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第六章 秘伝と知己の集い
275 劇の音楽
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まだ一年生も授業を受けている時間。下校時刻より早く来たのには理由があった。
「ようこそっ。よく来てくださいました。霧矢さんっ」
「いえ。誘っていただけて嬉しいですよ」
校長の那津とは、昨日まで一緒で、時島とも気が合い、久しぶりに友人が出来たと修は喜んでいたところだ。
そんな那津と一緒に出迎えたのが、音楽教師の杉だ。彼女は、修のファンだと聞いている。
「っ、ううぅ、間違いないっ。間違いなく、今日が私の人生で最高に幸運な一日です! 一生分の運がここにっ。悔いはありません!」
テンションがおかしい。現役のピアニストにそうそう出会えるものではない。それもファンなのだ。興奮しても仕方がないのかもしれない。
「わ、私、杉佳織と申します! この小学校で音楽を教えています。よろしくお願いします!! 学生の頃からの大ファンです!!」
「こちらこそ。よろしく。けど、恥ずかしいなあ……高耶くんだけで十分だと思うから……」
「何でここで弱気になってるんですか……」
「いや。うん。高耶くんの手伝いをするために来たんだからねっ。頑張るよ」
「あ、はい……」
やる気を出すところが違うなと思いながらも頷いておいた高耶だ。
二人に案内されたのは、音楽室だった。
「今日はもう教室は使わないので、こちらでお話しさせてもらいます」
修が珍しそうに教室を見回す。
「音楽室……こんなだったんですねえ……忙しくありませんか? 六年生までの全部のクラスを受け持つのですよね?」
修にとっては、もうその頃の記憶も確かではないし、小学校の教育の方針も変わっているはずだ。
高耶もそれは気になっていた。
「六学年に、各三クラスありますよね? ほぼ毎日、毎時間授業にならないですか?」
毎日五時間授業と考えても、週に二十五コマ。六学年に各三クラスだから、十八クラス。ほとんど埋まってしまうはずだ。
これに杉が笑いながら答える。
「一、二年生は、各クラスの担任が受け持つんです。週に二コマで、授業の相談には乗りますけど、担当はしません」
だから、一年と二年の担任は大変らしい。寧ろ、彼らに子ども達が今後、音楽を好きになるか嫌いになるかが、かかってくる。責任重大だ。
「私が受け持つのは、三年生からで、それも週に一コマです。ただ、今回のように専門的に必要となる場合は協力することになっているんです」
「なるほど……それでも、大変ですねえ」
「好きなので問題ないです♪」
「それが一番ですね」
「はいっ」
修に自分の仕事がわかってもらえたことが嬉しいのだろう。杉の目は輝いていた。
そんな杉を落ち着けるべく、那津が声をかける。
「ふふふっ。さあ、では座って話をしましょう」
教室の机が、一部後ろの方に寄せてあり、椅子だけが並んでいる場所があった。それに向き合うように、パイプ椅子が置かれている。
「どうぞこちらへ」
小学校の椅子は小さい。よって、わざわざパイプ椅子を用意してくれていたようだ。そこに座ると、那津が改めて口を開いた。
「各学年別に、この後、伴奏者として決まった子達が来ます。ピアノを辞めてしまった子も、その時に使っていた楽譜を持ってきてもらうよう伝えました」
「それを見て、どのくらい弾けるか判断すればいいんですね?」
「はい。できれば、曲も決めてもらいたいです。時間はそれほど余裕があるわけではありませんので。再来週までには、担当曲を決めてもらうことで、お願いしたいです」
これを聞いて、高耶と修は目配せ合う。
「なるほど……」
「……ふむ……」
頷き合い、方針を決める。
「先ず、全ての楽譜を見せてください。それと、確認ですが、この曲を子ども達は聞いていますか?」
「軽く旋律だけ弾いて聴かせていますけど……申し訳ありません」
「いえ。なら、きちんと一度聴かせた方がいいですね。後は……」
高耶が考え込むと、修が口を開く。
「これは劇ですよね? なら、台本もください。編曲するにしても、劇の内容によって違ってきますから」
「っ、わかりました。すぐに持ってきます」
那津が教室を飛び出して行った。
「やっぱり、修さんに話して良かったです。確かに、劇の内容によって曲の雰囲気を変えてはいけないところとかありますよね」
逆に変えても良い所も見つけられるだろう。そこには気付かなかった。
「役に立てそうでよかったよ。高耶くんは、劇の伴奏したことは?」
「一度だけ、頼まれてオペラのオケに参加しましたけど、知っていた内容だったので、気にしてませんでした」
しばらく楽譜を確認していると、那津が台本を抱えて戻ってきた。
「お待たせしましたっ」
「ありがとうございます」
受け取った高耶は、先ずは一年生のものからと、一冊に手を伸ばす。その横から、一冊手に取った修が眉を寄せた。
「……結構分厚いのもありますね」
「そうですね……今日中には全部の編曲は無理かもしれませんが、やれる所までやりましょう」
「そうだね。うん。何より、とても楽しそうだ」
そうして、可能な限り曲のイメージなどを楽譜に書き込み、まとめていると、一年生の伴奏者達、優希達がやってきた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「ようこそっ。よく来てくださいました。霧矢さんっ」
「いえ。誘っていただけて嬉しいですよ」
校長の那津とは、昨日まで一緒で、時島とも気が合い、久しぶりに友人が出来たと修は喜んでいたところだ。
そんな那津と一緒に出迎えたのが、音楽教師の杉だ。彼女は、修のファンだと聞いている。
「っ、ううぅ、間違いないっ。間違いなく、今日が私の人生で最高に幸運な一日です! 一生分の運がここにっ。悔いはありません!」
テンションがおかしい。現役のピアニストにそうそう出会えるものではない。それもファンなのだ。興奮しても仕方がないのかもしれない。
「わ、私、杉佳織と申します! この小学校で音楽を教えています。よろしくお願いします!! 学生の頃からの大ファンです!!」
「こちらこそ。よろしく。けど、恥ずかしいなあ……高耶くんだけで十分だと思うから……」
「何でここで弱気になってるんですか……」
「いや。うん。高耶くんの手伝いをするために来たんだからねっ。頑張るよ」
「あ、はい……」
やる気を出すところが違うなと思いながらも頷いておいた高耶だ。
二人に案内されたのは、音楽室だった。
「今日はもう教室は使わないので、こちらでお話しさせてもらいます」
修が珍しそうに教室を見回す。
「音楽室……こんなだったんですねえ……忙しくありませんか? 六年生までの全部のクラスを受け持つのですよね?」
修にとっては、もうその頃の記憶も確かではないし、小学校の教育の方針も変わっているはずだ。
高耶もそれは気になっていた。
「六学年に、各三クラスありますよね? ほぼ毎日、毎時間授業にならないですか?」
毎日五時間授業と考えても、週に二十五コマ。六学年に各三クラスだから、十八クラス。ほとんど埋まってしまうはずだ。
これに杉が笑いながら答える。
「一、二年生は、各クラスの担任が受け持つんです。週に二コマで、授業の相談には乗りますけど、担当はしません」
だから、一年と二年の担任は大変らしい。寧ろ、彼らに子ども達が今後、音楽を好きになるか嫌いになるかが、かかってくる。責任重大だ。
「私が受け持つのは、三年生からで、それも週に一コマです。ただ、今回のように専門的に必要となる場合は協力することになっているんです」
「なるほど……それでも、大変ですねえ」
「好きなので問題ないです♪」
「それが一番ですね」
「はいっ」
修に自分の仕事がわかってもらえたことが嬉しいのだろう。杉の目は輝いていた。
そんな杉を落ち着けるべく、那津が声をかける。
「ふふふっ。さあ、では座って話をしましょう」
教室の机が、一部後ろの方に寄せてあり、椅子だけが並んでいる場所があった。それに向き合うように、パイプ椅子が置かれている。
「どうぞこちらへ」
小学校の椅子は小さい。よって、わざわざパイプ椅子を用意してくれていたようだ。そこに座ると、那津が改めて口を開いた。
「各学年別に、この後、伴奏者として決まった子達が来ます。ピアノを辞めてしまった子も、その時に使っていた楽譜を持ってきてもらうよう伝えました」
「それを見て、どのくらい弾けるか判断すればいいんですね?」
「はい。できれば、曲も決めてもらいたいです。時間はそれほど余裕があるわけではありませんので。再来週までには、担当曲を決めてもらうことで、お願いしたいです」
これを聞いて、高耶と修は目配せ合う。
「なるほど……」
「……ふむ……」
頷き合い、方針を決める。
「先ず、全ての楽譜を見せてください。それと、確認ですが、この曲を子ども達は聞いていますか?」
「軽く旋律だけ弾いて聴かせていますけど……申し訳ありません」
「いえ。なら、きちんと一度聴かせた方がいいですね。後は……」
高耶が考え込むと、修が口を開く。
「これは劇ですよね? なら、台本もください。編曲するにしても、劇の内容によって違ってきますから」
「っ、わかりました。すぐに持ってきます」
那津が教室を飛び出して行った。
「やっぱり、修さんに話して良かったです。確かに、劇の内容によって曲の雰囲気を変えてはいけないところとかありますよね」
逆に変えても良い所も見つけられるだろう。そこには気付かなかった。
「役に立てそうでよかったよ。高耶くんは、劇の伴奏したことは?」
「一度だけ、頼まれてオペラのオケに参加しましたけど、知っていた内容だったので、気にしてませんでした」
しばらく楽譜を確認していると、那津が台本を抱えて戻ってきた。
「お待たせしましたっ」
「ありがとうございます」
受け取った高耶は、先ずは一年生のものからと、一冊に手を伸ばす。その横から、一冊手に取った修が眉を寄せた。
「……結構分厚いのもありますね」
「そうですね……今日中には全部の編曲は無理かもしれませんが、やれる所までやりましょう」
「そうだね。うん。何より、とても楽しそうだ」
そうして、可能な限り曲のイメージなどを楽譜に書き込み、まとめていると、一年生の伴奏者達、優希達がやってきた。
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