父の男

上野たすく

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誰かが誰かを愛している ~蛍視点~

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 昭弘がボタンを留めていく。
「木崎から、あんたとあいつの親父のことについて聞いた」
 昭弘の手が止まり、また動きだす。
「そうか」
「土下座したって本当なのかよ」
「ああ」
「どうして? 俺が木崎に手を出すとでも思った?」
「お前が出さなくとも、相手が出してくることだってある」
「だったとしても!」
 身を乗り出したこちらに、相手は戦いた。それを目にして、頭を垂れた。
「二度と、あんなのは見たくない」
「わかっている。本当に、すまなかったと思っている」
「違う! どんな理由があったにしろ、俺はあんたが俺以外の人と」
 昭弘が瞬きもせず、見つめてくる。
 蛍は拳を握りしめ、掌にかいた汗を感じ、チカッと光った欲望に筋肉が動くことを止められなかった。
 上手いキスはできなかった。当てるだけで精一杯だった。でも、心が震えた。
 キスを終え、勇気を振り絞って昭弘を見る。彼は苦しげにこちらを見つめていた。
「好きなんだ」
 昭弘は唇を噛み、俯いた。
「それはたぶん好き違いだ」
「は?」
「俺とお前とでは、その言葉の意味が違う」
 昭弘の額が肩にのる。心音が自分でもわかるほど、大きくなった。
「これも、罰……なのかもしれないな」
 呟かれる。
 本心だと、思った。
「罰ってなんだよ。俺に好かれるのが、そんなに悪いことなのかよ」
 彼は小さく笑った。
「なんだよ」
「悪い。だけど、ネガティブ過ぎるお前も悪い」
「それって、昭弘は俺に好かれても嫌じゃねえってこと?」
「子どもに好かれて嫌な親はいない」
 顎を引いた。
 この人は仮面を被れるのだろう。
「わかった。今は駄目でいい」
 相手がこちらを見つめてくる。
 カチ、カチ、と、どこかで、また、秒針の音がする。
「今の俺が駄目でも、明日はそうじゃないかもしれないだろ? だから俺は、今の俺を理由にあんたを諦めたくはない」
 昭弘は震えながら耳を塞いだ。
「ありがとう。気持ちは嬉しい」

 カチ、カチ、カチ、カチ。

 蛍は男の両手を拘束し、カバーのされない耳に、わざと唇を近づけた。
「きっと、迎えにいく。そのときに、答えを出して欲しい」
 昭弘の体がビクッと跳ねる。
「それまで」
 キスをし、嫌がる相手の口腔へと舌を押し入れた。嘔吐したあとだからか、酸っぱくて苦い。だけど、自分がいないことで、昭弘が参っているのだと思うと、愛しかった。
「他の奴とこういうこと、しないでくれ」
 相手の瞳に涙が浮かんでくる。
「無理だ。俺はしたくてしてるんじゃない。気づいたら、誰かの隣にいるんだ。だから」
「え?」
「あっ! 違っ。なんでも……なんでもない」
「なんでもないわけないだろ!」
 昭弘が体を縮め、ガタガタと震え出す。
「ごめん。だけど……、俺……。情けねえ。あんなに近くにいたのに気づけなかった」
 深く息を吐き、昭弘の手を握りしめる。昭弘は見開いた目から大粒の涙を流した。
「なあ、そうなる前兆って、わかんねえの?」
「なんとなくは……」
「じゃあ、そんときに、セックス以外で心を落ち着かせればいい。たとえば、目を閉じるとか、一人になるとか、深呼吸するとか。お守りなんかも効果があるかもしれない。別に、本当のお守りを買ってこなくてもさ、ここに、大切なもんでも入れとけばいいんじゃね? ここなら、滅多に汚れねえだろうし、手で触りやすいだろ?」
 シャツの胸ポケットに手の甲を当てる。昭弘は覇気のない表情で、こちらの手を見つめた。
「少しだけの辛抱だからさ。いつか、俺があんたのお目に適ったら、そんときは、へとへとになるまで付き合ってやるから」
 昭弘は悲しげに微笑んだ。
「夢みたいな話だな」
「現実にしてみせる。二人で幸せになろう」

 カチッ!

 秒針の音が、一際、大きく響く。
 と、昭弘が急に俯いた。
 名前を呼ぶが反応しない。意識が途切れているようで、焦りが生まれた。蛍はもう一度、相手の名を呼び、体を揺すった。昭弘が頭を上げる。彼はぼんやりと自分を見つめ、そして、瞳を揺らした。相手はとうとうと涙を流し、こちらの手首を掴んで瞼を閉じた。
「あき……ひろ……?」
 この人は、誰だ?
 こちらが動かないと、切羽詰まったように口づけられる。混乱した。
 こんなの昭弘じゃない。
 男は蛍を置き去りにしたまま、壊れたようにキスを繰り返す。この世にそれしかないように。言葉も感情も、そこにすべてが集約されているように。
 蛍は瞼をきつく閉じ、これが昭弘の症状なのだと、自分に言い聞かせた。
 キスをしたまま、昭弘をソファにそっと倒し、シャツの中へと手を入れる。薄い唇から吐息が漏れた。
「気持ちいい?」
 頷かれ、女のそれとは異なる硬い体を撫でていく。男の体だ。女とは違う。自分と同じ体。
 シャツのボタンを外し、肌に舌を這わせる。昭弘は体をのけぞらせ、息を乱した。
 心を鎮静させる薬として、自分は選ばれただけだ。傍にいる人間なら誰でもよかった。そういうときだったからこそ、こちらからの愛撫を受け入れてくれているのだ。この行為は、蛍と他人に大差のない行為。乳首を舐め、下半身をスラックスの上から、撫でまわす。

「蛍……」

 名前を呼ばれ、肩が跳ねた。
 コンコンと、ドアがノックされ、入ってもいいか、と三田の焦った声がした。声を発しようとし、唇を塞がれた。
「開けるぞ!」
 鍵が回され、三田が慌てた様子で入ってくる。
「悪いな。資料を忘れちまって」
 弁解した男が固まる。
 昭弘は三田がいるのに、キスをやめようとしない。彼の友人は忍び足でデスクへ行き、極力、音をたてないで何かを探した。友人の痴態を前に、戸惑わずに作業を進めていく男を、どこかで捉えながら、蛍は大切な人の欲求に応え続けた。スラックスの上から相手自身を揉む。彼は大きく息を吸い込み、こちらの腕を掴んだ。
「嬉しい」
 微笑まれ、蛍は無理やり唇を伸ばした。
「俺も嬉しい。大好きだよ」
 昭弘の頬を何度も涙が流れていく。きつく抱きしめられ、相手の背中に腕を回した。
「俺も好きだ。ずっと……。おかえり、蛍」

 え?
 ドサッ!

 振り返ると、大量の本と書類を、床に落とす三田がいた。彼は沈痛な面持ちで、昭弘を見つめていたが、昭弘がこちらから勢いよく離れると、目の色を変えた。
「あ……。俺……」
 昭弘が肌蹴たシャツに触れて、体を小刻みに揺らす。
「う、そ……だ。俺……蛍にまで、こんな……こんな、こ、と」
 大好きな男の顔が真っ青になっていく。それなのに動けない。声も出せない。
「勘違いすんな、馬鹿!」
 三田が大声を張り上げ、ソファまで来るなり、昭弘の頭を強く、はった。
「蛍は、お前のゲロの後始末をしてくれていただけだ」
「本当に?」
 まるで、催眠から解放された人間のようだった。
「マジもマジだ。それ以外になにがあるってんだよ。ったく、不規則な生活してっから、夢も現実もごっちゃになっちまうんだぞ」
 昭弘は、しおらしく、頭を垂れた。
「蛍、わりぃ、今日は帰ってくんねえか。話なら、また今度ってことで」
 それには応えず、浩平を身体で押しのけ、昭弘の手をとり、その甲を吸った。
 昭弘が小さく飛び上がり、三田からは叱咤される。
 だけど、昭弘がどこまで、ちゃんと覚えているのか、わからないから。
 唇を離し、親指で昭弘の手についた唾液を拭く。
「必ず、迎えにくる。そしたらさ……」
 奥歯を噛みしめ、相手を見つめる。従順な子どものようだ。
「エッチなこと、しような」
 蛍は立ち上がり、戸惑う三田と昭弘を残して、部屋を出た。
 ドアに背を預け、額に触れる。
 おかえり……。おかえり……か。



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