17 / 85
第一章
017 地民の報告
しおりを挟む
2018. 10. 17
**********
樟嬰がゆっくりと目を覚ました時、部屋には誰もいなかった。
兄の葵が居たはずだ。それに、父の気が少し残ってもいる。あの過保護な父兄ならば、ずっと張り付いていてもおかしくはない。珍しいこともあるものだと思いながら体を起こす。
「どこへ……」
その時、外が騒がしい事に気付いた。
寝台から降りて身なりを整えると、そっと足音を忍ばせて外を覗いた。
「……っ」
そこには、黒い醜い固まりがそこここに集まっていた。数え切れない程の地民達だった。
「っ、一体何が……」
普段は、数匹ずつ固まって生活し、神族達に必要とされる時以外は、自分達の護る土地で眠っているはずだ。
異常な事態に、慌てて外へ飛び出した。そこに同じように気になって出てきたのだろう。この事態を眺めている槇の姿があった。
「桂薔。体の方は?」
「大丈夫です。槇姉様……これは……いったい……っ」
「あなたが、人族を連れて来たでしょう……ここでは人族でも地民達の姿を見る事ができる。だから、こうして伝えたい事があると集まって来てしまったらしい」
こんな事はかつてなかった。永い時を生きてきた神族でさえ動揺を隠せない。落ち着いた様子の槇も、困惑しているのだろう。離れた所では、宥めようと奮闘している楸や葵がいた。
「っ……?」
その時突然、長い衣の裾を下へ引っ張られた。
「ヒメ。ハナノ……シロノ……ヒメ」
「ハナ……確かに華城の者ですよ」
片言で話し掛けてくる地民が五匹、足元で見上げていた。
「何でしょう」
問い掛ければ、真ん中の地民がつぶらな瞳を真っすぐに向け、話し出した。
「ハナノシロ。クロクナッタ。キタナクナッタ。スコシマエ。チイサナ……オノコウマレル。スコシマエカラ。ノル。シンデイク」
「地霊……死んでいくという事は、瘴気が……?」
地霊とは、土地の命のようなものだ。地民達はそれを調整する役目を負っている。
「クロイイキ。ケモノガスム。ワレライキデキナイ……マックロ……イキラレナイ。マモレナイ……」
「近くに妖魔が住み着いているという事ではないのかい? 地霊が死ぬなんて、人が正気を保ってはいられないだろう」
不可解そうにする槇。その隣で、樟嬰は嫌な予感を感じていた。
微かだったが、華城の中で瘴気を感じた事がある。ほんの微かだったから、退治の時の移り気かとも思っていたが、先日朔兎を捜す時、一瞬だったが、それを強く感じる場所があった。
あの時は気が急いていたし、それどころではなかった。しかし、今思えばあれは異常だった。
地民の言葉をそのまま信じるとすれば、華城の中に妖魔が居るという事だ。もしそれが本当ならば、早急に手を打たなければならない。国の礎の一つであるあの場が脆くなれば、国の崩壊は加速する。
樟嬰は心を決めると、父の執務室へ走り出した。
◆ ◆ ◆
父の執務室には、閻黎と朔兎が居た。
「っ樟嬰様ッ。もう起き上がっても良ろしいのですか!」
心配顔の朔兎に大丈夫だと手を振り、父に向き直った。
「父上。降下の原因について、知っておられる事があるはずです。私の予想通りだとすると、国の礎である二本の柱が共に倒れます」
「っ……」
驚き、目を大きく見開く閻黎と朔兎を尻目に、離れた父を真っ直ぐに射抜くように見つめる。執務の椅子に座る父は、胸の前で組まれた手に顔を乗せ、眉根をきつく寄せている。
「私も、まさかと思っていた……だが先程、地民達が話している事を耳にし、確かなのだと……」
受け取った視線の意味を理解し、直ぐに閻黎へ向き直る。
「老師。玉と話す事はできませんか。早急に確認しなくてはなりません。地霊達が死に絶えれば、人はその加護なくしては生きられない。地が……土が死んでしまう」
「っ、それは、どういった事態を招くのですか。ノルとはいったい……」
「ノルとは、地に住まう精霊の事です。地の精霊……ノル。彼らに地民の様な姿はありません。清浄な大気のように漂って存在し、土を浄化し、田畑を肥えさせます」
不浄に流された血でさえも浄化し、時に地を潤す水を呼ぶ。大地の守り神だ。
「地霊が死に絶えるということは、大地が死ぬということ。それは飢えと渇きをもたらします」
「っ、まさか王都での内乱の原因は……っ」
閻黎が顔を青ざめさせるが、肯定するように樟嬰は重く頷いた。
「地霊達が死んだ事が関係しているのでしょう。一度絶えてしまった地霊の土地は、大掛かりな清めの儀式でもしない限り、二度と息を吹き返す事はありません」
「っ、ではっ、早急に清めの儀式を……っ」
恐慌状態に陥りそうな閻黎を抑え込むように、檣が一喝した。
「その前に!」
「っ……」
一つ肩を跳ねさせると、閻黎はハッと息をして檣へ目を向ける。
「根本的な原因を突き止める事が優先だ。桂薔、当てはあるのか?」
「はい。その為に一度地上に戻ります。もしかしたら、兄様か姉様にお力を借りる事になるかもしれませんが……」
「儀式だな。長い間、土地の整地さえしていなかった我等にも責任がある。そちらは任せなさい。折りを見て動く。頼んだぞ」
「はい」
やるべき事は決まった。
心も定まった。
あとは、自身の力と時間次第だ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、明日18日です。
よろしくお願いします◎
**********
樟嬰がゆっくりと目を覚ました時、部屋には誰もいなかった。
兄の葵が居たはずだ。それに、父の気が少し残ってもいる。あの過保護な父兄ならば、ずっと張り付いていてもおかしくはない。珍しいこともあるものだと思いながら体を起こす。
「どこへ……」
その時、外が騒がしい事に気付いた。
寝台から降りて身なりを整えると、そっと足音を忍ばせて外を覗いた。
「……っ」
そこには、黒い醜い固まりがそこここに集まっていた。数え切れない程の地民達だった。
「っ、一体何が……」
普段は、数匹ずつ固まって生活し、神族達に必要とされる時以外は、自分達の護る土地で眠っているはずだ。
異常な事態に、慌てて外へ飛び出した。そこに同じように気になって出てきたのだろう。この事態を眺めている槇の姿があった。
「桂薔。体の方は?」
「大丈夫です。槇姉様……これは……いったい……っ」
「あなたが、人族を連れて来たでしょう……ここでは人族でも地民達の姿を見る事ができる。だから、こうして伝えたい事があると集まって来てしまったらしい」
こんな事はかつてなかった。永い時を生きてきた神族でさえ動揺を隠せない。落ち着いた様子の槇も、困惑しているのだろう。離れた所では、宥めようと奮闘している楸や葵がいた。
「っ……?」
その時突然、長い衣の裾を下へ引っ張られた。
「ヒメ。ハナノ……シロノ……ヒメ」
「ハナ……確かに華城の者ですよ」
片言で話し掛けてくる地民が五匹、足元で見上げていた。
「何でしょう」
問い掛ければ、真ん中の地民がつぶらな瞳を真っすぐに向け、話し出した。
「ハナノシロ。クロクナッタ。キタナクナッタ。スコシマエ。チイサナ……オノコウマレル。スコシマエカラ。ノル。シンデイク」
「地霊……死んでいくという事は、瘴気が……?」
地霊とは、土地の命のようなものだ。地民達はそれを調整する役目を負っている。
「クロイイキ。ケモノガスム。ワレライキデキナイ……マックロ……イキラレナイ。マモレナイ……」
「近くに妖魔が住み着いているという事ではないのかい? 地霊が死ぬなんて、人が正気を保ってはいられないだろう」
不可解そうにする槇。その隣で、樟嬰は嫌な予感を感じていた。
微かだったが、華城の中で瘴気を感じた事がある。ほんの微かだったから、退治の時の移り気かとも思っていたが、先日朔兎を捜す時、一瞬だったが、それを強く感じる場所があった。
あの時は気が急いていたし、それどころではなかった。しかし、今思えばあれは異常だった。
地民の言葉をそのまま信じるとすれば、華城の中に妖魔が居るという事だ。もしそれが本当ならば、早急に手を打たなければならない。国の礎の一つであるあの場が脆くなれば、国の崩壊は加速する。
樟嬰は心を決めると、父の執務室へ走り出した。
◆ ◆ ◆
父の執務室には、閻黎と朔兎が居た。
「っ樟嬰様ッ。もう起き上がっても良ろしいのですか!」
心配顔の朔兎に大丈夫だと手を振り、父に向き直った。
「父上。降下の原因について、知っておられる事があるはずです。私の予想通りだとすると、国の礎である二本の柱が共に倒れます」
「っ……」
驚き、目を大きく見開く閻黎と朔兎を尻目に、離れた父を真っ直ぐに射抜くように見つめる。執務の椅子に座る父は、胸の前で組まれた手に顔を乗せ、眉根をきつく寄せている。
「私も、まさかと思っていた……だが先程、地民達が話している事を耳にし、確かなのだと……」
受け取った視線の意味を理解し、直ぐに閻黎へ向き直る。
「老師。玉と話す事はできませんか。早急に確認しなくてはなりません。地霊達が死に絶えれば、人はその加護なくしては生きられない。地が……土が死んでしまう」
「っ、それは、どういった事態を招くのですか。ノルとはいったい……」
「ノルとは、地に住まう精霊の事です。地の精霊……ノル。彼らに地民の様な姿はありません。清浄な大気のように漂って存在し、土を浄化し、田畑を肥えさせます」
不浄に流された血でさえも浄化し、時に地を潤す水を呼ぶ。大地の守り神だ。
「地霊が死に絶えるということは、大地が死ぬということ。それは飢えと渇きをもたらします」
「っ、まさか王都での内乱の原因は……っ」
閻黎が顔を青ざめさせるが、肯定するように樟嬰は重く頷いた。
「地霊達が死んだ事が関係しているのでしょう。一度絶えてしまった地霊の土地は、大掛かりな清めの儀式でもしない限り、二度と息を吹き返す事はありません」
「っ、ではっ、早急に清めの儀式を……っ」
恐慌状態に陥りそうな閻黎を抑え込むように、檣が一喝した。
「その前に!」
「っ……」
一つ肩を跳ねさせると、閻黎はハッと息をして檣へ目を向ける。
「根本的な原因を突き止める事が優先だ。桂薔、当てはあるのか?」
「はい。その為に一度地上に戻ります。もしかしたら、兄様か姉様にお力を借りる事になるかもしれませんが……」
「儀式だな。長い間、土地の整地さえしていなかった我等にも責任がある。そちらは任せなさい。折りを見て動く。頼んだぞ」
「はい」
やるべき事は決まった。
心も定まった。
あとは、自身の力と時間次第だ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、明日18日です。
よろしくお願いします◎
0
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。
おしごとおおごとゴロのこと
皐月 翠珠
キャラ文芸
家族を養うため、そして憧れの存在に会うために田舎から上京してきた一匹のクマのぬいぐるみ。
奉公先は華やかな世界に生きる都会のぬいぐるみの家。
夢や希望をみんなに届ける存在の現実、知る覚悟はありますか?
原案:皐月翠珠 てぃる
作:皐月翠珠
イラスト:てぃる
こずえと梢
気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。
いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。
『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。
ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。
幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。
※レディース・・・女性の暴走族
※この物語はフィクションです。
時守家の秘密
景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。
その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。
必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。
その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。
『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。
そこには物の怪の影もあるとかないとか。
謎多き時守家の行く末はいかに。
引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。
毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。
*エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。
(座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします)
お楽しみください。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
あやかしの茶会は月下の庭で
Blauregen
キャラ文芸
「欠けた月をそう長く見つめるのは飽きないかい?」
部活で帰宅が遅くなった日、ミステリアスなクラスメート、香山景にそう話しかけられた柚月。それ以来、なぜか彼女の目には人ならざるものが見えるようになってしまう。
それまで平穏な日々を過ごしていたが、次第に非現実的な世界へと巻き込まれていく柚月。彼女には、本人さえ覚えていない、悲しい秘密があった。
十年前に兄を亡くした柚月と、妖の先祖返り景が紡ぐ、消えない絆の物語。
※某コンテスト応募中のため、一時的に非公開にしています。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる