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しばらくして、夏目は富嶽から距離を持つと、ズボンのポケットから通信機を出し、耳につけた。
「さて、指令班とこ、行こか。どんな命令されるんか、わくわくやな」
富嶽はジャケットから通信機を手にして装着し、唇を伸ばした。
「はい」
笑い返してくれる夏目の瞳が、青から茶色へと変化する。
相手は踵を返し、歩き出した。
富嶽は笑みを引っ込め、先を行く夏目の後に続いた。
指令班が主に活動する部屋は、機械が壁一面に並べられ、薄暗い。
戦闘服ではなく、スーツを着用した班員が、黙々と機械と格闘している。
「おはようございます」
背後で声がし、二人で振り返ると、三代奏恵と書類を抱えた神薙渉がいた。
「おはようさん。神薙さんも」
「おはようございます」
夏目と富嶽、それぞれの挨拶を、三代は真顔で受け、神薙は挨拶を返した。
「それで、俺達は何をしたら、ええん?」
自動ドアが開き、金森伊緒が飛び込んでくる。
「すみません。遅くなりました」
息を切らす彼女は富嶽達四人を見て、姿勢を正した。
三代が夏目を見た。
「夏目君は金森さんの指示にしたがってください」
夏目の瞳が僅かに揺らいだ。
三代はそんな夏目を無視し、困惑する金森へと首を曲げた。
「書類整理が溜まっているでしょう? 彼は今、指令班の指揮下にいます。指令班の業務は初めてでしょうから、あなたが指導してあげてください」
「……あ、はい」
金森の返答を聞いた三代の目が、今度は富嶽をとらえた。
「富嶽君には班員志願者を二名、鍛えてもらいます」
馴染みのない言葉に驚いた。
「俺に、ですか?」
「はい。試験日までに合格ラインまで引き上げてください」
三代が神薙を見やる。
「それでいいですね?」
神薙の表情が、一瞬、曇った。
「神薙さん?」
圧をかけるような三代の一声に、男は富嶽に頭を下げた。
「よろしく頼む」
富嶽は戸惑い、三代を見た。
「班員試験なら、俺じゃなく、夏目さんの方が適任だと思うのですが」
「今回は、基礎力の向上が目的です。神器を持たないあなたに、お願いしたいのです」
富嶽は意向を伺いたくて、夏目を振り返った。
夏目は首にかけられたゴーグルに触れ、微笑んだ。
「いいんやない? ご指名や。後輩を育成するっちゅうのの、経験にもなるやろ」
夏目の指先が小刻みに揺れている。
二人で行動をしたいと言っても、三代に一蹴されるだけだろう。
富嶽はズボンのポケットからハンカチを出し、震える夏目の手をとった。
金森さん、とこちらの行動を見守る女性に呼びかける。
「夏目さんのことですが、戦闘での傷が、まだ痛むときがあります。だから」
夏目の手首にハンカチを結びつけ、上から両手で包み込んだ。
「お手柔らかにお願いします」
金森に対し、富嶽は唇をそっと伸ばした。
「ええ。無茶はさせないわ」
使命感を露わにした彼女に礼を言い、夏目の手に触れた。
体温が低い。
富嶽は微笑みながら、夏目の手を揉むようにして温めた。
「昼食は一緒に食べましょう。俺が時間を調整します。金森さんと休憩に入ったなら、通信機で連絡をください。食堂で弁当が配給されるようなので、集合場所は食堂にしましょう」
夏目は首を横に振った。
「連絡はする。集合場所は自分らの部屋がええ。ずっと動いとると、たぶん、眠うなるで、部屋で、お前が作った焼きうどんが食べたい」
そう呟かれ、眦が下がった。
「わかりました」
「具は、鰹節と醤油がええ」
調理時間を考慮してくれたのだろう。
だが、夏目には栄養が必要だ。
できる限り、力になるものを食べさせてあげたい。
冷凍庫に野菜と豚肉のストックがあったはずだ。
それらをフライパンに投入しようと計画しながら、富嶽は夏目に笑いかけた。
「その二つは必ず入れますね」
夏目はこくりと頷いた。
手があたたかい。
よかった。
「話は終わったようですね。では、金森さんは夏目君と仕事に戻ってください」
三代が鋭く言い、
「はい」
と、金森がきりりと応えた。
夏目は、はにかみながら富嶽の手を握りしめ、離すと、金森のところへと向かった。
「大丈夫なの?」と金森が心配そうに、小声で尋ねるのが聞こえた。夏目が誤魔化すように笑い、金森は仕方ないなあというように溜息をついて、苦笑した。
二人が部屋を出て、自動ドアが閉まったことを確認していると、三代と目が合った。
彼女は富嶽を観察していたらしかったが、その成果を口にはしなかった。
「さて、指令班とこ、行こか。どんな命令されるんか、わくわくやな」
富嶽はジャケットから通信機を手にして装着し、唇を伸ばした。
「はい」
笑い返してくれる夏目の瞳が、青から茶色へと変化する。
相手は踵を返し、歩き出した。
富嶽は笑みを引っ込め、先を行く夏目の後に続いた。
指令班が主に活動する部屋は、機械が壁一面に並べられ、薄暗い。
戦闘服ではなく、スーツを着用した班員が、黙々と機械と格闘している。
「おはようございます」
背後で声がし、二人で振り返ると、三代奏恵と書類を抱えた神薙渉がいた。
「おはようさん。神薙さんも」
「おはようございます」
夏目と富嶽、それぞれの挨拶を、三代は真顔で受け、神薙は挨拶を返した。
「それで、俺達は何をしたら、ええん?」
自動ドアが開き、金森伊緒が飛び込んでくる。
「すみません。遅くなりました」
息を切らす彼女は富嶽達四人を見て、姿勢を正した。
三代が夏目を見た。
「夏目君は金森さんの指示にしたがってください」
夏目の瞳が僅かに揺らいだ。
三代はそんな夏目を無視し、困惑する金森へと首を曲げた。
「書類整理が溜まっているでしょう? 彼は今、指令班の指揮下にいます。指令班の業務は初めてでしょうから、あなたが指導してあげてください」
「……あ、はい」
金森の返答を聞いた三代の目が、今度は富嶽をとらえた。
「富嶽君には班員志願者を二名、鍛えてもらいます」
馴染みのない言葉に驚いた。
「俺に、ですか?」
「はい。試験日までに合格ラインまで引き上げてください」
三代が神薙を見やる。
「それでいいですね?」
神薙の表情が、一瞬、曇った。
「神薙さん?」
圧をかけるような三代の一声に、男は富嶽に頭を下げた。
「よろしく頼む」
富嶽は戸惑い、三代を見た。
「班員試験なら、俺じゃなく、夏目さんの方が適任だと思うのですが」
「今回は、基礎力の向上が目的です。神器を持たないあなたに、お願いしたいのです」
富嶽は意向を伺いたくて、夏目を振り返った。
夏目は首にかけられたゴーグルに触れ、微笑んだ。
「いいんやない? ご指名や。後輩を育成するっちゅうのの、経験にもなるやろ」
夏目の指先が小刻みに揺れている。
二人で行動をしたいと言っても、三代に一蹴されるだけだろう。
富嶽はズボンのポケットからハンカチを出し、震える夏目の手をとった。
金森さん、とこちらの行動を見守る女性に呼びかける。
「夏目さんのことですが、戦闘での傷が、まだ痛むときがあります。だから」
夏目の手首にハンカチを結びつけ、上から両手で包み込んだ。
「お手柔らかにお願いします」
金森に対し、富嶽は唇をそっと伸ばした。
「ええ。無茶はさせないわ」
使命感を露わにした彼女に礼を言い、夏目の手に触れた。
体温が低い。
富嶽は微笑みながら、夏目の手を揉むようにして温めた。
「昼食は一緒に食べましょう。俺が時間を調整します。金森さんと休憩に入ったなら、通信機で連絡をください。食堂で弁当が配給されるようなので、集合場所は食堂にしましょう」
夏目は首を横に振った。
「連絡はする。集合場所は自分らの部屋がええ。ずっと動いとると、たぶん、眠うなるで、部屋で、お前が作った焼きうどんが食べたい」
そう呟かれ、眦が下がった。
「わかりました」
「具は、鰹節と醤油がええ」
調理時間を考慮してくれたのだろう。
だが、夏目には栄養が必要だ。
できる限り、力になるものを食べさせてあげたい。
冷凍庫に野菜と豚肉のストックがあったはずだ。
それらをフライパンに投入しようと計画しながら、富嶽は夏目に笑いかけた。
「その二つは必ず入れますね」
夏目はこくりと頷いた。
手があたたかい。
よかった。
「話は終わったようですね。では、金森さんは夏目君と仕事に戻ってください」
三代が鋭く言い、
「はい」
と、金森がきりりと応えた。
夏目は、はにかみながら富嶽の手を握りしめ、離すと、金森のところへと向かった。
「大丈夫なの?」と金森が心配そうに、小声で尋ねるのが聞こえた。夏目が誤魔化すように笑い、金森は仕方ないなあというように溜息をついて、苦笑した。
二人が部屋を出て、自動ドアが閉まったことを確認していると、三代と目が合った。
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