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3rd ステージ

028 あの子は笑うかな

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王はこの日、夜遅くまでクイントと話を詰めていた。

ヒストリアやリンディエールと過ごしたあの後。ヒストリアを前にしたことや、あり得ないことを見たり聞いたりしたことで、体は知らず強張っていたらしく、疲れてはいたが不思議なことに気力だけは十分で、とにかくやれることはやりたいと思ったのだ。

「やはり、先に伯爵の方だな」
「それが一番早そうです」

一つ一つ解決していかないと、何も進まない気がするのだ。

「魔法陣の方は調べが始まっていますし、ヒントももらいましたが、時間がかかりそうですからね」
「『貴身病』? の方も、慎重にいかんとならんしな……」

どちらも大きな問題。これは慎重に進めなくてはならないものだ。

そして、どちらの問題にも関わっていそうな組織が一つあることにヒストリアが気付いた。


《『白の集い』という組織を知っているか? 国を追われた者たちでできた組織だ。それが、名を変えて密かに続いているらしい。最近……また本格的に動き出したと聞いた。今回の問題も……関わっている可能性が高い》


確かな忠告だった。

「……最後に聞いた組織……やっぱりアレか?」
「ええ……私が知っている情報によれば、あの組織に入る資格は一つ……『家の事情で切り捨てられた者』」
「ここで『貴身病』も関わってくるとはな……」
「……」

かつては、国を追われた王族に連なる者達で組織されていたらしい。それが、現代になって『貴身病』により、大人の事情に振り回された子どもたち、特に次男以降の者がその組織へ勧誘されているという噂は耳にしていた。

彼らは捨てた両親を、家を、国を、理不尽な世界を恨んでいる。

「今やれるのは……これ以上、その組織に入る者を増やさないことだな……」
「警戒させます。ついでに今回の魔法陣の件に関わっている者も見つけられるかもしれませんしね」
「ああ……」

ずっと見ないふりをしてきたツケだ。王は椅子に背を預けて少し上を向く。

「他人事では済まされんかもしれんな」
「王子ですか?」
「……回復の兆しが見えていたからな……」
「……調べても?」
「寧ろ頼む……関わりがないならないで確信が欲しい」
「分かりました」

王には二人の王子と一人の王女が居る。

当然のように『貴身病』で第一王子は弱っており、その次に生まれた腹違いの王女も弱い。とはいえ、十四を目前にして二人ともかなり回復はしていた。リンディエールから教えられた治療法を早速試したことで、それは確実に成果を見せているという。

そんな中の第二王子だ。同腹の第一王子が、ここへ来てかなり動けるようになっている。そのため、立場がかなり揺らいでいるのだ。

『貴身病』のイヤな所は、唐突に良くなってくるということ。せめて、少しずつ回復していくのならば、心の整理も付くだろうが、突然『大丈夫そうだ』となるのだから堪らない。

その上に王子という立場。周りの大人達がそれはもう引っ掻き回してくれる。一時は第二王子派に傾いていたというのに、今や第一王子の方に鞍替えする者が続出する始末。貴族とは勝手な生き物だ。

「そういえば、リンに何か最後言われていなかったか?」

別れる前、クイントとリンディエールが話していたのを思い出したのだ。

「ああ……」
「なんだよ」

途端に不機嫌顔になった。これはと思う。長い付き合いだ。クイントは友人としての関係も大事にする。わざと表情を取り繕わないで見せるのだ。だからきっと、これはこちらに関係あることだったんだと王は察する。

これは今までで一番面白い。クイントがリンディエールを馬鹿みたいに気に入っているのは、今日ので十分わかった。そんなリンディエールが最後に気にかけたのが自分ではないことが、クイントは面白くなかったのだろう。

王は身を乗り出し机に肘を突いて答えを待つ。

「……そのニヤニヤ顔潰したくなるんですけど」
「お? いいのか? 傷は見えないところにがお前の鉄則だろ」
「……ふん……」
「なあ、なんだったんだよ」
「……」

待つのは悪くない。というか、席を立たない所を見ると、話すべきことではあるようだ。クイントは聞かせる必要のないことならば、遠慮なく会話をぶっち切って席を立つ男だ。

単に『知らなくていい』ではなく『こんなことで煩わせる必要はないから、こっちで処理しとく』という意味だ。はっきり言って、昔からの付き合いがなければ絶対に分からない。通訳を寄越せと言いたい。

とはいえ、こちらが察すると分かっているから、こういう対応をしているというのもある。クイントの長男はこれによく似ているらしいので、少し心配しているというのは、彼の性格を良く知る上層部の意見。自分の息子は果たして、察する力を身に付けられるだろうかと王は少しばかり不安を感じている。

ここでようやくクイントの中で折り合いがついたらしい。

「……『貴身病』のことで……あなたの身を案じていました……」
「ん? 俺の?」

思わず、昔のように俺と言ってしまうほど驚いた。予想していたとはいえ、こうもはっきりくるとは思わなかったのだ。

「……私もあなたも、長男ではないでしょう……」
「そうだな?」

クイントは次男。王は四男だった。上が幼い頃に亡くなったため、気付いたら第一王位継承者になっていた。

だが、これは『貴身病』のせいで、別に珍しくも何もないことだ。だから何だと目を瞬いて見せる。クイントは面倒くさそうに。不貞腐れたように続けた。

「今回『貴身病』の治療法を公表すると、中には私たちが既にこれを知っていて、上が死ぬのを待っていたのではないかとか言い出すバカがいないとも限らない……」
「っ……」

驚いた。思わず突いていた腕を引いて顔を上げる。確かに、考えてみればそう言ってくる輩はいるだろう。

「その上に第一王子派と第二王子派のいざこざが入ってくるのです……あなたは、揺るがずに事を進められますか?」
「……なるほど……」

事の重大さを再認識させられた。慎重にと考えていたが、そこまで詰められただろうか。揺るぎなく構えることができるだろうか。

「リンは……『貴身病』のことを頼むと言った時、覚悟はあるかと問いました……私も認識が甘かったかもしれません……この件、魔法師長も巻き込みます。許可はもらいました。あとは大臣達……上層部は全て押さえます」
「……そうだな……治癒魔法師協会もいけるか?」
「もちろんです。そこは外しません」
「なら……やるぞ。出てきた杭は打てばいい」
「当たり前です。二度と出てこられないように裏から折り曲げてやりますよ」

クイントのこれは本気だ。頼ってばかりではいられない。

伊達に王をやっていないのだ。傲慢だと言われても、後にどんな異名を取っても、やらなくてはならないことなのだから。

「暴虐竜なんて目じゃないくらいの異名が付いたら、あの子は笑うかな」

今日はほとんど、目を見て話せなかった。辛うじて近くに寄ったのは、通信の登録をする時だけ。それだけでも嫉妬したクイントが煩かったのだ。是非ともあの綺麗な翡翠のように光る緑の瞳に近くで正面から映りたい。楽しそうに笑う笑顔を正面から見たいと思ったというのは、この場で口にしたらマズイ気がする。

だが、クイントは表情から察したようだ。

「少し弁えてください」
「……いや、お前……いや、いい。お前の中であの子の方を俺より上の位置に置いてることは、よ~く分かった」
「それは良かったです。説明する手間が省けました。それと、物凄く不本意なのですが、これをあの子から預かってます」

本気で嫌そうに、口惜しそうに差し出したのは指輪。

「間に合わせだとか言ってましたが、十分でしょう。魔法師長には既に渡しました。どうしても死んでもらっては困る人にと、あと数個いただいています」
「……これ……マジもん?」

伝説のアイテム【守護身の指輪】と呼ばれる害意ある攻撃を全てはね返す魔導具だ。因みにリンディエールはこれを聞いた時『なんで守護神やのおて、守護身やねん! 誰や名付けた奴!』と叫んだのはお約束だ。

「リンの手作りです。その上、暴虐竜の加護付きの」

どんな加護だと口にしなかったのは、そんなことが些細な問題になるほど指輪に動揺していたから。

「っ!? どうすんだよコレ!」
「着けなさい。要らないならいいですけど」
「着ける、着ける! なんでしまってんだ!」

さっさと回収するクイントに、王は慌てて立ち上がり、その腕を掴んだ。抵抗する力は本物だった。

「チッ」
「だから、本気の舌打ちやめろ!」

再び渋々差し出された指輪を、今度はしっかりと受け取る。落ち着かない鼓動を感じながら、そっと親指にはめた。するっとサイズが調整されたのを確認し、それを見つめる。

「認識もし辛いようになっているのか」
「当たり前です。リンのお手製なんですから」
「そ、そうか……ってか、お前! ソレ! お前の付けてるソレなんだよ!!」

自慢気にそれを撫でていたクイントに気付く。見ただけですごいものだと魔力の高い王は見抜いた。今自身が受け取った指輪とは一線を画すシロモノだ。見た目があまり変わらないので誤魔化されるところだった。

「リンにもらいました。危ないことをさせるからってことでしょうね♪ 素敵でしょう」
「……まさかソレ……主家……っ」
「ふふふ。あげませんよ? コレは私のです。もし、どうしても欲しいというなら……命令でもしてみます?」
「っ……」

取り上げてみろ。できると思うなよという目だった。相手が王だろうがなんだろうがクイントには関係ない。仕えるに値する者にしか、納得できる答えが出せる時にしか、礼は返さないのだから。

もちろん、公の場では弁えている。だが、今回の場合はどちらでも同じだろう。それをやろうものなら返って来る答えは一つ。

「お前……それ言ったら速攻で宰相辞めるだろ」
「おや。よく分かりましたね?」
「……」

本気で良く分かったものだと目を瞬かせるクイント。王はちょっとイラっとした。

「分かるに決まってんだろ……寧ろ、今日だけで二回も聞いたぞ」
「そうでしたか? まあ、本気だと分かったでしょう」
「……すごくな……」

昔からクイントは家にも地位にも興味がない。家はたまたま侯爵家に生まれてしまったからだし、宰相の地位は他にやれる者がいなかっただけだと言っていた。

義務として貴族やその地位に相応しくあろうとしてやるが、きちんと受けた対価分の働きをしたならば、いつでも全て捨ててやると思っている。

そんなクイントだからこそ、国が正しく回るようにと手を尽くす。正しく受け取るべきものを受け取れない者が居ることが一番腹が立つらしい。

「ふふ。さあ、リンの恩に報いるためにも、先ずはさっさと伯爵をすり潰しましょう。あ、直接私が出向きますから。留守中、執務室から出られないと思ってくださいね」
「……っ……」

伯爵領へは、最速の貴族馬車で三日かかる。その間の仕事を前倒しするつもりなのだろう。それくらいはクイントならば軽くやれる。調査もクイントが行けば二日もかからない。戻るまで八日。八日も缶詰めかと肩を落とす。だが、見込みが甘かった。

「捕らえて現地の調査をしてから、辺境伯の所にも顔を出してきます。リンに会いたいです。そうですね……戻るまで十日というところですか」
「っ、辺境伯の所に二日も滞在する気か!?」
「悪いですか?」
「……いいえ……」
「では、そういうことで♪ 三日後には出ますね」
「……はい……」

きっと、明日から文官達は地獄を見るだろう。三日で十日分を終わらせるのだ。普通に死ねる。こいつの下でなくて良かったと心底思った。

これにより、次の日の午後には方々から嘆願書が届くようになる。日が暮れる頃には、宰相の十日の留守は認められないとの大臣達の涙ながらの訴えを聞き、魔法師長の提案により、リンディエールに泣きついた。

結果、伯爵領の手前にリンディエールに馬車ごと通れる『転移門』を行きと帰りに用意してもらうことで、移動にかかる六日を省略した。

魔法師長が古代の貴重な魔導具を使えるようにしたということで『転移門』やリンディエールのことを誤魔化し、なんとか事なきを得ようというのだ。

大臣や文官達に魔法師長は拝まれていた。恩を売れたことで、今後の話も有利に進められそうだというのは、クイントの言葉。ただ、リンディエールにまた借りを作ってしまったことでは、後で物凄く怒られた。

王って何だろうと何度も自問し、最後にヒストリアに人生相談をしたのは、また別の話。

************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、二日空きます!
よろしくお願いします◎
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