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ほどなくして、月見里がミルクぱんがゆを持ってきた。
「朝波君の食事は、僕に任せてくれ。君は君の食事を」
「ありがとうございます」
お願いします、と手渡された食事は、適度に冷まされていた。
朝波が今の状態になってから、僅かな時間しか経っていない。それでも、この青年は、大切な友のために、何をするべきなのか、学び、実行しているのだ。
この若者たちの未来を絶やしてはいけない。
そう思わせるだけの光を、月見里は持っていた。
もしかすると、今まで関わってきた人々にも、そのような輝きがあったのかもしれない。この数日で、神薙は何かの学問を新しく学んだでも、今までの知識を掘り下げたわけでもなかった。だから、月見里の抱く光に気づけたのは、感性うんぬんの話なのだ。
長年、生きることに重きを置いてきた神薙にとって、多くの感情は害でしかなかった。生きることに最小限の欲求だけあれば十分だと、他の感情を拒絶してきて、今がある。心置きなく話せる友人も、趣味やこれといった好きな飲食物もないが、生きるための土台を作ることはできた。
だが、本当は押さえ込んでも、隠しきれないたくさんの感情があることに、気がついていた。そして、時として、害でしかないものが溢れ出し、結果、自分の首を絞めるような行動に出てしまうことも、わかっていた。飯島が月見里に注射を打とうとした際、月見里を逃がしたのは、まさしくそのような悪癖だったのだ。
月見里と話していて思い出した同僚の死についても、当時は、その事実だけを、ただ受け入れた。彼と特別親しかったわけではなかったから、そうするのは容易かった。なのに、月見里の前で、神薙の口は、その同僚から頼られたかったという感情を零した。今、押さえ込んできた感情が、彼から得た苦い過去や救われた過去を引き連れて、神薙の内部を抉っていた。
生きていて欲しかった。生きるために、頼って欲しかった。
空しい願いには、神薙を攻める声が伴っていた。
そのための土台を、お前は作ってこなかっただろう。
反論できなかった。
神薙は朝波の口に、微笑みながらかゆを運んだ。意識をすれば、心でどう思おうが、表情は繕える。
が、朝波の左手の小指に銀色の指輪がはまっていることに気づき、目を見開けてしまった。昨日まではついていなかったはずだ。ちらりと月見里を確認する。彼の小指にも指輪があった。
朝波の状態を考えれば、月見里がつけたのだろう。二人の意思というよりは、月見里の決意のシンボルのような指輪だとは思った。
しかし、朝波がその指輪を当たり前のようにつけ続けているのは、彼が月見里の想いを汲んだようにも見えた。
人と人の繋がりを意識したとき、絢斗が脳裏に浮かんだ。
そして、月見里達のように、繋がりを具現化したものを自分達もつけたい、という欲が生まれ、驚いた。
絢斗の枷になりたくないと言ったのは、誰でもない。自分ではないか。
苦笑すると、月見里が声をかけてきた。
見計らっていたようなタイミングだった。
「野岸はどうしているんですか?」
「部屋で、班員試験のための勉強をしている」
月見里は食べていた菓子パンを下げた。
「勉強って、試験範囲が明かされているんですか?」
「大まかな範囲だが」
「俺も、交ざってもいいですか?」
思わぬ申し入れに戸惑った。
神薙が絢斗のために月見里達に望んでいたことは、班員試験の勉強に焦点を当てたものではなく、それこそ、一緒に机を並べて学習をしてくれたなら、別々の学びをしていても構わなかったからだ。班員試験の勉強を月見里に頼むのは、彼に班員になれと言っているようなものだ。だが、月見里は神薙が願わなくとも、班員になろうとしている。
何のために?
「班員試験を受けるのか?」
「はい」
神薙は何を言うべきか迷った。
月見里が班員になれば、新月を振るってくれるかもしれない。上層部の人間は喜ぶことだろう。しかし、オニキスでの戦闘は遊びではない。命を落とすかもしれないのだ。
「新月を、他の誰かに渡すわけにはいかないんです」
月見里が動く理由はそこにあるのか。
神薙は月見里の決意に、姿勢を正した。
「……わかった。できる限り協力する」
「ありがとうございます」
月見里は深く頭を下げ、パッと上げると、菓子パンを力強く噛んだ。
目標に突き進もうとする青年の眼差しを、複雑な気持ちで見つめていると、腕を引っ張られた。振り向くと、朝波がミルクがゆの入った器に手を突っ込もうとし、焦った。器をすばやく横にずらし、体勢を整えてから、朝波の口へとかゆを運んだ。
「朝波君の食事は、僕に任せてくれ。君は君の食事を」
「ありがとうございます」
お願いします、と手渡された食事は、適度に冷まされていた。
朝波が今の状態になってから、僅かな時間しか経っていない。それでも、この青年は、大切な友のために、何をするべきなのか、学び、実行しているのだ。
この若者たちの未来を絶やしてはいけない。
そう思わせるだけの光を、月見里は持っていた。
もしかすると、今まで関わってきた人々にも、そのような輝きがあったのかもしれない。この数日で、神薙は何かの学問を新しく学んだでも、今までの知識を掘り下げたわけでもなかった。だから、月見里の抱く光に気づけたのは、感性うんぬんの話なのだ。
長年、生きることに重きを置いてきた神薙にとって、多くの感情は害でしかなかった。生きることに最小限の欲求だけあれば十分だと、他の感情を拒絶してきて、今がある。心置きなく話せる友人も、趣味やこれといった好きな飲食物もないが、生きるための土台を作ることはできた。
だが、本当は押さえ込んでも、隠しきれないたくさんの感情があることに、気がついていた。そして、時として、害でしかないものが溢れ出し、結果、自分の首を絞めるような行動に出てしまうことも、わかっていた。飯島が月見里に注射を打とうとした際、月見里を逃がしたのは、まさしくそのような悪癖だったのだ。
月見里と話していて思い出した同僚の死についても、当時は、その事実だけを、ただ受け入れた。彼と特別親しかったわけではなかったから、そうするのは容易かった。なのに、月見里の前で、神薙の口は、その同僚から頼られたかったという感情を零した。今、押さえ込んできた感情が、彼から得た苦い過去や救われた過去を引き連れて、神薙の内部を抉っていた。
生きていて欲しかった。生きるために、頼って欲しかった。
空しい願いには、神薙を攻める声が伴っていた。
そのための土台を、お前は作ってこなかっただろう。
反論できなかった。
神薙は朝波の口に、微笑みながらかゆを運んだ。意識をすれば、心でどう思おうが、表情は繕える。
が、朝波の左手の小指に銀色の指輪がはまっていることに気づき、目を見開けてしまった。昨日まではついていなかったはずだ。ちらりと月見里を確認する。彼の小指にも指輪があった。
朝波の状態を考えれば、月見里がつけたのだろう。二人の意思というよりは、月見里の決意のシンボルのような指輪だとは思った。
しかし、朝波がその指輪を当たり前のようにつけ続けているのは、彼が月見里の想いを汲んだようにも見えた。
人と人の繋がりを意識したとき、絢斗が脳裏に浮かんだ。
そして、月見里達のように、繋がりを具現化したものを自分達もつけたい、という欲が生まれ、驚いた。
絢斗の枷になりたくないと言ったのは、誰でもない。自分ではないか。
苦笑すると、月見里が声をかけてきた。
見計らっていたようなタイミングだった。
「野岸はどうしているんですか?」
「部屋で、班員試験のための勉強をしている」
月見里は食べていた菓子パンを下げた。
「勉強って、試験範囲が明かされているんですか?」
「大まかな範囲だが」
「俺も、交ざってもいいですか?」
思わぬ申し入れに戸惑った。
神薙が絢斗のために月見里達に望んでいたことは、班員試験の勉強に焦点を当てたものではなく、それこそ、一緒に机を並べて学習をしてくれたなら、別々の学びをしていても構わなかったからだ。班員試験の勉強を月見里に頼むのは、彼に班員になれと言っているようなものだ。だが、月見里は神薙が願わなくとも、班員になろうとしている。
何のために?
「班員試験を受けるのか?」
「はい」
神薙は何を言うべきか迷った。
月見里が班員になれば、新月を振るってくれるかもしれない。上層部の人間は喜ぶことだろう。しかし、オニキスでの戦闘は遊びではない。命を落とすかもしれないのだ。
「新月を、他の誰かに渡すわけにはいかないんです」
月見里が動く理由はそこにあるのか。
神薙は月見里の決意に、姿勢を正した。
「……わかった。できる限り協力する」
「ありがとうございます」
月見里は深く頭を下げ、パッと上げると、菓子パンを力強く噛んだ。
目標に突き進もうとする青年の眼差しを、複雑な気持ちで見つめていると、腕を引っ張られた。振り向くと、朝波がミルクがゆの入った器に手を突っ込もうとし、焦った。器をすばやく横にずらし、体勢を整えてから、朝波の口へとかゆを運んだ。
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