秘伝賜ります

紫南

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第六章 秘伝と知己の集い

285 掃除しましょう

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男性の名は久納くのう克樹かつきといった。

高耶はお茶を飲みながらそちらに目を向けて口を開く。

「立派な神棚ですね」
「っ、ああ。妻の家は神道の家系でね。隣の神社も管理していたんだが……親友を事故で亡くしてから気鬱になってしまって……」

外に出ることも嫌がるようになったらしい。笑うことも少なくなり、さらに昊の母である娘が仕事であまり来られなくなると、会話もあまりしなくなったという。

克樹かつきも昼間家に居ないのだ。外に出なければ、本当にほとんど誰とも話もしない生活になってしまった。

「最近は特に寝込みがちでね……昊が来ると、何とか無理してでも起きて来ていたんだが……」

それも出来なくなってきているらしい。だが、体が悪いわけではない。精神的なものだ。食事をきちんと取ってもらうくらいしか、克樹もできることがないと言う。

それもあり、エルタークに顔を出せなくなっていたのだ。

高耶は、今一度神棚の方を見る。

「……繋がりが切れ始めているので、余計でしょうね……」
「ん?」
「いえ。そうでしたか。だから、昊くんは、おばあちゃんにピアノを聴かせたいんだね」
「っ、うん……おばあちゃん、ピアノすきだったから」

確認は出来た。そして、ピアノを早速見せてもらうことになった。

「部屋は少し掃除したんだが、防音の部屋だから、あまり動かしていない換気扇しかなくて、少しまだ埃っぽいんだが……」

かなり埃っぽかった。

部屋の掃除も、あまりできていないのだろう。克樹は昼間、仕事に出掛けているし、家事が滞るのは仕方がない。

そこで高耶は考えた。

「……先に失礼ですが、奥様に許可をいただいてもいいですか? その……この辺りも掃除をしましょう。寝ておられるなら、空気の入れ換えもきちんとした方がいいですし」
「え、ああ……いや、すまない……恥ずかしいな……」
「いえ。お仕事をしておられますし、奥様も、日によっては、家事をやりたくない時もあるでしょうから」

それが聞こえたのだろう。女性が奥から顔を覗かせた。

「あの……お客様……?」
「あ、お邪魔しています。騒がしくて申し訳ありません」
「いえ……」
「お身体の調子はどうですか?」
「……あ……大丈夫……です……」

警戒しているのはわかる。

それに聞こえたはずだ。掃除をすると。女性は、夫など、家族に掃除など手伝って欲しいと思っていても、実際は手を出すと嫌な気分になる者もいる。

それは、家が彼女たちの守るべき領域、場所だからだ。勝手に触られるのは嫌なのだ。だから『この辺の掃除をして』と言われた場所だけやるのはある意味正しい。

他の所までやると、人によっては『私がやってる所が気に入らないのか』と思わせるからだ。必ず手をつける所はやっても良いか聞くべきだろう。

夫相手でもそうなのだ。他人にというのは、もっと嫌悪する。ホームヘルパーやハウスキーパーという職の人を雇った方が楽だと分かっていても、娘でさえも嫌だと思う人は多いのだ。だから、無理をする。

「ご挨拶がまだでしたね。秘伝高耶と申します。お孫さんに相談されまして、ピアノの調律に伺いました」
「っ、あ、そんな。祖母の春奈はるなといいます。そうだったんですね……古いピアノなので……」
「いえ。中を見てみないと分かりませんが、可能な限り弾ける状態にさせていただきます」
「ありがとうございます」

本当にピアノが好きなのだろう。少し笑ったのがわかった。

「それで、ピアノを見ている間、掃除などお手伝いをさせていただけないかと。もちろん、手を付けて欲しくない所は、触りませんので」
「そんな……」

恐縮する様子の春奈。そこで、克樹が尋ねてくる。

「ん? 高耶くんはピアノを見るんだろう? まさか、このお嬢さん達が?」

誰がやるのかという当たり前の問いかけだった。

そこで、高耶は笑って見せた。

「いえ。一つ、私の秘密をお見せしますね。【エリーゼ】」
《はい。お呼びにより、エリーゼ、参りました》
「「「え?」」」

克樹、春奈、昊が揃って目を丸くする。

驚くのは当たり前だ。メイドがいきなり現れたのだから。それも、金髪の明らかに日本人の顔でもない女性だ。

「私はいわゆる陰陽師の家系の者でして、彼女は式神みたいなものです。家事はお手のものなので、指示だけしていただければ掃除も洗濯も料理も問題ありません」
「……陰……陽師……」
《何でもお申し付けください。頑固な油汚れも、取れなくなったシミも、お子様のアレルギーを考えたお料理もお任せください!》
「え、あ、その……お願いします……」
《はい!》

混乱させたまま行こうとエリーゼは春奈を笑顔で魅了して、掃除を始めた。

「お兄ちゃん。ハクちゃんもよんで~。おちつくまで、みんなでしゅくだいやってる! ソラくんもしゅくだいあるでしょ?」
「っ、うん。もってきてる……けど……?」
「分かった。【珀豪】」
《うむ。エリーゼだけ喚んだので、何事かと思ったが……女性の領分に無理やり入るのはいかんな》

さすがは主夫だ。分かっている。

「ああ。とりあえず、エリーゼだけでいいだろう。優希達の宿題を見てやってくれ。ただ、その前に、ここの埃だけ外に出してくれ」
《承知した》

あっという間に珀豪は、部屋の中の埃を集め、外に捨てる。そして、空気の入れ換えもしてくれた。

《これで良いな。待たせたな優希よ》
「ううん。いいんだよ~。じゃあ、こっちでしゅくだいみて。あ、この子、ソラくんだよ」
《うむ。ソラよ。分からない事があれば聞いてくれれば答えよう》
「あ、はい!」

昊は、珀豪が優希を迎えに来ているのも見ていたのだろう。キラキラした目で見ながら素直に従った。

そして、気遣いのできる珀豪は、部屋の隅にあった将棋盤を目敏く見つけて克樹に声をかける。

《そちらの……》
「あっ、か、克樹といいます」
《克樹殿。将棋をやられるのか?》
「ええ……会社でもクラブがありまして……ただ、最近はあまり……」
《では、相手をしよう。どうだろか》
「それはっ。是非!」

神秘的な召喚というものを見たことで、克樹は抑えていたようだが、最後には興奮気味に返事をしていた。

「さてと……やるか」

高耶はこれで憂いなく、一人ピアノと向き合うことができそうだった。

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読んでくださりありがとうございます◎
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