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046 良い循環ができたわよね

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イトワもフレアリールにまんまと乗せられた一人。

「私も最初はフレア様のお遊びに付き合うような、そんな軽い気持ちだったのです」

また店を大きくすることは考えてはいなかった。細々と、近所の人たちがちょっと奮発して買ってみようと思えるような服を作れればと思っていた。

「フレアは何を頼んだんだ?」
「最初に頼んだのはレースとパニエ」
「……ん?」

男であるギルセリュートにはわかるはずもない。説明するのもなんだが一応はと思う。

「ほら、ドレスってコルセットとか付けるでしょ? それで、クルノっていうカゴみたいなものでドレスを膨らませるの」
「……あれか……母上が重くて邪魔だと言っていたのを聞いたことがある」
「そう。母もあれが嫌いだったの。転んだら最後だって」
「……」

こちらではクリノと呼ぶそれは『クリノリン』だ。ドレスにボリュームを持たせるもので、よく映画で見た。

縦に長いカゴをひっくり返したような形の木や鉄で出来た骨組みのもの。それでドレスをふわっと見せている。結構重いんだそうだ。コルセットで締め付けられる上に重さを我慢しなくてはならない。なにより見えないとはいえあの見た目。

それがとてつもなく嫌だった。

フレアリールも将来それをつけなくてはならないのかと思ったら、早急に何か代わりになるものを見つけようと躍起になっていた。

そこで思ったのだ。バレエの衣装なんかにあるふわふわのパニエはどうかと。

「それで軽量化できるように布の織り方を色々試作してもらったのよ。綿をもっと量産できるようにとか」

鍛治師や木工職人などにも手伝ってもらい、織り機を作ってもらった。

「領内の兵や騎士達の服もデザインをしてもらったわ。今までになかった染料とかも頼んだわね。色んな染め方も試作してもらったの」

それまで先に糸に色をつけるという発想がなかったのだが、これでムラのない色を付ける事ができるようにもなった。

「それとタオル! フワフワ感がどうしても欲しくて。ループ織りを研究してもらったわ」
《タオル! あれフワフワでスキ~♪》
「っ! あ、せ、聖獣様でしたね」

ここで初めて言葉を話したリオにイトワが驚いていた。

《うん。リオって言うの。よろしくお願いします!》
「イトワです。よろしくお願いいたします。タオル、気に入ってくださったようで光栄でございます」
《今度、ボクやお母さんと同じ色で作って》
「同じ色……っ、聖色ですね! 承知いたしました!」

なんだか交渉していた。

一方で、ギルセリュートはフレアリールのこれまでの話しを聞いてもっともな感想を口にしていた。

「……ものすごく色々と頼んでいないか?」
「そうなの。頼み過ぎたら生産が追いつかなくなっちゃって……急遽ミシンも導入したわ」
「ミシン……」

また意味のわからない何かが出てきたとギルセリュートは今日何回目とも知れぬ微妙な顔をした。

鍛治師達の中から、こういう物を作る鉄工職人が生まれたのは鉄道事業のお陰だ。

ここで、リオの相手をしていたイトワが答える。

「織り機もですが、あれも画期的でした。手縫いが当たり前でしたからね。それが道具でできるとは思いませんよ」

ギルセリュートにわかるよう、部屋に置いてあった足踏みミシンで実演して見せてくれた。

この部屋では商品の提案なども行うので、こうしてミシンも用意してあったのだ。

「すごいな……縫い目は全部同じになるし、何より早い」
「でも、職人さんとしての感覚も大事だから仕事を取るわけじゃないしね。これで作業効率は格段に上がったの」
「少々分厚い、針で通すのに苦心する布も、これを使って針の太さなどを変えるだけで同じように縫えるのです。本当に驚きでした」

職人としては最初、少しだけ抵抗があった。だが、本当に細かいどうしても手縫いでなくてはならない所もある。だから、そういう作業を分けることで納得したのだ。

しかし、使ってみると扱いにもコツがいる。早くできるということは、その分考える時間が出来た。更には、一日一着が限界だったものが二着、三着作れる。疲労も格段に軽減された。

これで認めないなんてことは言えなかった。

「短時間で仕上がるということは、その分多く作ることができます。負担もそれほど感じない。その分を値段として還元できました」
「量産ってことが可能になったの。お陰で町の人たちにも余裕ができたわ」

それはお金だけの問題ではない。一般的には、家で女達が自分たちの服を作ったりしていた。布を一枚買った方が既製品を買うよりも安いのは当然だ。

だが、量産されたことで、それほどの値段の違いが生まれなくなった。綺麗で長持ちする職人が作った物の方が安く手に入るのならば、そっちの方が良いに決まっている。

そこで女達は思わぬ時間という余裕を得ることができた。

そうなると家事にストレスを感じることなく一日を過ごせるようになる。自然と笑顔が増え、近所づき合いの時間も取れるようになった。

次に時間があるならちょっとお小遣いでも稼ごうかなと思うようになる。

「時間にも余裕ができた女性達が働きに出るようになったわね」
「そこで雇うのが私どもです。更に生産が増えて単価が落ちました」
「それでまた町の人達は余裕ができると……」
「良い循環ができたわよね」
「……良すぎる……」

それはもう思いつきの遊びでは済まされないとギルセリュートは呆れる。

その後、イトワはフレアリールがいなかった一年の間に開発したロックミシンや、Tシャツ、Yシャツなどを見せてくれた。

「お待たせいたしました。どうぞご覧ください。これが一年の成果です」
「いいわね! すぐに量産に入ってちょうだい」
「はい! お任せください!」

その後の見学でギルセリュートも、貴族の男性独特の襟元がフリルなブラウスが嫌いだったらしく、スッキリとした見た目のイトワが着ているカッターシャツを少々興奮しながら注文していた。王宮に戻るならば、必要になるものだと思ったらしい。

イトワの工場を出てからも鍛治師達に顔を見せに行ったりと過ごし、夕方近くまで町を回ることになった。

「さすがに疲れたわね」
「そうだな。何よりも驚き疲れた」

疲れたと言いながらも、ギルセリュートは隣で笑っていた。

「フレア……フレアがこうして私にわざわざこの町を案内したのは、国の発展を考えるようにするためか」

フレアリールは苦笑しながら頷く。今回は父とも話し合っていたのだ。ギルセリュートはこの国の王になってもらわなくてはならない。王宮に戻って動けなくなる前に、色々と見聞を広めて欲しいと考えたのだ。

「まあ、そうね……瘴気は晴れたわ。これで民達も前を向くことができるようになったはずなの。生活が安定すれば、他にも余裕ができる」

周りを見れば分かる。余裕があるから笑えるのだ。この町だけではない。シェンカに暮らす者達はとても生き生きとしている。ここまで来る間に通って来た各領とは雲泥の差があった。

「だが、それよりも今一番に力を入れるべきは国防だろう? どの国も瘴気で疲弊している。そこにいきなり発展する所を見せては、きっと攻め入ってくだろう」
「そうね。でも、国防はもう王が考えておられるわ」
「っ、そうか……そういうことか」
「国防は王やこのシェンカに任せれば良い。そのための準備もお父様達はしていたもの。ギルが考えるべきなのは国内のことよ」

王達が国の守りを固めるよう死力を尽くす傍らで、ギルセリュートは国に力をつけるために発展を考える。

そうして、ギルセリュートが王位を継ぐ時には盤石に、しっかりと地盤を固めて立ってもらいたいのだ。

「これからのヴェンリエルの舵を取るのがギルの役目でしょう?」
「ああ……そうだな」

ギルセリュートは王になる事からもう逃げる気はない。レストールが王位を継いだなら、このシェンカは独立してしまうだろう。もしそうなれば、この地でフレアリールやシーリア達と暮らすのも悪くないとは思う。

しかし、ギルセリュートは民の事を考えることが出来る者だった。そして、王宮にいる第二王妃とフレアリールを裏切ったレストールを許すつもりもない。

彼らが最も嫌がり絶望するとすれば、ギルセリュートが王位に就くことだろう。ならば選択肢などない。

この素晴らしい町を作り上げたフレアリールを王妃にすることで、民達もこの町の人々のような恩恵を受けることができるだろう。それは、とても素晴らしい未来の約束だった。

「そんな私を支えるのはフレアしかいないというのも再認識した」
「っ……」
「フレアの考えが民達を幸せにするんだ。それに負けないくらい、私がフレアを幸せに出来るように努力しなくてはならないな……」

これはかなりの難関だとギルセリュートは内心嘆息する。そうして視線を向けた先には、夕日と恥じらいで真っ赤になったフレアリールの顔がある。

それを見たギルセリュートは、少し嬉しくなりながらもそっとフレアリールと手を繋ぐ。リオはこの様子に嬉しそうに一つ鳴いてフレアリールの着ているローブのフードの中に隠れてしまった。

そうして、二人と一匹は夕日に染まる中、主領都への帰路につく。

領城に帰ったフレアリールとギルセリュートはこの日、正式にレストールとの婚約が破棄されたと通達を受けて微笑み合うのだった。

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読んでくださりありがとうございます◎
三日空きます。
よろしくお願いします◎
2019. 6. 16
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