秘伝賜ります

紫南

文字の大きさ
上 下
57 / 401
第二章 秘伝の当主

057 資料を探すのに苦労はしません

しおりを挟む
2018. 5. 30
投稿ペースが変わりました。
週一になります。

**********

高耶が大学に着いて真っ直ぐに向かったのは図書館だった。今日最初の講義までには二時間近く余裕がある。

まだ午前中であることもあって、図書館にはほとんど人がいなかった。

「さてと……せっかくだし古いのを漁らせてもらうか」

民俗学研究にそれなりに力を入れている大学だけあって、伝承物や古い文献は多い。案外、陰陽師として持っている資料よりもこちらの方が役に立つ時があるので、高耶はよく図書館を利用していた。

「……鬼関係……」

先ずはと手を付けたのは古い古文書の写しが載っている本が多く置かれた棚だ。資料として載っているだけの物であっても、無視はできない。

何が書いてあるのか分からず、ただ、こういう物があったという資料の写真。そこに高耶は注目する。

多くの者が写真として流し見てしまう物であっても、高耶には大抵の古文書を読み解ける力がある。だから、資料の中の資料までも読んでいくのだ。

「これは見たことがない……どこに保管されているんだ?」

できれば現物をと思う時も多く、それをメモしていく。

連盟の方で保管されている物もあるのだが、多くは博物館だ。その場合はツテを駆使して見せてもらう時もある。

「……こっちは……個人蔵書か……」

そんな呟きを拾った者がいた。

「それは祖父の実家にあるよ」
「っ……ヒナガシ教授……」
「相変わらず熱心だね~。現役の陰陽師って、そんなに勉強するの?」

人好きのする笑みを見せて、高耶の手元を覗き込んだのは民俗学者として教授の立場にある雛柏教授だ。

「どうでしょうね。実戦にしか興味がない者も多いと聞きますから、珍しいかもしれません。だいたい、大学にまで通う者は稀ですし」
「そっか。家業だもんねぇ。でも、来てよかったでしょ?」

彼は高耶の力を知っていた。親戚筋に陰陽師の家があるのだ。その家の関係で現場で会ったことがあり、この大学を薦めてくれたのも彼だった。

「ええ。気楽な学生というものを堪能しています」
「はは、そうは見えないんだけど?」
「そうですか? 確かに……遊びに行くというのはないですけどね……」
「でしょ。君は真面目だしなぁ」

そう言って隣に座った教授は、一冊の本を高耶へ差し出した。

「これは?」
「家の蔵から出てきたんだ。あ、雛柏のね。けど、開かなくてね」
「……なぜ私に……ヒナギ家に持っていくべきでは?」

日凪家というのが、ヒナガシ教授の筋の陰陽師の家だ。今回持ってきた物は、間違いなく陰陽師の領分の物。とはいえ、資料はその家の財産だ。本来ならば、簡単に他家の陰陽師に任せたりしない。それをなぜ高耶へと差し出すのか。

教授は、頬杖をついて面白そうな笑みを見せる。

「だって、明らかに君の方が腕が立つでしょ。こっちの家は、細々としたお祓いが精々だ。これやってくれたら、祖父の持ってたその資料を見せてあげるよ。どう?」

その提案を受けて、高耶は目の前に置かれた本を見つめる。

「……まぁ、中身はこっち系の資料ではなさそうですし……わかりました」

陰陽師として保管すべき資料ならば、こんな状態にはならないのだから、中身を見た所で特に問題はないだろう。

「やったっ。いつできる?」
「今ここでいいですよ」
「んん? いや、だって……え? すぐに?」
「ええ。すぐに」

言いながら高耶は小さく結界を張る。

「見えるようにしますか?」
「そうして!」
「なら、人払いも……いきますよ」

周りに人が来ないように術を発動させ、力を凝縮した指で本の一点を突く。それは、題名が書かれているらしい部分。

らしいというのは、ボヤけているように文字が読み取れなくなっていたからだ。

しかし、そこに高耶が手を突いた途端、本が歪むように一度ブレると、黒い小さな虫のようなものが本の隙間から溢れ出した。

「うわっ!」
「大丈夫です。この結界からは出られません」

それから高耶は指で題名の書かれてある部分をなぞる。

「……」

文字が濃く浮き上がり、同時に蠢いているようだった黒いものが動きを止める。そして、スッとコマ送りされるようにそれらが本の隙間に吸い込まれていった。

「これで落ち着けば終わりです。『改書虫』が取り付くのは、蔵の状態が良い証拠ですよ」
「カイショチュウ……それがさっきの黒いやつ?」
「ええ。これが黒ではなく青いのなら『書食虫』で、退治すると中身の文字がかなり消えるか文字の場所がバラバラになってしまいますから、良かったですね」

『改書虫』は、心を込めて書き込まれた文字の一つ一つを写し取り、そこに住み着く。そのまま一体化し、何百年と保管されることを望む。良いことなのだが、これが取り憑くと、彼らが納得する時期まで何百年と本が開かなくなるのだ。

「では、今回は……」
「退治の仕方を間違えなければ、消えかけていた文字すら復元してくれるんです。ほら、墨がとてもはっきりしているのがわかりますか?」
「本当だ……まるで書かれて間もないような……」
「『改書虫』が焼き付きましたから、もうあと数百年、この資料は長生きできます」

劣化していた墨も全て新しく塗り替えられたので、この後の保存状態を整えれば、また数百年と保つものになる。

「良い妖なのだね」
「そうですね。陰陽師の持つ資料の中には、わざとこの『改書虫』を取り憑かせて後世に残すものもありますからね」
「へぇ……凄いなぁっ。不思議だなぁっ」
「さぁ、どうぞ。もう結界も解きましたし、お持ち帰りください」
「うんっ、ありがとうっ。約束の資料は早めに用意しておくよ」
「はい。お願いします」

こんな感じで資料を見ることができるという時もあるので、人の縁とは大切だなと改めて実感する高耶だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 週3日更新です。  

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

処理中です...