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3rd ステージ

026 おかしいだろう?

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この世界で『目覚め人』は貴重だ。違う世界の常識を知っているというのは、危険なのだが、ある意味神が身元を保証しているようなもので、国としては保護対象となる。

大小はあるが、その知識は有用で世界を変えさえもする。その過程で命を狙われたりと危ないことも多い。そのため、国を味方につけるのが一番安全だった。

ヒストリアはこの時代でもそうであることを、使い魔を通じて調べていた。だからこそ今回、国で力を持つ魔法師長や宰相と会おうと思ったのだ。全てはリンディエールのため。

国の重鎮である宰相は、当然のように『目覚め人』について正確に知っていた。

「では……リンはこの年で死にかけたのですね……あ、誘拐されて殺されかけたというのは……冗談ではなかったということですか……」

クイントはリンディエールから聞いた話を思い出す。

《この場に、誘拐されて来てな。相手が闇ギルドの者だと分かったので、俺が消した》
「……そうでしたか……」

王や魔法師長も痛ましげに、本に夢中なリンディエールへ目を向けている。

こんな中で静かに食べ続けているのは、リンディエールが目覚め人だと知っていたファルビーラだけだ。ただ、知っていたことをヘルナに言っていなかったので、これはマズイと目を泳がせてはいた。

エルスや商業ギルド長も神妙な顔で手を休めている。商人だからこそ、かつての『目覚め人』の功績を良く分かっているのである。それと同時に、利用され、使い潰された者が居たというのも知っていた。それも、商人や貴族にだ。

皆、一様にリンディエールを守らなければと思った。ヒストリアはそれを察して満足げに頷く。そうして、リンディエールへ視線を向けた。

この空気の中、リンディエールが顔を上げれば、きっと気にするだろう。だから、努めて明るく続けた。

《さすがに、俺は送ってやれないからな。ここでついでに身を守る手段も持つべきだと思って魔法を教えたのだが……》
「なにかマズいことが?」

クイントが不安げに尋ねる。これにヒストリアは首を横に振った。

《たった数時間で転移までものにしてしまってな……それも、リンは魔法の適性が特に高いんだろう。魔法をものにしただけで、どんどんレベルも上がっていったらしい……》
「……それは……今よりも小さい時ですよね?」

魔法を習得するには、修練や経験を積む必要があるので、その過程でレベルが上がることは普通だ。だが、リンディエールの場合は、習得した後に練度を上げまくったことでレベルが上がるらしい。これに気付いた時、バカみたいに簡単にレベルが上がるとリンディエールは笑っていた。

《ああ。五つの時だ。俺も『目覚め人』とは直接関わったことがなかったからな。これほど無茶苦茶な存在だとは思わなかった》
「……いえ、今までの記録でも、そこまで無茶苦茶な存在はいませんよ?」
《……そうなのか……転移を簡単に覚えた時点でおかしいなとは思ったんだが……》
「おかしいですね……」

おかしい、おかしいと言われるリンディエール。本人が聞いたら心外だと騒いだだろう。更に、ここでリンディエールはおかしなことを始めていた。

「あ、あの……わ、わたくしの目の錯覚でしょうか……先ほどから、リン様が空中に何やら描いていらっしゃるのですが……」
「……描いてますね……」
「書いてるな……」

魔法師長が混乱するほどだ。クイントも王も、他の面々も意味が分からない。そんなことをできる者など知らない。

リンディエールは、黒板の代わりだというように、空中に魔力でメモを書いていく。リンディエールの右手の人差し指から光の線が出るのだ。

しばらく見ていると手で払うだけでそれは煙が消えるように掻き消える。そのあと、その場所に新たにメモを残す。本を読みながらそれを続けていた。

「……あれも魔法なの?」

ヘルナの問いかけに、ヒストリアが答える。

《いや、あれは違う。いつだったか……今のように、何かの研究書を読んでいるうちに、やりだしたんだ。無意識だろうな。空間を固定し、高めた魔力をその場に留めている。これはバカみたいに魔力を食うぞ。やるならやめておけ》
「……聞いてもどうやるのか分からないわよ……」
「わたくしもです……」

ヘルナだけでなく、魔法師長も無理だと断じていた。

そこで王が何かに気付く。

「ん? 彼女は今いくつなんだ?」
《十歳だ》
「……それは……」
《言いたいことは分かる。おかしいだろう?》
「……ああ……」

やはり、おかしいという所に着地するらしい。

その時、リンディエールは何かを加工しだした。白銀に光る塊を四角い平らなものに変える。二百ページほどの本と同じ太さと大きさ。それを地面に置き、次に魔石を取り出す。

小さなインク壺を下に置き、魔石をその上で握り込むと、それがドロリと溶けて壺の中へ。手を振ってから次に取り出したのが小さな薬瓶。それを混ぜて覗き込む。うんうんと頷いてからペンを取り出してそれに付けた。

それからペンで、先に置いた四角い物の上に何かを描いていく。文字を書くようではなく、円を描くようだった。

しばらくそんな様子を、全員が見つめる。

描き終わったらしいリンディエールは、立ち上がり、少しその四角いものから離れてからそれに手をかざした。


ボオッ!


炎の柱が立った。

「おわっ!? あかん! これだと威力が強すぎか……」
「「「「「っ……!?」」」」」

誰もが目を見開いて驚愕していた。それは、紛れもなく攻撃魔法を魔法陣化したものだと分かったからだ。出来ないはずのそれを、研究書を読んだだけでリンディエールは実現させてしまったのだ。

だが、そんな周りの反応などリンディエールの目には入っていない。もう一度研究書をペラペラとめくる。その間も、火柱は立ったままだった。

それに気付いて、リンディエールはどうやってか発動を止める。ただ手で面倒くさそうに扇いだだけだった。それだけで炎が消えた。それが消えたと確認するより早く、リンディエールはまた本を見ていた。

「これやとただの放出や……あ、そうか……それなら熱だけ……」

そうして、またそれを描き直す。

「これやな!」

発動させると、今度は何も起こらない。ただ、描かれた魔法陣が青く鮮やかに光るだけ。

「青……? 魔法陣の光は赤じゃなかったか?」

エルスがそれに疑問を持った。魔法師長が同意する。

「はい……そのはずです……」
《魔力伝導が最適なものだと、青になる。昔は青だったが……今は技量が足りていないのかもしれんな》
「そうなのですか……」

与えられた答えに、一同は更に驚愕していた。技術が退化しているかもしれないということもそうだが、それをリンディエールがやれてしまうことも驚きだ。

そして、次に目を向けた時、一同が目にしたのは、四角いそれの上に、何故か鍋を置いたリンディエールの姿。

「……何をしておられるのでしょう……」
「分からん……」

魔法師長も王も、首を傾げた。謎行動過ぎる。

しばらく鍋の中を見つめていたリンディエールは、そこでガッツポーズを決めた。

「成功や! 出来たで、ヒーちゃん! これでコンロが出来る! 冷蔵庫も可能や! そしたらここに最新型キッチン作ったるでな!」
《ああ、それは火の代わりか。なるほどコンロ……IHか》
「せやで! さすがはヒーちゃんや! すぐに作るで! ちょい待っとき!」
《今か?》
「思い立ったが吉日や!」
《そうか……》

そして、猛然とリンディエールは木を加工し、鉄を加工し、三十分とせずにL字型の最新キッチンを作り上げたのだ。

暗い森のど真ん中に。

《何もここに作らんでも……》
「はっ……家を建てなあかんかった……気が急いでもうたわ……なんちゅう開放的なキッチンや……」
《ま、まあ、作ってしまったのはいい。そのまま亜空間に入れられるだろう》
「それや! なら問題ないわっ。家は……ヒーちゃんがそこから出られたらにするわ。間取り考えといてや?」
《分かった分かった。それで? どうだ? 刻印術は》

これが本題だった。

「コレ見たら分かるやろ! こんな便利なもん、なんでもっと発展させんのや! 怠慢やでっ」
《なるほど……研究書にまとめられるか?》
「何日かかかるで。一日ではやりきれんわ。一般向けに調整せんとあかんでな。技師のオババの意見も聞かな使えんわ」

知り合いの魔法陣技師。本職の意見も聞きたい所だと告げる。

《なるべく急いでやってくれ》

この言葉で、リンディエールは全て察する。

「ん? ああ、なるほどな。これはオババにおっきな貸しが出来そうやな~♪」
《あまり吹っかけてやるなよ?》
「それは状況次第やで」

ニヤニヤと笑うリンディエールに、ヒストリアも笑った。

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読んでくださりありがとうございます◎
また一日空きます!
よろしくお願いします◎
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