71 / 408
第二章 秘伝の当主
071 どれだけ冷たくされても
しおりを挟む
2018. 9. 12
**********
克守が戻ってくるまでに俊哉へと色々確認しておくことにした。
「お前が呼ばれたのって、来た奴を追い返すためか?」
「え、ああ……お前の前に来た奴、スッゲェ嫌な奴らだったらしくて。じいちゃん達だけじゃ危ねぇかなって」
そこで俊哉は祖父へと目を向けた。その意味を察して克守の弟だという見守り隊のおじいさんへ確認する。
「その時、いらしたのですか?」
「そ、そうだ。兄と一緒に対面したんだがな……」
「会ったのはここで?」
「ああ……」
そうですかと小さく呟いた高耶は、目を細めて少し周りを見回した後、ある一点を見つめる。そこには、高耶にしか見えないつい先日の情景。
「分かってはいたが……こういう態度ってのは、困るな……」
ここへ来たのは、言わずと知れた直系で現在当主と名乗っている叔父の秀一。それに付き従うのが嫡男の勇一だ。神経質で、武術よりも陰陽術に秀でた次男はこの時連れてはいなかったらしい。その他、弟子達を二、三人引き連れていた。
稽古や型を見せてもらい、そこから奥義を見極める。普通にできるのはそれくらいだ。高耶のように過去を直接見て知るという技は残念ながら彼らには使えない。
彼らは、今の奥義をそれなりに物にして受け取った。ここで、完璧にとは行かないのは、少々日頃の鍛錬な足りないからだろう。それでも十分に物にはしている。
しかし、克守が求めていたのはそれではない。もちろん、老いてしまったために今の奥義さえ継承が怪しかった克守にしてみたらそれでも素晴らしい成果と言えたが、そうではないのだ。
そこで口論が起きたのは仕方のないこと。都市伝説とまでは言わないが、武道家達の中で伝説となった秘伝家の技は、失った技をも復活させるというもの。
信じてはいなかったが、秀一と勇一の高圧的な態度が元で克守も引けなくなった。
秀一と勇一は、元より本当の当主ではないという負い目もあり、いつもよりもヒートアップしてしまったようだ。
「あの二人は本家の意地ってのが強くて、卑屈になってるから……」
「高耶、仲悪ぃの?」
「ん~、普通に本家に入れてもらえないくらいには仲が悪いな」
「は? いや、だって高耶が当主なんじゃねぇの?」
「そうだけど、ウチの場合、当主の資格を持つのが必ずしも直系ってことじゃないんだ。俺は分家筋。継ぐのは本家直系って思ってた所に分家の子どもがってなったら、印象悪くなるのわかるだろ」
「お、おう……ドロドロのやつな」
昼ドラ系を想像してそうだが、まあいいかと流すことにする。
「ここに来たのは本家直系。ウチのは特殊だからな。発現しない代もあって、その時は直系が当主名代を名乗る。普通の人には当主の証とかわからんし、当主じゃなくても奥義を預かることも不可能じゃない。それだけの技は一応磨いてるからな。色んな武術を経験するから、それなりの年齢になれば動き方一つで奥義がどんなものか分かる目も養える。別にそれだけで十分なこともあるから、一族の誰が出向いても一般的な所なら問題ないんだ」
陰陽術の方に傾倒しているとはいえ、秘伝家の者としての鍛錬は欠かしていない。多くの武術を経験したことで養う観察眼や技術は一流だ。
ただ、本当の当主はそれ以上のこともできるというだけのこと。
「預かった奥義は、当主が集約して覚えることになるけど、別に接触する必要もないし、秘伝家の役目だけは絶対って自負があるから、本家の奴らもそこは渋らないしな」
「へぇ……苦労してんだな……」
「俺は別に、これが昔から普通だったし。何より理解者もいる。あいつらが正当だとかどんだけ言っても、現当主は俺だ。まあ、こうやって尻ぬぐいすんのはいい加減腹立つけどな」
「……怒ってんのは、なんか分かった」
どうやら殺気が漏れたらしい。俊哉達が瞬間的に後退していった。
「悪い……」
その時、克守が体格の良い壮年の男性を連れて戻ってきた。彼の服装は白いシャツに濃紺のスラックス。スーツの上着だけを脱いできたらしい。その人の手には、長く重厚な黒い箱があった。
高耶はそれから滲み出る気配に目を細める。
「こちらが見ていただきたい刀になります」
克守は高耶の前に座ると、その隣に膝をつき、男が箱を置いた。彼の座り方を見ても、武術をやっていることがわかる。
彼は、高耶を射抜くように見つめていた。
「失礼。これは……」
「息子の真矢《シンヤ》です。立ち会わせていただきます。タチの悪い詐欺も多いので」
「これ!! なんてことを!」
克守が慌てるように顔をしかめて怒鳴った。確かに大変失礼な言い方と態度だ。これが相手が高耶ではなく本家の者達だったなら、間違いなくキレている。しかし、高耶にはもはや慣れっこだ。
「お気になさらず。そう取られても仕方のないものです。それよりも、そちらを見せていただいても?」
「え、ええ……」
「……」
不機嫌そうな真矢から取り上げるように、克守が高耶の前に置いた。
「あ、こちらで開けます。本家の者が中途半端に触ったようですから、影響があるといけない」
「そちらの落ち度だろう」
「っ、いいかげんにしないか!!」
「落ち着いて。おっしゃる通りです。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
「……」
非は間違いなくこちらにある。頭を下げるなど苦ではない。そう、本家から被る迷惑以上の迷惑などほとんどないのだから。
高耶は本当に真矢を気にすることなく、箱を開けた。そこには、黒い刀が一振り。
明らかにおかしなものが取り憑いているのが高耶の目には見えていた。
そして、思わず出た第一声がこれだ。
「……何してる……」
静かな道場にそんな呆れ返ったような高耶の声が落ちたのだった。
**********
克守が戻ってくるまでに俊哉へと色々確認しておくことにした。
「お前が呼ばれたのって、来た奴を追い返すためか?」
「え、ああ……お前の前に来た奴、スッゲェ嫌な奴らだったらしくて。じいちゃん達だけじゃ危ねぇかなって」
そこで俊哉は祖父へと目を向けた。その意味を察して克守の弟だという見守り隊のおじいさんへ確認する。
「その時、いらしたのですか?」
「そ、そうだ。兄と一緒に対面したんだがな……」
「会ったのはここで?」
「ああ……」
そうですかと小さく呟いた高耶は、目を細めて少し周りを見回した後、ある一点を見つめる。そこには、高耶にしか見えないつい先日の情景。
「分かってはいたが……こういう態度ってのは、困るな……」
ここへ来たのは、言わずと知れた直系で現在当主と名乗っている叔父の秀一。それに付き従うのが嫡男の勇一だ。神経質で、武術よりも陰陽術に秀でた次男はこの時連れてはいなかったらしい。その他、弟子達を二、三人引き連れていた。
稽古や型を見せてもらい、そこから奥義を見極める。普通にできるのはそれくらいだ。高耶のように過去を直接見て知るという技は残念ながら彼らには使えない。
彼らは、今の奥義をそれなりに物にして受け取った。ここで、完璧にとは行かないのは、少々日頃の鍛錬な足りないからだろう。それでも十分に物にはしている。
しかし、克守が求めていたのはそれではない。もちろん、老いてしまったために今の奥義さえ継承が怪しかった克守にしてみたらそれでも素晴らしい成果と言えたが、そうではないのだ。
そこで口論が起きたのは仕方のないこと。都市伝説とまでは言わないが、武道家達の中で伝説となった秘伝家の技は、失った技をも復活させるというもの。
信じてはいなかったが、秀一と勇一の高圧的な態度が元で克守も引けなくなった。
秀一と勇一は、元より本当の当主ではないという負い目もあり、いつもよりもヒートアップしてしまったようだ。
「あの二人は本家の意地ってのが強くて、卑屈になってるから……」
「高耶、仲悪ぃの?」
「ん~、普通に本家に入れてもらえないくらいには仲が悪いな」
「は? いや、だって高耶が当主なんじゃねぇの?」
「そうだけど、ウチの場合、当主の資格を持つのが必ずしも直系ってことじゃないんだ。俺は分家筋。継ぐのは本家直系って思ってた所に分家の子どもがってなったら、印象悪くなるのわかるだろ」
「お、おう……ドロドロのやつな」
昼ドラ系を想像してそうだが、まあいいかと流すことにする。
「ここに来たのは本家直系。ウチのは特殊だからな。発現しない代もあって、その時は直系が当主名代を名乗る。普通の人には当主の証とかわからんし、当主じゃなくても奥義を預かることも不可能じゃない。それだけの技は一応磨いてるからな。色んな武術を経験するから、それなりの年齢になれば動き方一つで奥義がどんなものか分かる目も養える。別にそれだけで十分なこともあるから、一族の誰が出向いても一般的な所なら問題ないんだ」
陰陽術の方に傾倒しているとはいえ、秘伝家の者としての鍛錬は欠かしていない。多くの武術を経験したことで養う観察眼や技術は一流だ。
ただ、本当の当主はそれ以上のこともできるというだけのこと。
「預かった奥義は、当主が集約して覚えることになるけど、別に接触する必要もないし、秘伝家の役目だけは絶対って自負があるから、本家の奴らもそこは渋らないしな」
「へぇ……苦労してんだな……」
「俺は別に、これが昔から普通だったし。何より理解者もいる。あいつらが正当だとかどんだけ言っても、現当主は俺だ。まあ、こうやって尻ぬぐいすんのはいい加減腹立つけどな」
「……怒ってんのは、なんか分かった」
どうやら殺気が漏れたらしい。俊哉達が瞬間的に後退していった。
「悪い……」
その時、克守が体格の良い壮年の男性を連れて戻ってきた。彼の服装は白いシャツに濃紺のスラックス。スーツの上着だけを脱いできたらしい。その人の手には、長く重厚な黒い箱があった。
高耶はそれから滲み出る気配に目を細める。
「こちらが見ていただきたい刀になります」
克守は高耶の前に座ると、その隣に膝をつき、男が箱を置いた。彼の座り方を見ても、武術をやっていることがわかる。
彼は、高耶を射抜くように見つめていた。
「失礼。これは……」
「息子の真矢《シンヤ》です。立ち会わせていただきます。タチの悪い詐欺も多いので」
「これ!! なんてことを!」
克守が慌てるように顔をしかめて怒鳴った。確かに大変失礼な言い方と態度だ。これが相手が高耶ではなく本家の者達だったなら、間違いなくキレている。しかし、高耶にはもはや慣れっこだ。
「お気になさらず。そう取られても仕方のないものです。それよりも、そちらを見せていただいても?」
「え、ええ……」
「……」
不機嫌そうな真矢から取り上げるように、克守が高耶の前に置いた。
「あ、こちらで開けます。本家の者が中途半端に触ったようですから、影響があるといけない」
「そちらの落ち度だろう」
「っ、いいかげんにしないか!!」
「落ち着いて。おっしゃる通りです。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
「……」
非は間違いなくこちらにある。頭を下げるなど苦ではない。そう、本家から被る迷惑以上の迷惑などほとんどないのだから。
高耶は本当に真矢を気にすることなく、箱を開けた。そこには、黒い刀が一振り。
明らかにおかしなものが取り憑いているのが高耶の目には見えていた。
そして、思わず出た第一声がこれだ。
「……何してる……」
静かな道場にそんな呆れ返ったような高耶の声が落ちたのだった。
103
お気に入りに追加
1,311
あなたにおすすめの小説
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話
Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」
「よっしゃー!! ありがとうございます!!」
婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。
果たして国王との賭けの内容とは――
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。
下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。
豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。
小説家になろう様でも投稿しています。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる