのも要因だろう。無骨な男が多いリフス家の中で、彼は異質に映る。

「では、お伝えいたします」

そこでプリエラは姿勢を正して息をゆっくりと吐いてから告げた。

リンディエールそっくりな声でだ。

「『ラビたんはウチが引き取ることになったわ。なんの心配もせんと、自分のやりたいことをやりい。先ずは一週間、存分にメイド教育受けるとええで』とのことです」
「……すごい……そっくりだった。これもメイドの技ですか?」
「いえ、これは宴会芸ですわ。ですが、メイドならばお仕えするお嬢様方に喜んでもらえる芸の一つや二つや八つ、持っていなくてはなりません」
「八つも!?」

いやに具体的な数字を告げたプリエラに、驚くよりも尊敬するような目を向けるセラビーシェル。

「わたくしもまだまだ修行の身ですので」
「八つでも少ないってことですか!」

きっとリンディエールがこの場に居れば『そこじゃない!』とツッコんだだろう。

「セラビーシェル様が目指す所は、わたくしよりも上のはずでは?」
「そ、そうでした! ならわたしは十くらいないとダメかな」
「目標としては良いかと」
「はい!」

この様子を、セラビーシェルを知る者が見たら驚愕するだろう。実に感情豊かに笑っていた。それを見てプリエラも楽しくなる。

「少し失礼します」

プリエラはネックレスを胸元から取り出し、ペンダントトップを握って魔力を込めた。もう一つの手を空中へ彷徨わせると、そこに白い渦が出来、中に躊躇いなく手を突っ込む。

「しゅ、魔導収納庫! 初めて見ました!」
「一週間後、セラビーシェル様に同じ物をお渡ししますね」
「収納庫を!? 貴族でも持っている人は少ないと聞きますよ!?」
「リンディエール様からの餞別せんべつだそうです」
「い、いいのでしょうか……」
「働きでお返しすれば良いのです。それを求めておいでですわ」
「っ、わかりました!」

元気な返事を聞きながら、プリエラはその二つを取り出す。

「こちらをお見せするように言われております」
「っ、うわあっ……なんて可愛いっ。こっちはかっこいい! 一体、どなたがお作りに!?」
「ふふっ」

プリエラは思わず笑った。リンディエールから預かったのはメイド服と執事服だ。それも、セラビーシェルのサイズで作られている。

「あ、すみません。とっても素敵だったので……おかしいですよね。男なのにわたし……裁縫に興味があって……」
「いえ。リン様の仰られた通りで嬉しくなったのですわ。それと、この服を作られたのは私の師匠であり、リン様の侍従長となられた方ですわ」
「侍従長? え? 男の……人?」
「そうですよ。リン様のドレスもお作りになります」
「ドレスも!! すごい!」

大興奮するセラビーシェル。英雄を夢見る男子の目だ。お姫様を夢見る女子の目だ。

「これの二つは新しいリンディエール様の侍女と侍従の制服になります。ですから、これはセラビーシェル様の服ですわ」
「二つ? 本当に? いいのですか? わたしは……男なのに、メイドになりたいなんて……」

セラビーシェルは可愛いものが好きだった。もちろん、かっこいいものも好きだ。だが、兄達のように剣の才能はないと早々に教師役に見捨てられた。別にこれに思う所はない。何より、セラビーシェルが憧れたのは騎士ではなく、執事だったのだから。

時間が空いたことで、密かにメイドに扮して屋敷内を動き回って仕事を覚えた。この屋敷は使用人が多い。一人メイドが増えた所で気にされない。それをいいことに堂々とメイドとして仕事をする。この時聞いた声が、最初にプリエラの感じた違和感の正体だった。

セラビーシェルが完璧にメイドに変身できていた証拠だ。彼はある意味天才だった。見て技を盗む天才だ。それにセラビーシェル自身も気付いていない。

そうして、いつの間にか部屋の掃除や編み物も出来るようになった。美しく整えられた部屋は、セラビーシェル自身の手で整えられていたのだ。

だが、どれだけ才能があっても男であることは変えられない。肩を落とすセラビーシェルに、プリエラはまたリンディエールの言葉を伝える。

「『そんなラビたんに!』」
「へ!?」
「『ミッションを与える! 心して聞きい』」
「あ、はい!」

動揺しながらもキリリと表情を改めた。そんなセラビーシェルに、プリエラは伝える。

「『今日から二つの顔を持つんや! 【侍従のラビ】と【メイドのシエル】でどや! 半端は許さへんから覚悟しとき!』とのことです」
「ラビと……シエル……っ、はい! わたしは今日からラビであり、シエルとして生きます!」
「では先ず、完璧なメイドを目指してもらいます。こちらを辞されましたら、リン様の所で私の師匠から侍従としての教育も始まりますのでそのおつもりで」
「承知しました。必ず、極めてみせます!」
「ふふ。その意気ですわ」

こうして、セラビーシェルのメイドと侍従の修行が始まった。

数年後、二つの顔を見事に使い分けられるようになり、更には戦う術まで手に入れたセラビーシェルに、父親であるベンディや兄達が驚愕することになるのだ。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、また四日空きます!
よろしくお願いします◎
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