クローバー

上野たすく

文字の大きさ
上 下
68 / 120

68

しおりを挟む
「昨日のことや、朝波のことを考えれば、あかんとは思うんですが、叢雲を使うことをできるだけひかえたいんです」
「どういうことですか?」
 間髪入れずに、三代から質問が飛んできた。
「叢雲を使うとクローバー病が進行してまうんです。甦禰看さんから薬をもろてるんですが、進行をとめるだけで、治すもんとちゃうから、いつかは動けへんなってまうと思うんです」
「そうなのですか? 甦禰看班長」
 三代さんの視線を受け、甦禰看は静かに頷いた。
 冷静な美女が目で苛立ちを露わにした。
 彼女が練る作戦では、神器が必要不可欠なのだろう。
 新月の力が望めない今、叢雲まで制限をかけることに、抵抗があるのだ。
「すみません、こんな時に。せやけど、生きとうなってもうたんです」
 俯いた夏目を思い、富嶽は繋がっている夏目の手を、もう片方の手で包みこみ、三代を見た。
「指令班の指揮下には、俺も入ります。ですから、どうか、意思を汲みとってください」
「アホか。三つ葉が神器の代わりになるかよ。はあ、やっぱ、F班はなくそうぜ。制限かけるくらいなら、もう、なくていいわ。夏目さんさあ、生きたいなら隠居したら、どうよ」
 瀬戸内は小馬鹿にしたように口角を上げた。
「叢雲はたくさんの人を犠牲にして作られたんや。その人達のためにも、叢雲は人を守らなあかん。そやないと、関わった人、みんながうかばれん」
「だったら、いさぎよく、使えるもん使って、気持ち良く死んだらいいんじゃねえの? うじうじ、うじうじ。生きてえのか、死にてえのか、中途半端で、見ていて、ムカつくんだよっ」
 浮世絵の伊佐那を叱る声が聞こえた気がした。
 しかし、その声は富嶽が拳を机に振り下ろした音で、かき消えた。
 富嶽は立ち上がり、瀬戸内を睨みつけた。
 瀬戸内は富嶽を蔑むように見た。
「座れ。はっきりせん俺が悪いんや」
 夏目が腕を引っ張ってくる。
「夏目さんは何も悪くない!! どうして、言い返さないんですか? 生きたいと思うことも、叢雲で人を救おうと思うことも、夏目さんの大切な意思でしょ? 夏目さんが叢雲のことで負い目があったとしても、ここまで暴言を吐かれる筋合いはないはずだ!」
 夏目が目を見開き、動きをとめる。
 瀬戸内は富嶽に半眼を向けた。
「弱い奴ほど、よく喚くってのは、本当だったんだな。ぐだぐだ、うぜえから教えてやる。イーバにゃ、感情論はきかねえんだよ! 人型だって、地球人と同じ感情を持っているとは限らねえ。お前らの要求は、誰かの負担があって成り立つんだ。始めっから、単独で動けねえ奴が、動かねえといけねえ側の人間に意見すんじゃねえよ!」
 富嶽は奥歯を噛みしめた。
 悔しいが、特殊武器を使えず、三つ葉の特性を持つ自分の弱さは、身に染みている。
 悶々としていると、夏目がふっと笑った。
「ようわかった。俺が甘ちゃんやった。なんも背負わんと注文だけしとったら、そりゃ対等やないわな」
「夏目さん?」
 勢いをなくした富嶽に、夏目は微笑んだ。
「富嶽と瀬戸内のおかげで、なんか、吹っ切れたわ。おおきに」
「じゃ、F班は消滅ってことで話、進めましょうか。夏目さんは戦闘から離れて、はれて一般人だ。富嶽はうちがもらいます。イーバに歯向かえる、唯一の三つ葉だ。ちったあ、役に立つでしょうから」
「F班は解散せえへんし、富嶽はやらん。てか、君、さっきから、人んとこの班員への態度、えげつないで。俺は自業自得やで気の済むよう言うてもろてもええけど、富嶽はちゃうやろ」
 笑顔で対抗する夏目に、瀬戸内が何かを言おうと息を吸い込んだとき、三代が咳払いをした。
「瀬戸内班長、続きは、会議の後にしていただいても、よろしいですか?」
 三代の鋭い眼差しに、瀬戸内は舌打ちし、腕を組み、口をへの字に曲げた。
 富嶽は夏目に引っ張られるようにして、着席した。
「夏目班長、一時的ではありますが、富嶽君も指令班の指揮に従ってもらうということで間違いありませんか?」
 三代の質問を聞き、夏目が富嶽に視線を向けてくる。
 富嶽は首肯した。
「間違いありません」
 夏目が言うと、三代は前方へと首を戻した。
「F班はこの時から指令班の指揮下に入ります。彼らに意見があるなら、班長である私を通してください」
 F班の盾になるような発言に、三代を窺った。
 彼女はいつも通りの綺麗な顔を崩さず、毅然としていた。
「また、叢雲の使用制限について採決をとりたいと思います。納得がいかない方は挙手してください」
 誰も、瀬戸内ですら、手をあげようとしなかった。
「叢雲の使用制限は認められました。以後、意見を翻すことのないよう、願います」
 富嶽は採決の結果に感謝した。
「班員試験、及び、特殊武器の訓練について、早急に、日程を組み、後日、紙面で報告します。では、班長会議を終わります」
「待ってよ」
 赤星が瞳を揺らしながら、三代の言葉を遮った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

処理中です...