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第四章 秘伝と導く音色
183 それを望むならば
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土地神は、その地の神の許しもなく降り立つことはできない。
上空に現れたのは龍の姿をした水神だった。
考えてみれば水神の守護している川はこの辺りの海に繋がっていた。恐らく、それによりここの異変にも気付いたのだろう。
高耶個人を守護していることも関係している。
《水の神が……なぜ……》
その声が聞こえたというように、水神は浄化の雨を降らせた。
一気に鬼の黒い氷を溶かしてしまった。
《な、なぜ……っ、こんな……これほどの力を持つ神がなぜ人に力を貸す……っ》
神はまず、自身の土地から動かない。何よりも、わざわざ鬼に関わろうとはしないはずだったのだろう。
山神が消滅させるではなく、封印するに留まっていたのもそういうことだ。神は鬼を倒そうとは思っていない。それなのに、ここで他の土地からわざわざやってきた水神が高耶に手を貸すのだから、信じられなかったのだろう。
《我にとって、お前達鬼より、こやつの方が上というだけのこと。何より……幼い神の地を穢そうとし、その地の神の眷属ともいえる守精を取り込もうとする者を敵と見做すのは当然であろう》
《っ……》
水神からの圧力は相当なものだった。怒っているというのもある。高耶は慣れてしまっているが、これには焔泉達も辛そうだ。ゆっくりと姿勢を低くして後退していく。
一際強い力が鬼へ向かった。
《ぐぁぁぁぁっ》
《その守精だけは連れて行こう。人に愛されようと願った憐れな精よ……》
《っ……ぅ……ぁ……れ……に》
スッと鬼から抜け出たのは美しく着飾った少女だった。その少女は光の玉となって水神の元へ浮き上がっていく。
《ほぉ……後は任せる》
「はい」
水神は一度目を瞠りながらも、ゆるりと体をくねらせて自身の守護する川へ戻って行った。
「……こんな……こんなことが……」
声の響きが変わったことに気付き高耶は驚く。しかし、それも一瞬のこと。鬼の今の姿を見て、高耶は納得する。
「それが、お前の本来の姿か」
「っ……」
刺青までもが消えていたのだ。そこに居るのは、小さな角があるだけの、色白で可愛らしい子ども。
「なんで……?」
纏わりついていた家守りが剥がれ落ち、刺青までもが消えたことに驚いていた。
「あの家守りが、刺青も引き剥がしていったからな」
「え……」
「聞こえなかったのか? あの家守りの言葉。『どうか、憂いが晴れますように』……そう言っていたぞ?」
「あ……」
必要とされたことが、あの家守りは嬉しかったのだろう。たとえ取り込まれることであっても、それでも嬉しかったのだ。だから、水神の力も咄嗟に利用して、あの刺青を自分の一部として抜き取っていった。
「アレは……呪いだな」
「……そう……我らの恨みが可視化し、取り憑いたもの……」
文字通り、憑物が落ちたように落ち着いていた。
「思い出した……私はアレを……祓いたくて……この地に来た……どうにもならない恨みの念を祓って欲しかった……仲間たちを……助けたかった」
「……その意思を保てなかったのか」
「そうだ……」
彼らは無意識のうちに力ある者を求めた。それが陰陽師達。呪いを解いて欲しくて、彷徨ったが、呪いのために意識を保てずに暴れるだけになった。
肝心の呪いを祓う力は、残念ながらその陰陽師達にもなく、苛立ちは増して邪悪な鬼のイメージが付いた。
そうして、封印されたことで、本来の目的を完全に忘れてしまったのだろう。
「……頼みがある……」
鬼はゆっくりと顔を上げ、高耶を見つめた。その瞳に宿っていた狂気はない。
「なんだ……」
「私を滅してくれ」
「……」
「そして、できれば仲間たちも……」
「……それが望みなら……」
「ああ……正しき輪廻に戻してくれ」
人ではない。けれど近いもの。それが高耶には分かる。
高耶は目を閉じ、霊力を高める。そして喚んだ。この場に最も相応しいその式を。
「【瑠璃】」
空中に現れたそれが纏っているのは、紛れもない神力だった。肩口まで伸びて切り揃えられた輝く瑠璃色の髪。金の瞳に長いまつ毛が影を落とす。そして、その背には真っ白な大きな翼があった。
「っ……天使……」
そんな誰かの声が聞こえたが、高耶は瑠璃を見上げる。
伸ばして来た細い手を取ると、ふわりと満足げに微笑まれた。
《久し振り。高耶様》
「ああ……すまん。送るのを手伝ってくれ」
《うん。喜んで。あなたの力になることが、私の喜びだから》
いっそう笑みを深めると、高耶の前に地面スレスレまで降りてくる。そして、大きく翼を広げた。
瑠璃の体が光に包まれる。それが形を変え、光を纏う刀に変わった。手に取り構える。
スッと高耶が一気に鬼の目の前まで跳んだ。そして、驚く鬼を縦に斬った。斬られたことに気付かなかったのだろう。驚いた顔のままだった。
以前戦った焔に包まれて消えた鬼とは違い、ふわりと風が包むように、倒れながら花に代わっていく。
それに気付いて、鬼は微笑んだ。
『……ありがとう……これで……』
倒れた鬼の姿はなかった。そこには、美しい花々が咲き乱れていたのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
上空に現れたのは龍の姿をした水神だった。
考えてみれば水神の守護している川はこの辺りの海に繋がっていた。恐らく、それによりここの異変にも気付いたのだろう。
高耶個人を守護していることも関係している。
《水の神が……なぜ……》
その声が聞こえたというように、水神は浄化の雨を降らせた。
一気に鬼の黒い氷を溶かしてしまった。
《な、なぜ……っ、こんな……これほどの力を持つ神がなぜ人に力を貸す……っ》
神はまず、自身の土地から動かない。何よりも、わざわざ鬼に関わろうとはしないはずだったのだろう。
山神が消滅させるではなく、封印するに留まっていたのもそういうことだ。神は鬼を倒そうとは思っていない。それなのに、ここで他の土地からわざわざやってきた水神が高耶に手を貸すのだから、信じられなかったのだろう。
《我にとって、お前達鬼より、こやつの方が上というだけのこと。何より……幼い神の地を穢そうとし、その地の神の眷属ともいえる守精を取り込もうとする者を敵と見做すのは当然であろう》
《っ……》
水神からの圧力は相当なものだった。怒っているというのもある。高耶は慣れてしまっているが、これには焔泉達も辛そうだ。ゆっくりと姿勢を低くして後退していく。
一際強い力が鬼へ向かった。
《ぐぁぁぁぁっ》
《その守精だけは連れて行こう。人に愛されようと願った憐れな精よ……》
《っ……ぅ……ぁ……れ……に》
スッと鬼から抜け出たのは美しく着飾った少女だった。その少女は光の玉となって水神の元へ浮き上がっていく。
《ほぉ……後は任せる》
「はい」
水神は一度目を瞠りながらも、ゆるりと体をくねらせて自身の守護する川へ戻って行った。
「……こんな……こんなことが……」
声の響きが変わったことに気付き高耶は驚く。しかし、それも一瞬のこと。鬼の今の姿を見て、高耶は納得する。
「それが、お前の本来の姿か」
「っ……」
刺青までもが消えていたのだ。そこに居るのは、小さな角があるだけの、色白で可愛らしい子ども。
「なんで……?」
纏わりついていた家守りが剥がれ落ち、刺青までもが消えたことに驚いていた。
「あの家守りが、刺青も引き剥がしていったからな」
「え……」
「聞こえなかったのか? あの家守りの言葉。『どうか、憂いが晴れますように』……そう言っていたぞ?」
「あ……」
必要とされたことが、あの家守りは嬉しかったのだろう。たとえ取り込まれることであっても、それでも嬉しかったのだ。だから、水神の力も咄嗟に利用して、あの刺青を自分の一部として抜き取っていった。
「アレは……呪いだな」
「……そう……我らの恨みが可視化し、取り憑いたもの……」
文字通り、憑物が落ちたように落ち着いていた。
「思い出した……私はアレを……祓いたくて……この地に来た……どうにもならない恨みの念を祓って欲しかった……仲間たちを……助けたかった」
「……その意思を保てなかったのか」
「そうだ……」
彼らは無意識のうちに力ある者を求めた。それが陰陽師達。呪いを解いて欲しくて、彷徨ったが、呪いのために意識を保てずに暴れるだけになった。
肝心の呪いを祓う力は、残念ながらその陰陽師達にもなく、苛立ちは増して邪悪な鬼のイメージが付いた。
そうして、封印されたことで、本来の目的を完全に忘れてしまったのだろう。
「……頼みがある……」
鬼はゆっくりと顔を上げ、高耶を見つめた。その瞳に宿っていた狂気はない。
「なんだ……」
「私を滅してくれ」
「……」
「そして、できれば仲間たちも……」
「……それが望みなら……」
「ああ……正しき輪廻に戻してくれ」
人ではない。けれど近いもの。それが高耶には分かる。
高耶は目を閉じ、霊力を高める。そして喚んだ。この場に最も相応しいその式を。
「【瑠璃】」
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「っ……天使……」
そんな誰かの声が聞こえたが、高耶は瑠璃を見上げる。
伸ばして来た細い手を取ると、ふわりと満足げに微笑まれた。
《久し振り。高耶様》
「ああ……すまん。送るのを手伝ってくれ」
《うん。喜んで。あなたの力になることが、私の喜びだから》
いっそう笑みを深めると、高耶の前に地面スレスレまで降りてくる。そして、大きく翼を広げた。
瑠璃の体が光に包まれる。それが形を変え、光を纏う刀に変わった。手に取り構える。
スッと高耶が一気に鬼の目の前まで跳んだ。そして、驚く鬼を縦に斬った。斬られたことに気付かなかったのだろう。驚いた顔のままだった。
以前戦った焔に包まれて消えた鬼とは違い、ふわりと風が包むように、倒れながら花に代わっていく。
それに気付いて、鬼は微笑んだ。
『……ありがとう……これで……』
倒れた鬼の姿はなかった。そこには、美しい花々が咲き乱れていたのだ。
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