父の男

上野たすく

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拘束される未来 ~昭弘視点~

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 視線をそちらへ逸らすと苦笑された。彼はこちらの体から抜け出し、何も身に着けずに壁につけられたインターフォンまで行くと、その画面に口角を上げた。手招きをされる。フローリングからトランクスを拾って穿き、従った。
 画面には、蛍と木崎哲也が映っていた。
「どうする?」
 三田は冷めた眼差しでこちらを捉えた。彼の口元は笑っていた。
「出られる状況じゃないだろ?」
「それは、俺が? それとも、お前が?」
 言いよどむ。背後から抱きしめられ、びくりと肩が跳ねた。
「続きをしよう」
「じゃあ、ベッドへ」
 三田が笑顔のまま通話ボタンを押す。
 息が止まった。
「よう。どうした? また、アポなしか?」
 飄々としゃべる三田の前で顔が強張っていく。
「今回は、ちゃんとメールをした」
 蛍の声に項垂れた。背を押され、インターフォンを囲むように壁に手をつく。
「わりぃ。見てねえわ。で、なんの用だ?」
 トランクスを下げられ、ゾッとする。唇を噛むのと、三田のものが入り込んでくるのが同時だった。
「鈴木教授から伝言を頼まれた。それと、突然で悪いと思ったんだけど、友達を連れてきた。勉強を見てやって欲しい」 
 壁についた指を曲げる。体の中を抉られ、掻き回され、声が溢れそうになる。
「ああ。見てやりてえんだけど、今、ちょっと立て込んでてな。今度でいいか?」
 ぐちゅぐちゅと恐ろしい音がする。こちら側の音を届けるであろう場所に指を宛がおうとし、すんでで止めた。
「わかった」
 三田が耳朶を噛んでくる。自身を擦られ、膝が震えた。
「教授の件は?」
「いつでも、会いに来いってさ。気分転換に」
「……そうか。もし、話す機会があったら、ありがとうと伝えておいてくれ。あと」
 三田の巧みな指の動きに勝手に腰が動いていく。意識がおかしくなりそうだった。
 あさましい。体も心も。
「蛍、ごめんな。さきに謝っとく。俺、お人好しの浩平さんから卒業すっから」
 蛍の顔が歪んだ。
「…………わかった」
 息を吸って吐き、彼は大人びた表情でカメラを見つめた。
「覚悟しておく」
 蛍が木崎を連れ、去っていく。三田はインターフォンを切り、こちらの首筋をついばんだ。
「蛍の声で感じた?」
 カッとなって肘で思いっきり、相手の肩を打撃した。三田は痛みに苦悶しながらも笑った。
「お前が蛍を愛していることは、今更、取り繕れねえだろう? お膳立てしたのは俺だし」
「浩平が俺を信用していないことは、よくわかった。だけど、もうやめろ。蛍は、ちゃんと渋谷のところへ帰す。余計なことを吹きかけるな。大事な時期なんだ」
 友人は肩から手をどけ、目を細めた。
「受験のことか? 関係ねえだろ。そんなの、蛍の脳みそが足りなかっただけの話だ」
「浩平!」
「お前、今、自分がどんな立場になったか、まだ、わかってねえの? 俺はさ、お前が幸せになるならって、自覚した気持ちを殺して、ここまでお友達を名乗ってきたんだぜ? それなのに、蛍と報われた今になって、どうして、俺んとこへ来んだよ? 夏樹のことはお前が原因じゃねえって、何度も言ったろ? 俺が独りでいるのは楽だからだって、言ったよな? お前こそ、俺を信じてなかったんだろうが!」
「……お前の絵を見に行った。俺は信じているよ。だから」
 だから、お前を守らなければいけない。
 三田の目が見開く。友人の瞳が温和な色に変わった。昔、彼が彼の恋人に向けていた瞳。
 ちくりと胸が痛んだ。
「今日は帰る。また、来るから」
 ベッドの下に落ちた衣服へと足を踏み出し、腕を掴まれた。
「悪かった。だけど、こっちは、自分の半分も生きてねえ男にライバル心、燃やしてんだ。使えるものは、なんでも使う。そんで」
 友人は息を吐き、手に力を込めた。
「いつか、蛍よりも好きになってもらう」
 昭弘は目を伏せた。歳がそんなに離れているわけでもないのに、こいつはこんなにも一直線に眩しい光を放つことができる。
「お前、恥ずかしいな」
「お前は枯れ過ぎだ。そこは嘘でも嬉しがれよ」
 三田の肩に頬をのせる。
「嬉しいよ。ありがとう、浩平」
 男の鼓動が大きくなる。三田が自分を愛しているというのは本当のことなのだろう。
「浩平。俺は」
 俺も愛している。友人として、お前を大切に想っている。恨まれようが、この方法しか思いつかなかった。
「抱いて欲しい」
「なら、恰好だけでも、恋人でいてくれ」
「……好きだ。浩平」
「下手くそ」
 予告もなく、彼がこちらの体を持ち上げた。筆以上に重いものは持ったことがない、と自慢するほどのインドアな男なのに、ふらつくこともなく、こちらに笑顔を向けてくる。
「気づいてねえだろ?」
 眉根を寄せた。
「ときどき、偽り切れてねえよ、お前」
 真っ赤だぜ、顔。
 そう囁かれ、体から火が出た。三田が笑いながら、ベッドへとこちらの体を落とした。
「少し待ってくれ」
 相手は口角を上げ、首筋を舐めてきた。
「馬鹿か! やめろって言ってるだろ!」
 退けようとした両手を捉えられる。男から笑顔が消えていた。
「そのままでいろよ。俺は、せめて、本当のお前としたい。お前はどう思っているか知らねえけど、俺はちゃんと恋愛をして、お前を好きになったんだぜ」
 これは友人だ。それなのに、目が離せない。顔が近づいてきて唇が重なった。敏感に細胞が反応を示す。快楽が怖くて、相手の腕を強く掴んだ。
 セックスの最中、三田は、あまりしゃべらなかった。その代わり、こちらの仕草や喘ぎに、敏感に対処した。
 夕飯も採らずに体を繋げ、深夜、ベッドから立とうとすると膝が笑った。
「帰んの? 電車、ねえだろ? 泊まってけばいいのに」
「今日は帰るって言っただろ?」
 体のべたつきが、行為の名残を物語っていた。
 三田が溜息をつく。
「もう、戻っちまったのかよ?」
 無視をした。
「シャワーくらい使えって」
「家で入る」
「そんなに蛍が気になるか?」
 下着をつけようとし、手首を握られる。
「今日は特別な日なんだ」
「蛍の誕生日か。間に合わねえよ」
 力なく微笑む男に口づけた。
「俺はお前を選んだ。あいつの誕生日を祝ってやれるのは、今日だけなんだ」
 三田の目を見つめる。茶色い瞳が揺れ、ほどなくして一点に定まった。
「車を出してやるからシャワーを使え。蛍が大切なら、他の男のもん付けて帰ってやるな」
 小さく吹き出す。
「なんだよ」
「浩平のそういうところ、好きだよ」
 相手は不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
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