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第四章 秘伝と導く音色
145 夏休みの計画
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大学の夏休みまであと約ひと月。午前最後の講義が休講になったため、食堂で早めの昼食をゆっくりと摂りながら夏休み中の予定を整理していた。
「高耶~ぁ。それ八月の予定? もう半分も埋まってんじゃんっ。それも全部仕事?」
先ほどから、俊哉が合流しており、こちらも向かいの席に座って昼食を摂り始めたところだ。
「夏は忙しいんだよ」
「ん~……山行って海行って……海外? 仕事じゃなけりゃ、相当満喫してる人じゃん」
「俺も毎年思うよ……ここにバイト入るか……?」
「バイトも入んの!?」
それというのも、昨晩二週間ぶりとなったエルタークでの仕事で、月四回となっている所を、せめて六回に増やして欲しいと頼まれたのだ。夏休みだから大丈夫だろうという期待が、客達の中で高まっているらしい。
「夜の四時間だけだけどな……夜の方が仕事がな……」
「あ~、ね」
妖関係の問題は、夜に起きやすい。その対処も、夜の方がやり易いのだ。夜のバイトはぶつかってしまう。
「ってか、俺と遊ぶ時間もなくね?」
「ねえよ。優希との時間も難しいってのに……」
「高耶、あの三人娘にピアノ教えてなかった? その時間は取れんの?」
「だから調整してんだよ……やっぱ本格的に本家を巻き込むしかねえか……面倒くせぇ……」
既に容量オーバーなのだ。割り振るしかない。本来ならば、一族で割り振って抱える仕事も、高耶はここ数年、一人でこなしてきた。
だが、高耶の能力も周りが把握してきたことで、年々その仕事量は増えてきている。これにより、今年は週一の数時間のバイトさえ危うい。
「統二が張り切ってたじゃねえか。どうにかなるんじゃねえの?」
「ちょっと前から突いてるらしいが……どうだかな……」
式神達のカチコミ事件から、本家はかなり大人しくなっている。倒壊した家はこの前、ようやく撤去できたようだが、まだまだ仮設の家での生活となるだろう。
表向きは何でもないように振る舞っているため、道場も問題ない。ただ、やはり精神的にはキツいのだろう。分家にも頭を下げるようになったらしい。
そして、こうして時間が経ってみると、高耶の式神達の力を思い知ったようで、本家ではどうやって許しを乞うか話し合いが連日行われているという。
最も力ある珀豪達が怒りを顕にしたのだ。そのため、彼らの式神達が使えなくなっている。最上位の式神を怒らせたのだから、格下のものが怯えて動かないのは当然だ。彼らは敵と見なされたのだから。
「あ~、もう考えたくねえ……」
「高耶でもそういう時あるのな」
「当たり前だろ」
「いや、だってさあ。全部一人でやってんじゃん。ってことは、途中で投げ出したりしねえんだろ? 弱音とか吐かないイメージだったからさあ」
「……まあな……誰かに頼むとか出来んから、やるしかなかったし」
泣き言など言ってられない。だから、何とかして全部やってきたのだ。ただ、年々増える仕事量には、辟易している。
そして、ふと思った。まさかと肘をついて片手で口元を覆う。
「……この現状を知ってるから、達喜さん達が色々と絡んで来てたのかもな……」
「あの綺麗な……源龍さんも、心配してんじゃねえ?」
「かもな……仕方ない……本格的に本家をどうにかするか」
「そうしろ、そうしろ」
軽い調子でコロッケを食べながら言われ、眉を寄せる。だが、これくらい軽い問題なのかもしれない。
「お前くらい気楽に考えられたら良いんだがな」
「なに? 褒めてんの? 見習っていいぞ!」
「……はいはい」
嫌味とも取れる言葉を、褒め言葉とできる俊哉が本気で羨ましくなった高耶だった。
午後の講義も終わり、高耶は仕事のメールを確認しながら優希の迎えに来ていた。
当然のように、仕事仕様の格好になっている。優希がそうしろと言うからというよりも、優希に恥をかかせないようにと思っている。
少し早かったので、毎度のように土地神に挨拶をしてから門から少し離れて待つ。最近は迎えに来る保護者達の目が気になるのだ。若い父親だなと思っているのかもしれない。
そこに、美奈深がやって来た。
「あっ、高耶くん。迎え、久し振りじゃない?」
「ええ。久し振りの指名ですよ」
「あはは。高い指名料取る?」
「取られる方ですよ。帰りのスーパーでプリンを買う約束です」
「あら。食べちゃったとか?」
「賞味期限切れで捨てたのを見られました。二ヶ月経ってたんですよ。どうも、大事に取っておいたやつらしくて」
「ふふふっ、やるわよね。食べたら怒るから取っておくんだけど、いつまでも食べないんだもの。もったいないわ」
優希も、明日食べるというのが何日も続き、そのまま放置されていたのだ。珀豪も手を出したら優希が怒ると思い、そのままにしていた。
「ちゃんと管理していなかったと、珀豪のヤツが落ち込んでますよ」
「優し~ぃ。そういうところ好きだわっ」
そんな事があって、帰りに買って帰る約束だった。
「そういえば、うちと由香理の旦那が、高耶君の働いてるクラブに行ったらしいのよ」
「エルタークにですか? 社長さんと仲が良いんですね」
「あ~、すっごい気さくな人らしいわ。稲船って不動産なんだけど」
「ああっ、陽さんの所ですね。確かに、若い男性の方を二人連れていましたよ。同伴されるのが珍しい方なんですが」
「そうなの?」
稲船陽には、曰く付きの物件のお祓いなどで指名される。お得意様の一人だ。
「あの会社、陽さんの人柄に惹かれて入る人が多いんですよ」
「へえ。あ、でもそうなのかしら。うちの旦那とか飽きっぽくて、よく職場変えてたのよ。学生の頃からそういうところがあったから、困ってたんだけど、あれから変わってないわ」
「そういう転職組が多い職場だと聞いています。良い会社ですよ」
「高耶君が言うほどなら信用できるわね。可奈の事があるから、落ち着いてくれるのは有り難いわ」
職場を転々とするということは、給料も安定しない。それでは困ると前々から思っていたらしい。ただ、あまり煩く言うのも良くないと考え、我慢していたのだそうだ。
「あの人、高耶君と撮った写真の待ち受けを見たらしくて、それでアイドルの追っかけになったって思ったんですって」
「……本当に待ち受けにしたんですね……」
「そうよ! ほらっ」
「あ~……」
本当だった。
「で、社長さんに相談したそうなの。それで、高耶君だって分かって、連れて行ってもらったんですって。ほら見て! これ、高耶君よね!」
「……ですね」
見せられた写真。そこにはエルタークの制服を着た高耶が写っていた。ピアノを弾く前のフリータイム時のものだ。写真を撮っても構わない時間なのだ。ピアノの前に座ってからも、しばらくはそのために弾かずに待つ。
「あの人、それですっかりファンになってるのよ? 私には浮気だと思ったとか言って」
「それは……」
何と答えればいいのか分からない。
「でね? 今週末、連れて行ってもいい?」
「あちらへですか? 構いませんが、くれぐれも陽さんに知られないようにと念押ししといてください。バレると面倒なことになりそうですから」
「あ、社長さんね。分かった。約束できるならって言っておくわ。高耶君に迷惑かけたらすぐに出禁にしてやるんだから」
「お願いします……」
鼻息荒く宣言する美奈深に苦笑する。仕事で関係を持っている者を一人でも許せば、際限なく増えてしまう。それは防がねばならないだろう。漏れてしまった場合、対策がないわけではないが、できればやりたくない手なのだ。
そんな話をしていれば、時間になったらしい。
「あっ、お兄ちゃん!」
駆け寄って来る優希を抱き止めて抱き上げる。その後ろから可奈と美由がやって来た。
「お兄さん、こんにちは」
「こんにちは~」
「こんにちは。よかったら一緒にお茶をどうかと思ったんだけど、どうかな」
「「する!」」
「是非!」
美奈深まで手を上げていた。
「スーパーでプリンだけ買うけどいいかい?」
「いいよ!」
「プリン~」
「ユウキのだよ?」
「プリンを使って珀豪がお菓子を作ってくれるんだ。優希は嫌か?」
「イヤじゃないよ! はやくいこ!」
そうして、手を引かれながら歩き始める。
今日のオヤツは珀豪特製のプリンアラモード。それを見た優希は、すっかり捨てられたプリンのことなど忘れているようだった。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
「高耶~ぁ。それ八月の予定? もう半分も埋まってんじゃんっ。それも全部仕事?」
先ほどから、俊哉が合流しており、こちらも向かいの席に座って昼食を摂り始めたところだ。
「夏は忙しいんだよ」
「ん~……山行って海行って……海外? 仕事じゃなけりゃ、相当満喫してる人じゃん」
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「バイトも入んの!?」
それというのも、昨晩二週間ぶりとなったエルタークでの仕事で、月四回となっている所を、せめて六回に増やして欲しいと頼まれたのだ。夏休みだから大丈夫だろうという期待が、客達の中で高まっているらしい。
「夜の四時間だけだけどな……夜の方が仕事がな……」
「あ~、ね」
妖関係の問題は、夜に起きやすい。その対処も、夜の方がやり易いのだ。夜のバイトはぶつかってしまう。
「ってか、俺と遊ぶ時間もなくね?」
「ねえよ。優希との時間も難しいってのに……」
「高耶、あの三人娘にピアノ教えてなかった? その時間は取れんの?」
「だから調整してんだよ……やっぱ本格的に本家を巻き込むしかねえか……面倒くせぇ……」
既に容量オーバーなのだ。割り振るしかない。本来ならば、一族で割り振って抱える仕事も、高耶はここ数年、一人でこなしてきた。
だが、高耶の能力も周りが把握してきたことで、年々その仕事量は増えてきている。これにより、今年は週一の数時間のバイトさえ危うい。
「統二が張り切ってたじゃねえか。どうにかなるんじゃねえの?」
「ちょっと前から突いてるらしいが……どうだかな……」
式神達のカチコミ事件から、本家はかなり大人しくなっている。倒壊した家はこの前、ようやく撤去できたようだが、まだまだ仮設の家での生活となるだろう。
表向きは何でもないように振る舞っているため、道場も問題ない。ただ、やはり精神的にはキツいのだろう。分家にも頭を下げるようになったらしい。
そして、こうして時間が経ってみると、高耶の式神達の力を思い知ったようで、本家ではどうやって許しを乞うか話し合いが連日行われているという。
最も力ある珀豪達が怒りを顕にしたのだ。そのため、彼らの式神達が使えなくなっている。最上位の式神を怒らせたのだから、格下のものが怯えて動かないのは当然だ。彼らは敵と見なされたのだから。
「あ~、もう考えたくねえ……」
「高耶でもそういう時あるのな」
「当たり前だろ」
「いや、だってさあ。全部一人でやってんじゃん。ってことは、途中で投げ出したりしねえんだろ? 弱音とか吐かないイメージだったからさあ」
「……まあな……誰かに頼むとか出来んから、やるしかなかったし」
泣き言など言ってられない。だから、何とかして全部やってきたのだ。ただ、年々増える仕事量には、辟易している。
そして、ふと思った。まさかと肘をついて片手で口元を覆う。
「……この現状を知ってるから、達喜さん達が色々と絡んで来てたのかもな……」
「あの綺麗な……源龍さんも、心配してんじゃねえ?」
「かもな……仕方ない……本格的に本家をどうにかするか」
「そうしろ、そうしろ」
軽い調子でコロッケを食べながら言われ、眉を寄せる。だが、これくらい軽い問題なのかもしれない。
「お前くらい気楽に考えられたら良いんだがな」
「なに? 褒めてんの? 見習っていいぞ!」
「……はいはい」
嫌味とも取れる言葉を、褒め言葉とできる俊哉が本気で羨ましくなった高耶だった。
午後の講義も終わり、高耶は仕事のメールを確認しながら優希の迎えに来ていた。
当然のように、仕事仕様の格好になっている。優希がそうしろと言うからというよりも、優希に恥をかかせないようにと思っている。
少し早かったので、毎度のように土地神に挨拶をしてから門から少し離れて待つ。最近は迎えに来る保護者達の目が気になるのだ。若い父親だなと思っているのかもしれない。
そこに、美奈深がやって来た。
「あっ、高耶くん。迎え、久し振りじゃない?」
「ええ。久し振りの指名ですよ」
「あはは。高い指名料取る?」
「取られる方ですよ。帰りのスーパーでプリンを買う約束です」
「あら。食べちゃったとか?」
「賞味期限切れで捨てたのを見られました。二ヶ月経ってたんですよ。どうも、大事に取っておいたやつらしくて」
「ふふふっ、やるわよね。食べたら怒るから取っておくんだけど、いつまでも食べないんだもの。もったいないわ」
優希も、明日食べるというのが何日も続き、そのまま放置されていたのだ。珀豪も手を出したら優希が怒ると思い、そのままにしていた。
「ちゃんと管理していなかったと、珀豪のヤツが落ち込んでますよ」
「優し~ぃ。そういうところ好きだわっ」
そんな事があって、帰りに買って帰る約束だった。
「そういえば、うちと由香理の旦那が、高耶君の働いてるクラブに行ったらしいのよ」
「エルタークにですか? 社長さんと仲が良いんですね」
「あ~、すっごい気さくな人らしいわ。稲船って不動産なんだけど」
「ああっ、陽さんの所ですね。確かに、若い男性の方を二人連れていましたよ。同伴されるのが珍しい方なんですが」
「そうなの?」
稲船陽には、曰く付きの物件のお祓いなどで指名される。お得意様の一人だ。
「あの会社、陽さんの人柄に惹かれて入る人が多いんですよ」
「へえ。あ、でもそうなのかしら。うちの旦那とか飽きっぽくて、よく職場変えてたのよ。学生の頃からそういうところがあったから、困ってたんだけど、あれから変わってないわ」
「そういう転職組が多い職場だと聞いています。良い会社ですよ」
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職場を転々とするということは、給料も安定しない。それでは困ると前々から思っていたらしい。ただ、あまり煩く言うのも良くないと考え、我慢していたのだそうだ。
「あの人、高耶君と撮った写真の待ち受けを見たらしくて、それでアイドルの追っかけになったって思ったんですって」
「……本当に待ち受けにしたんですね……」
「そうよ! ほらっ」
「あ~……」
本当だった。
「で、社長さんに相談したそうなの。それで、高耶君だって分かって、連れて行ってもらったんですって。ほら見て! これ、高耶君よね!」
「……ですね」
見せられた写真。そこにはエルタークの制服を着た高耶が写っていた。ピアノを弾く前のフリータイム時のものだ。写真を撮っても構わない時間なのだ。ピアノの前に座ってからも、しばらくはそのために弾かずに待つ。
「あの人、それですっかりファンになってるのよ? 私には浮気だと思ったとか言って」
「それは……」
何と答えればいいのか分からない。
「でね? 今週末、連れて行ってもいい?」
「あちらへですか? 構いませんが、くれぐれも陽さんに知られないようにと念押ししといてください。バレると面倒なことになりそうですから」
「あ、社長さんね。分かった。約束できるならって言っておくわ。高耶君に迷惑かけたらすぐに出禁にしてやるんだから」
「お願いします……」
鼻息荒く宣言する美奈深に苦笑する。仕事で関係を持っている者を一人でも許せば、際限なく増えてしまう。それは防がねばならないだろう。漏れてしまった場合、対策がないわけではないが、できればやりたくない手なのだ。
そんな話をしていれば、時間になったらしい。
「あっ、お兄ちゃん!」
駆け寄って来る優希を抱き止めて抱き上げる。その後ろから可奈と美由がやって来た。
「お兄さん、こんにちは」
「こんにちは~」
「こんにちは。よかったら一緒にお茶をどうかと思ったんだけど、どうかな」
「「する!」」
「是非!」
美奈深まで手を上げていた。
「スーパーでプリンだけ買うけどいいかい?」
「いいよ!」
「プリン~」
「ユウキのだよ?」
「プリンを使って珀豪がお菓子を作ってくれるんだ。優希は嫌か?」
「イヤじゃないよ! はやくいこ!」
そうして、手を引かれながら歩き始める。
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