父の男

誰かが誰かを愛している ～蛍視点～

5

　別に、夜を一人で過ごすことが、怖いわけじゃない。
　昭弘がいないから部屋に帰らなくてもいいだけの話。
　相手の顔を思い出し、蛍は眉を歪めた。
　昭弘の仕事のシフト表は蛍がご飯の支度を円滑に行えるようにと冷蔵庫に貼られている。
　今日、彼は当直ではない。
　だが、学校が終わってスーパーで晩の買い物をしている途中に携帯電話がバイブし、開いたら、友人の家へ泊まる、とのメールが入っていた。
　月に何回か、同じメールが送信される。
　友人……。
　性別も名前もわからない。
　だけど、たぶん、昭弘はその人間と寝ている。
　自分の体の下から女の喘ぎが聞えてくる。
　簡素なベッドの上、ここは俗に言う、ラブホテルの中。
「あん。いや……ん」
　女は自分を高めるために喘ぐのだと、最近、なんとなく、わかってきた。
　自分は男だから抱かれる側の気持ちにはなれない。
　なるつもりも、なりたいとも思わないが、だけど、もし、女のように相手から与えられる側であったならば、男でも、そうなるのだろうか？　
　男にも抱かれる技術というものが備わっているのだろうか？　
　たとえば、昭弘にも。
　父と昭弘が恋人同士であったなら、体を求め合ったであろうことは容易に想像がつく。
　昭弘が父を抱いていたのか。
　それとも、父に昭弘が抱かれていたのか、蛍にはこれといった判断材料がない。
　それなのに、女を抱いているとき、その柔らかい肉体が固く骨ばった男の身体へと変化をすることがあった。
　昭弘と性の話をしたことはない。
　彼の裸に欲情したこともない。
　だが、相手を取り換えても、いくら瞼を瞑って幻覚を消そうとしても、一度、女が昭弘に見えてしまうと、それは射精をするまで昭弘のままだった。
「あっ。……やだ。渋谷君」
　蛍…。
　女の声に昭弘のそれが重なる。
　咄嗟に、蛍は弾けた。
　息を切らせているのは女の声に違いないのに上下する体は男のもの。
　滑稽な夜はこうやって終わっていく。