父の男

上野たすく

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誰かが誰かを愛している ~蛍視点~

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 いつの間にか、職員室は静まり返っていた。
 このままじゃ、昭弘はホモで変態の犯罪者だ。
 蛍は瞼を閉じ、押し上げ、担任の机にある吸殻を見つめた。
「俺を解剖して、肺を取り出してもらってもいいですよ。一回でも喫煙をしたら、肺が真っ黒になるらしいじゃないですか? 俺、喫煙したことないですから」
「そこまでするつもりはない。僕はただ、君のためを思って」
 蛍は微笑した。
 この男のつもりと昭弘のつもりの重さには、雲泥の差がある。
「俺は喫煙していません」
 担任は苦渋を顔面に貼りつかせた。
「それと、先生は誤解しているようだから言っておきますが」
 中野がこちらを見ている。
 自分の声が職員室中に反響している。
「先生が想像するような不幸は俺達の間にはありません。だから、あなたの言ったことは俺達への侮辱だ」
 蛍は頭を下げ、堂々と職員室を出た。
 子どもへの風当たりが厳しいなら、大人はその比ではないだろう。
 昭弘は十七年間、それに耐えてきてくれたのだ。
 たとえ、蛍を養う理由が不純だったとしても、与えてくれた思い出に偽りはない。
 鼓膜が震えないのに声が聞えた。
 急速に体温が下がり、眩暈に襲われる。
 幻聴はさも自分が正しい、と言わんばかりに、こう怒鳴り散らしていた。
 あんたの行動も言動も逆効果なんだよ!

    * * *

 昭弘が入院しているはずの病室は綺麗に片付けられていて、ナースステーションにいた看護師に、昭弘のことを訊くと退院したと言われた。
 蛍はアパートへ急ぎ、玄関のドアに鍵がかけられていないことに青ざめた。
 嫌な予感がした。
 昭弘はここにいない。
 ドアを開ける。
 カレーの匂いがした。
 昨日の夜、作って放置したままだ。
 この匂い。
 すぐにカレーだとわかる匂い。
 一人で初めて作った料理。
 蛍の一番苦手な料理。

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