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102 (富嶽視点)
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富嶽は戦闘服姿で、夏目の診察に付き合った。
甦禰看は救護班の衣服を身にまとい、赤十字の腕章をつけている。
診察室は救命室と隣接し、構造は個室だ。甦禰看は夏目が戦闘服姿であることには言及しなかった。
「傷の具合は良好です。このまま様子をみていきましょう。クローバー病についてですが」
甦禰看の声が重い響きへと変わる。
「模様による、心臓への侵食がみられました」
富嶽は息を止めた。
夏目は視線を動かさず、言葉も出さなかった。
「叢雲の使用不使用にかかわらず、朝と夕、処方した薬を飲んでください。体調に変化があれば、時間にかかわらず、連絡をください。今日はこれで」
夏目は立ち上がり、頭を下げた。
背を向け、歩き出す夏目を、富嶽は甦禰看にお辞儀をしてから追った。
夏目は無言で廊下に出た。
救護班の班員が忙しなく、働いている。
夏目は彼らの姿を見つめ、口角を上げた。
「甦禰看さん、俺に動くなって言わへんかったな」
「はい」
夏目は破顔した。
「俺はまだまだイケるっちゅうことやな」
富嶽は奥歯を噛みしめ、頬をこわばらせた。
違う。甦禰看さんは、今の状態がギリギリだと言いたかったんだ。
そんなこと、夏目さんも、きっと、わかっている。
わかっているのに、休むことができないのは、俺が三つ葉であり、特殊武器を使う才能がなく、総じて、頼りないからだ。
体内を駆け巡る思考に、涙がせり上がってくる。
悔しさが外に漏れぬよう、富嶽は拳を握りしめた。
「富嶽?」
夏目が顔を覗き込んでくる。
富嶽は咄嗟に視線を外した。
相手は何も言わない代わりに、富嶽の手を引き、早足に救護班の仕事場から離れた。
連れて行かれたのは、救護班が使用していない袋小路だった。
壁に背を押しつけられ、戸惑った。
無様な顔など見られたくない。
それなのに、距離を縮められる。
居たたまれなくて、その場から逃げようとし、夏目の腕に行く手を塞がれた。
「末期患者とは、おりたあない?」
青ざめ、相手を見た。
「ちがっ! なに言って」
「うん」
視界が、夏目の青い瞳で満たされる。
「ちゃうよな?」
唇の上で、夏目の唇が動く。
「意地悪言うて、ごめん」
唇が重ねられる。
富嶽は息を飲んだ。
夏目の体温が体内に入り込み、瞼が下がっていく。
キスが深くなる。
夏目の背に腕を回したとき、彼の体が微かに震えていることを知った。
クローバー病の進行は、富嶽の体の話ではない。
夏目本人が一番、怖いのだ。
夏目の口づけは、不安と恐怖から意識を逸らそうとすることの裏返しのように、懸命なものだった。
富嶽はしっかりと地面を踏んだ。
無力であることに、心を折られてはいけない。
少なくとも、夏目は富嶽の支えを必要としている。
されるままになっていたキスに応えると、夏目の動きがとまった。
相手の背中を、できる限りやさしく撫でる。
富嶽は夏目に抱き寄せられた。
夏目はどんな世界を見ているのだろう。
自分には見えないけれど、確かに存在する世界。
伝わってくれ。
俺は、夏目さんに、生きていて欲しい。
夏目さんが安心して寄りかかれるように、俺は決して倒れたりしない。
届いたのか、届かなかったのか、定かではないが、相手はキスをやめ、富嶽を抱きしめた。
鼓動を感じる。
そして、静かで落ち着いた笑い声が聞こえる。
「なにか、おかしいですか?」
夏目は富嶽の肩に額をつけながら、柔らかく笑った。
「ここは、あったかいなあ」
夏目は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
時が失われたように動かなくなる。
富嶽は夏目が再び顔を上げるまで、夏目の体が傾ぐことのないよう、微動だにせず、ただひたすら、支えることに心血を注いだ。
甦禰看は救護班の衣服を身にまとい、赤十字の腕章をつけている。
診察室は救命室と隣接し、構造は個室だ。甦禰看は夏目が戦闘服姿であることには言及しなかった。
「傷の具合は良好です。このまま様子をみていきましょう。クローバー病についてですが」
甦禰看の声が重い響きへと変わる。
「模様による、心臓への侵食がみられました」
富嶽は息を止めた。
夏目は視線を動かさず、言葉も出さなかった。
「叢雲の使用不使用にかかわらず、朝と夕、処方した薬を飲んでください。体調に変化があれば、時間にかかわらず、連絡をください。今日はこれで」
夏目は立ち上がり、頭を下げた。
背を向け、歩き出す夏目を、富嶽は甦禰看にお辞儀をしてから追った。
夏目は無言で廊下に出た。
救護班の班員が忙しなく、働いている。
夏目は彼らの姿を見つめ、口角を上げた。
「甦禰看さん、俺に動くなって言わへんかったな」
「はい」
夏目は破顔した。
「俺はまだまだイケるっちゅうことやな」
富嶽は奥歯を噛みしめ、頬をこわばらせた。
違う。甦禰看さんは、今の状態がギリギリだと言いたかったんだ。
そんなこと、夏目さんも、きっと、わかっている。
わかっているのに、休むことができないのは、俺が三つ葉であり、特殊武器を使う才能がなく、総じて、頼りないからだ。
体内を駆け巡る思考に、涙がせり上がってくる。
悔しさが外に漏れぬよう、富嶽は拳を握りしめた。
「富嶽?」
夏目が顔を覗き込んでくる。
富嶽は咄嗟に視線を外した。
相手は何も言わない代わりに、富嶽の手を引き、早足に救護班の仕事場から離れた。
連れて行かれたのは、救護班が使用していない袋小路だった。
壁に背を押しつけられ、戸惑った。
無様な顔など見られたくない。
それなのに、距離を縮められる。
居たたまれなくて、その場から逃げようとし、夏目の腕に行く手を塞がれた。
「末期患者とは、おりたあない?」
青ざめ、相手を見た。
「ちがっ! なに言って」
「うん」
視界が、夏目の青い瞳で満たされる。
「ちゃうよな?」
唇の上で、夏目の唇が動く。
「意地悪言うて、ごめん」
唇が重ねられる。
富嶽は息を飲んだ。
夏目の体温が体内に入り込み、瞼が下がっていく。
キスが深くなる。
夏目の背に腕を回したとき、彼の体が微かに震えていることを知った。
クローバー病の進行は、富嶽の体の話ではない。
夏目本人が一番、怖いのだ。
夏目の口づけは、不安と恐怖から意識を逸らそうとすることの裏返しのように、懸命なものだった。
富嶽はしっかりと地面を踏んだ。
無力であることに、心を折られてはいけない。
少なくとも、夏目は富嶽の支えを必要としている。
されるままになっていたキスに応えると、夏目の動きがとまった。
相手の背中を、できる限りやさしく撫でる。
富嶽は夏目に抱き寄せられた。
夏目はどんな世界を見ているのだろう。
自分には見えないけれど、確かに存在する世界。
伝わってくれ。
俺は、夏目さんに、生きていて欲しい。
夏目さんが安心して寄りかかれるように、俺は決して倒れたりしない。
届いたのか、届かなかったのか、定かではないが、相手はキスをやめ、富嶽を抱きしめた。
鼓動を感じる。
そして、静かで落ち着いた笑い声が聞こえる。
「なにか、おかしいですか?」
夏目は富嶽の肩に額をつけながら、柔らかく笑った。
「ここは、あったかいなあ」
夏目は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
時が失われたように動かなくなる。
富嶽は夏目が再び顔を上げるまで、夏目の体が傾ぐことのないよう、微動だにせず、ただひたすら、支えることに心血を注いだ。
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