父の男

上野たすく

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拘束される未来 ~昭弘視点~

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 熱めのシャワーを浴び、すぐに車でアパートへ向かった。外へ出ようとし、抱き寄せられる。三田の腕は微かに震えていた。男の背に腕を回し、撫でた。
「明日も来るから」
 血の通ったぬくもりを全身に取り込もうと強く抱擁した。
 後ろ髪をひかれる思いで車を降り、振り返らずにアパートの階段を上る。背後で車が走り去る音がした。
 疲れた。
 頭はパンク寸前だ。体と心は完全に切り離されているのに、どちらも瀕死の状態だった。鍵を鍵穴へ差し込み、ドアを開けた。車内で、午前十二時を過ぎてしまった。三田の言う通り、間に合わなかった。
 部屋は暗く、蛍は床に就いているらしい。そっと、布団に寝ている青年の傍へ向かう。蛍は気持ちよさげに寝息を立てていた。畳に膝をつき、幼さの残る青年の顔に見入った。
「誕生日おめでとう」
 呟いてみる。
「俺はお前を愛しているよ」
 それは、何年も何年も呟いてきた、相手に届かない言葉だった。
 蛍の寝顔を目に焼き付けてから、寝支度をした。
 午前六時。部屋の中を駆け回る足音で目が覚めた。
「ごめん。起こした?」
 蛍は肩掛け鞄にテキストを詰め込み、手櫛で髪をといた。
「上級生が、去年の試験問題を配ってくれるみたいで」
 頷いた。
「朝食、作っておいたから」
 テーブルには一人前しかない。流し台にも、食べた形跡は見当たらない。
「お前は?」
「適当に食べる」
 布団から出て、朝食を拝みにいく。わかめの味噌汁と卵焼き、焼き魚だった。
「行ってくる」
「蛍」
「なに?」
 玄関でスニーカーを履く青年ではなく、食事を見ているのに、彼がこちらを振り返っていないことを、視野の片隅がしっかりと認識していた。
「いや。なんでもない。急いでいるのに、ありがとう、食事」
「味の保障はしないけどな」
「お前の料理に外れはないよ」
「……昭弘。俺はさ」
「ん?」
 真っ直ぐな背筋を見つめる。
「やっぱ、いいや。行ってくる」
「ああ。いってらっしゃい」
 ドアが蛍を押し出し、閉まる。椅子を引いて座り、手を合わせて箸を持った。一口一口、噛みしめて胃へ落としていく。
 蛍が一人で台所へ立ったのは小学校へ入学したときだった。それから、こちらの帰りが遅ければ、自分の自由な時間を削って、料理をしてくれた。
 何年も何年も、自分の腹を満たしてくれたのは小さい手だった。
 普段より濃い味噌汁を啜り、息をつく。
 朝日はきらきらと輝くのではなく、光のメスで玄関と台所を切断していた。
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