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1st ステージ

001 『目覚め人』なんだろう?

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仮に昼であっても、薄暗い木々が生茂る森の奥。

そこで辺境伯令嬢で今年五歳になるリンディエール・デリエスタは絶望していた。

それは決して、両親にほとんど居ないものとして扱われている事だとか、政敵に雇われた者達に誘拐されて殺されそうになったからとか、その誘拐犯達があっという間に何かに消し炭にされ、その場に放置されているとかの理由からではない。

四つん這いの見事な絶望を表した態勢で、少女は不満を吐き出した。

「なんで……なんでや……なんでレベルやスキルありのケンマホウ魔法せかい世界やのおて、おとめ乙女ゲームのせかい世界やねん!! トキメキなんぞらんわ! うちのゆめきぼう希望さんかい!!」

リンディエールは、命の危機を前にして、たった今前世を思い出したのだ。辺境伯令嬢のリンディエールは、自身の兄と婚約者となる王子を攻略しようとするヒロインにとっての邪魔者。いわゆる、悪役令嬢の立場にあった。

早乙女さおとめ凛花りんかとして生きた十八年間。幼少時に関西の方を転々としたため、油断するとエセ関西弁が出るという癖があるのは、当然、ゲームとは違う。

「アレか!? みょうじ苗字があかんかったんか!? おとめ乙女きらったのろいなんか!? なんぼ、なんぼでもそりゃないやん!!」

早乙女という苗字なのに乙女らしくないと凛花は何度も弄られた。乙女の字が似合わないことは自分でも良くわかっていた。『さっさと結婚して苗字を捨てたる!』というのが口癖になったのはいくつの時だっただろう。小学生の頃だと思う。

《…………お前……大丈夫か? 悩みがあるなら聞くぞ? その歳で絶望するのは良くない》
「ううっ……あんちゃん、いいヤツやな……とりみだしてもうたわ……ん?」

一体、自分は誰と話しているのだろうか。若い男の声だったので、思わずあんちゃんと呼ぶ自分は、まだ混乱気味のようだ。その上、誘拐犯達を消し炭したものがいることをすっかり忘れていた。

《あ、あんちゃん……? なんだ? 面白い響きだな……っ、誰かと話すのも久し振りだ……》

感動している感じがした。ぼっち発言に思わず警戒を解く。

そして顔を上げて座り込んだ。前世から女の子座りが好きではないので、こういう時は正座になる。

間違いない。ドラゴンが喋っていた。

リンディエールが居るのは大きな洞窟というか、遺跡の入り口の前。ドラゴンはその中。入り口近くに鎮座していた。

「あんちゃん……ドラゴンってしゃべれるのん?」

相手が誰でも、言葉が通じるならば先ずは会話。それが前世の祖母の教えだ。

《ん? いや、喋れるのは珍しいかもな。人と交流しなければ無理だ。これでも世界で使われてきた三十種の言葉を話すことができるぞ!》
「へぇ~。そりゃスゴイなあ。ごがく語学さいのう才能あるんやねえ。うちはぜんせ前世からまったくでなあ。こんせ今世でもふあん不安やわ~」

語学には才能が必要だというのが凛花の頃の常識。残念ながら英語は中学で既に挫折した。標準語さえ怪しいのも諦めた要因だ。

《なら、俺が教えてやろう》
「ほんま? うち、じまんやないけど、あたまわるいで?」
《それは昔の話なんじゃないのか? お前『目覚め人』なんだろう?》
「なんやそれ?」
《上位世界からこちらに移ってきた魂を持つ者のことだ。五百年に一人。記憶を思い出すのはその内の十人に一人だと言われている。稀な存在だ》

前世の知識と合わせて考えてみると、恐らくこの『目覚め人』は『転生者』のことだろう。それも、記憶を思い出した者のことを指すようだ。

「はあ~……ふつう普通おもいだ思い出さんのか。うまれてすぐとかもないんか?」
《ないな。死を覚悟した時がきっかけとなる事が多いと聞く。赤子では分からんだろう》
「そらそうだ」

異世界転生の定番。赤ちゃん時代の羞恥プレイに耐えていくということはないらしい。

《で、お前は大丈夫か? 怖がらせて悪かったな》
「ええて。あんちゃんがあいつらをケシずみ消し炭にせんかったら、うちがんどったやろう。ほんま、かんしゃ感謝すんで」

正座したまま深く頭を下げた。

《そ、そうか……いや、無事で良かった。それで……家には帰れそうか?》
「ん~……まあ、このあしさんじかん三時間くらいやないかなあ……うちのかんかく感覚でやけど」
《……意識があったのか? 担がれていただろう》

誘拐犯は三人。一人に俵担ぎされてきた。

おき起きとってん。さすがにあんなかつがれかたして、はしられたらしんどう振動でおきるわ」
《……よく叫ばなかったな……》
「いざってときに、ひめい悲鳴をあげるとか、そのひとのそしつ素質やおもうんよ。ウチはむか~しから、そんなもんもっとらん!」

胸を張って言った。

《ふっ、ふふっ、はははっ、面白いなあ。まあ、確かに、咄嗟の時に声が出る奴と出んやつはいるな。それか》
「それや」

数人居て、誰かが悲鳴を上げれば一緒に叫ぶかもしれないが、一人の時にそれは無理だ。悲鳴を上げ慣れていないというのもある。ジェットコースターに乗って声を出せる人かどうかじゃないかとか、そういうどうでも良い考察をして暇潰しをしていたのは、もうずっと前だ。

「さてと……ここはくら~て、じかん時間がよおわからんなあ。あさまでにつけるやろか」

就寝中の誘拐だったため、素足に薄い寝巻き姿。土が付いて気持ち悪い。

《行くのか? まだ日が昇るまでには五時間くらいあるぞ》
「そうなん? よおわかるなあ」
《まあ、ここにずっと居るからな……》

ドラゴンの表情なんて分からないが、声音からそれが自嘲気味なものだと分かる。

リンディエールが近付いていくと、ドラゴンは驚いたように少し後退る。ジャラッと何かの音がした。音のしたのは、ドラゴンの足下だ。そこに、枷が付いていた。

「……あんちゃん、つかまっとるん?」
《まあな……大昔の封印だ。術は解いたが、どうしてもこの枷だけは外せんくてな……俺自身の魔法では壊せんのだ》

それに向けて魔法を使おうとすると、そのまま吸収されてしまうらしい。そのため、ここに封印されたままになっているという。

「なら、ウチは? ウチがまほうでこわすんならいけるんちゃう?」
《……理屈としては可能だが……》
「そんなら、あんちゃん、ウチにまほうおしえてや。すぐにはむりかもしれへんけど、おとな大人になればできるんちゃうかな」
《……いいのか……?》
「そんかわし、まほうおしえてえやっ」
《ふっ、いいだろう。まあ、気長に待つとしよう》
けいやくせいりつ契約成立やな!」

そうして、その場で魔法の講義が始まったのだが、なまじ前世の記憶があるため、リンディエールはものの一時間で感覚を掴み、初級魔法ならば全ての属性を使いこなせるようになった。ゲーム好きをナメたらいけない。

《お前……バカだろ……》
「バカとはなんや! アホといいや!」
《……アホだな。そうだ。阿呆だ。そんでその魔力量も阿呆だわ》
「なんや……ほめてもなにもでえへんで? きょくげい曲芸みしたるか?」
《もういい……お前の存在自体が曲芸師並みのびっくり人間なのは分かった》
「せやから、ほめてもなんもでえへんて」

照れ照れと頭を掻くリンディエールを呆れたように見つめるドラゴン。

「はっ! じゅうようなことをわすれとった!」
《なっ、なんだ!?》
ししょう師匠のなまえきいとらんわ!」
《師匠か……ヒストリアだ……》
「なんやて!?」
《っ……》

リンディエールは驚愕の表情を作り、二歩下がった。それを見て、ヒストリアは頭を少し下げる。ドラゴンで名をヒストリアといえば、伝説の暴虐竜ぼうぎゃくりゅうのこと。

事実はどうあれ、怯えられたと、嫌われたと思ったのだ。だが、そこはリンディエールだ。怯えるというより自信満々で答えた。

「ウチでも知っとるで!」
《……そうか……》

ヒストリアは落ち込んだ。書物に書かれた記録では、国を滅した災厄だとか、大陸を沈めたとかあるのだ。印象は絶対に悪くなる。そこでヒストリアは、リンディエールのことを本当に気に入っていたのだと理解した。だからこそ、ショックを受ける。しかし、リンディエールが知っているのはそのことではなかった。

「ウチのまえのせかいでなあ、『ヒストリア』はれきし歴史とかししょ史書、なんていみ意味のあることば言葉なんやで!? ドラゴンにピッタリやん! カッコよすぎるわ!」
《……は? いや、怖くないのか? 暴虐竜と呼ばれるくらい、人には嫌われているんだが?》
「ん? なにやったん?」

興味深々で、リンディエールは先ほど後退った分近付く。ヒストリアは若干混乱中だ。あまりにも予想外な問いだったのだから仕方がない。

《……攻めて来た者達を返り討ちにした……同胞の子どもが連れ去られ、殺されたのを知って町を幾つか消し炭にしたな……不用意に使った魔具の呪詛で汚染された大陸を一部浄化のために聖水に沈めたり……》
「それ、せいとうぼうえい正当防衛とあたりまえのけんり権利ぜんこう善行やん! もっとあばれなそのよびな呼び名にふさわしないわ! きょぎ虚偽はいかんで!」
《お、おう……俺も不満だ……》
「あ、ならええねん。みとめたらあかんで? だいたいなあ……」

そんな説教のようなリンディエールの一方的な話を、ヒストリアはしばらくコクコクと頷いて聞き役に徹する。心は晴れやかだった。

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読んでくださりありがとうございます◎
0時にもう一話上げます!
よろしくお願いします◎
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