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第七章 秘伝と任されたもの
394 願い
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牢の中で目を覚ました薫が、最初に顔を合わせたのは、焔泉と蓮次郎だった。他の者は、牢屋番として置いている者でも、近付くことを許していなかった。とはいえ、この牢を見ているのは、長年ここに棲みついた座敷童子のような存在だ。
姿を視せる、視せないも自在にできるそれなりに力のあるもので、罪人にはその姿を一切視せなかった。だから、食事は瞬き一つか振り向いた時に、いつの間にか用意されているし、部屋も音はするが掃除も勝手にされる。その上、布団も起きたら、顔を洗っている内に畳まれているし、寝る時間になれば、早く寝ろと言うように敷かれていた。
間違いなく、一般の者がここに入ったら、二日としないで発狂するだろう。確実に分かる不思議現象が多発していた。
かつて、高耶も入ったことのある牢部屋。冷たい土間ではなく畳だし、玄関のように鉄格子から内に大きく一歩ほどは土間になっており、そこから上り端があって、一段高くなっている。ちょっと開放的なワンルームだ。もちろん、トイレと洗面台のある場所は、狭いが囲まれているし、きちんとある。
高耶としては、一人で過ごすには快適な空間だと思っていた。食事も出る上に掃除や洗濯もお任せできるのだから、一人暮らしで家政婦さん付きという贅沢が体験できる。シャワーがないのだけが惜しいところだ。ただし、その不思議現象の犯人が視えず、絶えず多少はボリュームが抑えられてはいるが、霊関係のものの呻めき声や収監されておかしくなってしまった者の声が多少気にはなる。
それも、高耶に言わせれば、壁の薄いアパートに住んでいるようなものだと思えば同じだということだ。
とにかく、そんな場所に、薫は寝かされていたのだ。
「血色はええようやなあ」
「ここ数日は、食事もきちんととってるようだしねえ」
薫が目を覚まし、しばらくは様子見を続けてもらった。何度か鉄格子のドアの部分を叩き壊そうとしていたらしいが、ようやくこの頃、諦めたようだ。食事も警戒せずに食べるようになったと聞き、焔泉と蓮次郎がやって来たというわけだ。
「ほんに、榊に似ておるなあ。おぬし、きちんと名乗れるか?」
「……」
「まあ、しばらくはまだええわ」
「あれ? いいの? それに、この前に逃した時、少し怒ってなかった?」
焔泉は、以前一度捕えられた時に、少しばかりやり合っていた。とはいっても、一撃ずつくらいのものだが。
「さすがに、休息は必要やわ。話したくならはったら、もちろん、話してくれてええんやで?」
「……」
「少しは、榊のように愛想良おせなあかんで?」
「あれは愛想というか、困り顔じゃない?」
「美人は困り顔もええよなあ」
そう言いながら、焔泉と蓮次郎は、戻っていった。
「……」
状況を判断するため、記憶を整理する。今までは、頭がほぼ働いていなかったように感じていた。
「……私は、狭間に……」
霊穴の狭間に落ちたはずだった。
「弾かれた……」
薫には、霊穴の場所が自然と分かる。あちら側の空気を敏感に感じ取るとこができるのだ。薫にとっては、懐かしい馴染みのあるものだから。
「……っ、帰れ……ない……?」
それに気付いて、座り込んで愕然とした。
「そんなっ……そんなこと……っ」
あちら側に帰れない事。それは、薫のような存在にとっては恐怖だった。
そこで声が聞こえた。
《人に執着しちゃったの?》
「っ……」
《怒りを持ったの?》
「っ、あ……っ、ああっ……」
《知ってるよ》
《こっち側への執着は許されないの》
《こっちの誰かを恋しく思ったらいけないの》
《それとね》
《殺意は持って帰れないの》
「っ、違うっ、違うっ。私はっ……っ」
薫は頭を抱えた。あちら側が脅かされることがないように、それは絶対のルールとしてあった。
あっちら側は、薫にとってはとても平穏で穏やかで居られる場所だった。だから、こちら側にあるせせこましさや、人の、欲によって他人を傷付けることの浅ましさが気持ち悪い。
静かで気性の起伏も穏やかな田舎で暮らしていた子が、都会に一人で出て来て、少し神経質になっているような、そんな感じだ。
彼女は、ただこちら側を見に来ただけだった。半分は、こちら側のもの。だから、それを確認しに来ただけ。しかし、いつの間にか人の悪意を敏感に感じ取り、染まり、鬼の存在を感じ取ってしまった。
《共鳴してしまったのね》
《かわいそうな子》
《なり損ないの子》
《共鳴して知った怒りだけなら良かったのに》
「っ……」
囁かれるそれは、薫にとっては耳の痛いもの。自業自得だと、関わりすぎてしまったのだという失敗を自覚した。
丸まっていつの間にか寝転がって眠っていたらしい。薫は、ゆっくりと起き上がると、涙を流した。
「帰りたい……っ……」
そう願った時、頭に浮かんだのは、殺そうと向かってきた鬼さえも、憐れみ、浄化していた強い存在。
「……あの人……あの人は……誰……」
《あの人?》
《あの人ね》
《秘伝の当主ね》
「ひでんの……とうしゅ……そう……あの人」
そして、薫は、こちら側から消えるためにもと、高耶を呼んだのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
姿を視せる、視せないも自在にできるそれなりに力のあるもので、罪人にはその姿を一切視せなかった。だから、食事は瞬き一つか振り向いた時に、いつの間にか用意されているし、部屋も音はするが掃除も勝手にされる。その上、布団も起きたら、顔を洗っている内に畳まれているし、寝る時間になれば、早く寝ろと言うように敷かれていた。
間違いなく、一般の者がここに入ったら、二日としないで発狂するだろう。確実に分かる不思議現象が多発していた。
かつて、高耶も入ったことのある牢部屋。冷たい土間ではなく畳だし、玄関のように鉄格子から内に大きく一歩ほどは土間になっており、そこから上り端があって、一段高くなっている。ちょっと開放的なワンルームだ。もちろん、トイレと洗面台のある場所は、狭いが囲まれているし、きちんとある。
高耶としては、一人で過ごすには快適な空間だと思っていた。食事も出る上に掃除や洗濯もお任せできるのだから、一人暮らしで家政婦さん付きという贅沢が体験できる。シャワーがないのだけが惜しいところだ。ただし、その不思議現象の犯人が視えず、絶えず多少はボリュームが抑えられてはいるが、霊関係のものの呻めき声や収監されておかしくなってしまった者の声が多少気にはなる。
それも、高耶に言わせれば、壁の薄いアパートに住んでいるようなものだと思えば同じだということだ。
とにかく、そんな場所に、薫は寝かされていたのだ。
「血色はええようやなあ」
「ここ数日は、食事もきちんととってるようだしねえ」
薫が目を覚まし、しばらくは様子見を続けてもらった。何度か鉄格子のドアの部分を叩き壊そうとしていたらしいが、ようやくこの頃、諦めたようだ。食事も警戒せずに食べるようになったと聞き、焔泉と蓮次郎がやって来たというわけだ。
「ほんに、榊に似ておるなあ。おぬし、きちんと名乗れるか?」
「……」
「まあ、しばらくはまだええわ」
「あれ? いいの? それに、この前に逃した時、少し怒ってなかった?」
焔泉は、以前一度捕えられた時に、少しばかりやり合っていた。とはいっても、一撃ずつくらいのものだが。
「さすがに、休息は必要やわ。話したくならはったら、もちろん、話してくれてええんやで?」
「……」
「少しは、榊のように愛想良おせなあかんで?」
「あれは愛想というか、困り顔じゃない?」
「美人は困り顔もええよなあ」
そう言いながら、焔泉と蓮次郎は、戻っていった。
「……」
状況を判断するため、記憶を整理する。今までは、頭がほぼ働いていなかったように感じていた。
「……私は、狭間に……」
霊穴の狭間に落ちたはずだった。
「弾かれた……」
薫には、霊穴の場所が自然と分かる。あちら側の空気を敏感に感じ取るとこができるのだ。薫にとっては、懐かしい馴染みのあるものだから。
「……っ、帰れ……ない……?」
それに気付いて、座り込んで愕然とした。
「そんなっ……そんなこと……っ」
あちら側に帰れない事。それは、薫のような存在にとっては恐怖だった。
そこで声が聞こえた。
《人に執着しちゃったの?》
「っ……」
《怒りを持ったの?》
「っ、あ……っ、ああっ……」
《知ってるよ》
《こっち側への執着は許されないの》
《こっちの誰かを恋しく思ったらいけないの》
《それとね》
《殺意は持って帰れないの》
「っ、違うっ、違うっ。私はっ……っ」
薫は頭を抱えた。あちら側が脅かされることがないように、それは絶対のルールとしてあった。
あっちら側は、薫にとってはとても平穏で穏やかで居られる場所だった。だから、こちら側にあるせせこましさや、人の、欲によって他人を傷付けることの浅ましさが気持ち悪い。
静かで気性の起伏も穏やかな田舎で暮らしていた子が、都会に一人で出て来て、少し神経質になっているような、そんな感じだ。
彼女は、ただこちら側を見に来ただけだった。半分は、こちら側のもの。だから、それを確認しに来ただけ。しかし、いつの間にか人の悪意を敏感に感じ取り、染まり、鬼の存在を感じ取ってしまった。
《共鳴してしまったのね》
《かわいそうな子》
《なり損ないの子》
《共鳴して知った怒りだけなら良かったのに》
「っ……」
囁かれるそれは、薫にとっては耳の痛いもの。自業自得だと、関わりすぎてしまったのだという失敗を自覚した。
丸まっていつの間にか寝転がって眠っていたらしい。薫は、ゆっくりと起き上がると、涙を流した。
「帰りたい……っ……」
そう願った時、頭に浮かんだのは、殺そうと向かってきた鬼さえも、憐れみ、浄化していた強い存在。
「……あの人……あの人は……誰……」
《あの人?》
《あの人ね》
《秘伝の当主ね》
「ひでんの……とうしゅ……そう……あの人」
そして、薫は、こちら側から消えるためにもと、高耶を呼んだのだ。
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