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014 あの聖女は論外だものね……

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町を出て人気が無くなる場所でリオに跨がり二日。

依頼も順調にこなしており、辿り着いたこの町でもギルドに寄ろうと向かっている。

「やっぱり早いわね」
《ダメだった?》
「いいえ。とっても助かる。この速さなら、依頼を受けながらでも後三日くらいでシェンカ領内に入りそうだわ」
 
既に最初の町で受けていた依頼の五つは達成しており、今まで寄った町で二回、同じように五つずつ依頼を受けていた。今回も既に三つは達成したので、報告とついでにまた三つ依頼を受けるつもりだ。お陰で懐事情は大変温かい。寄り道もしながらのペースとしても予想よりもかなり早かった。
 
とはいえ、一週間ほどの旅路だ。時間はかかる。

そこで暇潰しがてら調味料の作成を始めていた。

「お醤油造りも順調だし、お味噌ももうすぐ。あと調味料といえば……」
 
改めて考えてみると難しいものだ。

「調味料だけを考えるからダメなのかしら?」
 
ただ調味料だけを思いだそうとしても、醤油と味噌くらいしか思いつかない。けれど、親子丼が食べたいとか、生姜焼きが食べたいとか思うと思いつく。

「あ、みりんとか出汁が出来るものも必要ねっ。お酢もないか」
《お母さん、それって食べ物?》
 
リオはこの数日で言葉を格段に上手く喋れるようになっており、語彙も増えたように思う。未だ幼い子どもという印象だが、成長しているようだ。

「食べ物をとっても美味しくするものよ。お米も用意したし、シェンカに着いたら食べさせてあげるからね」
《楽しみっ》
 
異世界ものにありがちなお米を探す行程はフレアリールには必要なかった。既にこちらの世界で二十年近く生きた。知識は蓄積されているのだ。該当する物を思い出すだけで良かった。

「是非とも同郷の人と喜びを分かち合いたいけれど、あの聖女は論外だものね……」
 
ここまでの町で、異世界の聖女についての話を聞いていた。どれもなぜか別人かと思えるような話ばかりだった。明らかに情報操作されている。

「あれが『国のために尽力する聖女』なわけがないわよね……『可憐で儚い深層の姫のようだ』ってのもない」
 
あの地から王都の教会に戻ってしばらくしてから、彼女は外に出なくなったらしい。

王によって謹慎するように言われただけかとも思ったが、王都の神官達がそれを素直に受け入れるとは思えない。

北の大地の件についても、異世界の聖女だと一般的には広がっているのを知り、尚のことそう思ったのだ。教会から出なくなったのには、教会側の別の要因があるはずだ。

不意に一つの依頼に目が惹きつけられた。

「ん? この依頼、前の町でも……」
 
達成報告より先に依頼を見繕おうとギルドに入ってすぐに依頼ボードへ向かう。そこで、前に寄った町でも同じ依頼があったなと思い出す。

「……依頼人は教会……『ベントゥーリの花』って、もうこの季節にないでしょ」
 
報酬金額は驚くほど高額だ。けれど、採取依頼のある『ベントゥーリの花』は、季節でいえば夏に咲く花。朝夕に寒さを感じ始める今はもうこの国には咲いてはいない。

《どんなお花?》
「赤い大きな花が咲くの。それを煮詰めると凄くキレイなオレンジの色に染まるのよ」
 
昔から、染料として使われており、染まる色も神聖な神の色であることから、お守りのようにその色で染めたハンカチやリボンを旅人が持ち歩く。プレゼントとしても喜ばれるものだ。何より、その花の汁は虫除けになるため、重宝されていた。

《お母さんやリオと一緒?》
「ええ。一緒……ああ、なるほど。だから教会が躍起になってるんじゃ……」
《どうしたの?》
 
ふと思い出したのは、あの異世界の聖女の髪。

今思えば、カラーで染めていたくすんだ金髪だ。それを教会の者達は聖色を持つ聖女が現れたと騒いでいた。

だが、はっきり言って最後に見た時には既に『プリン』になっていたはずだ。もしかしたら、教会から出なくなったのは、黒い髪に戻ってしまったからではないか。そして、その髪を『ベントゥーリ』で染めようと考えたのではないかと思ったのだ。

異世界の聖女の髪色が聖色であるというのは既に広まっている。きっとそれが嘘であったと知られれば、異世界の聖女は何か神の意思に背くことをしたのではないかと思われるだろう。それは、教会にとって都合が悪いはずだ。

「髪色は『ヤスカの実』を使えば落ちるだろうしね」
 
フレアリール自身、その実を使って髪の色を落とした事がある。まだ魔術を上手く使えなかった時分、どうしても外に出たくて使ったのだ。

結果、真っ白になった髪を見て両親や兄、使用人全員が半狂乱になったのでそれから一度も使わず、屋敷で大人しくしていた。外に出たいという思いが消えてしまうほど、その様子が怖かったのを覚えている。

「そこまでして『特別な聖女』でいたいものかしらね」
 
だが、きっとあの髪色が戻らなければ外に出て王子であるレストールと婚儀も挙げられないだろう。必死になるのも分からないでもない。

彼女にとってはきっと『王子様と幸せになる自分』がゴールなのだから。
 
フレアリールは少しばかり異世界の聖女を気の毒に思うようになった。あれはもう、落ち目だろう。

とはいえ、助けてやる義理はない。

「さてと、今日はこの町に泊まりましょうか」
《うん。お風呂ある?》
「そうね。ある宿を探しましょう」
 
割高だが、お風呂の付いた宿屋はある。水ではなく温かいお湯に体を沈めるのが、リオの最近のお気に入りらしい。

「リオって、猫科じゃないのね」
《ん?》
 
気持ちよさそうに湯船につかるライオンというのは、ある意味奇妙な光景だった。

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読んでくださりありがとうございます◎
2019. 3. 16
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