クローバー

上野たすく

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 三代が咳払いをする。
 瀬戸内と和堂が同時に、彼女を見た。
「瀬戸内班長、和堂班長、話を始めてもよろしいですか?」
 三代の鋭い眼差しに、二人の男は口をつぐんだ。
「では、班長会議を始めます」
 そこにいる、すべての人間の視線が三代に注がれる。
「昨日のイーバからの襲撃により、多くの被害が出ていることは、皆さんもご存知だと思います。また、知性のある人型イーバの目撃も報告されました。今までとは明らかに違う状況になったと言わざるをえません。対外的にも、対内的にも」
 誰もが三代の次の言葉を待つ。
 三代への班長達の信頼は厚いようだ。
「朝波君は、しばらく、戦闘には参加できません」
 場が一瞬、ざわつく。
 だが、誰も声を形にしなかった。
 三代がその理由を話さないはずがない、と信じているのだ。
「朝波君には記憶障害の症状が出ています。日常生活に支障が出るほどの」
 場が静まりかえる。
「なんで?」
 立ち上がったのは、赤星だった。
「何があったの? 原因は何?」
 感情を露わにした赤星に対し、三代は顔色を変えなかった。
「はっきりしたことは言えません。しかし、甦禰看班長の所見では、心因性ではないか、ということです」
 赤星の視線が、三代の隣に座る甦禰看へ向けられる。
「頭への外傷が見受けられなかったため、そう判断しました」
 赤星は何かを言いかけたが、唇を噛み、着席した。
 浮世絵が心配そうに赤星を見る。
 その様子を横目に、瀬戸内が腕を組んだ。
「神器持ちだか知らねえが、戦えねえ奴は守られときゃいいんだ。今までと、なんにも変わらねえよ」
 龍崎は瞼を閉じ、浮世絵は俯いた。
 赤星にいたっては、甦禰看とのやりとりから、まだ抜けられていないようだ。
 夏目は気むずかしい表情で一点を見つめている。
 瀬戸内に同意したのは、和堂だった。
「確かに、朝波が戦闘に耐えうる状況でないなら、彼はもはや守られる側だ。その点で言えば、僕達、戦闘班のすべきことは変わらない。だが、問題は、守る対象が増えたことではなく、朝波が守る対象になったということだ」
 和堂の指摘に、瀬戸内が眼差しを細めた。
「それはわかってんだよ。わかってても、戦えねえなら、除外するしかねえんだよ。それとも、なにか? てめえは、戦えねえ奴でも、神器が使えるからってだけで、戦闘に引っ張り出すってのか? 鬼畜野郎」
「朝波を戦地に出し、みすみす殺される方が痛い。僕が言いたかったのは、欠如した戦力を補強するためにも、朝波の戦闘離脱が、イーバに勝利するうえで、どれほどのマイナス要因になるのかを調べ、共有すべきということだ」
「調べるだけ時間の無駄だ。んなことするくらいなら、俺達を含め、班員の育成に力を入れるこったな」
 淡々と言った和堂に対し、瀬戸内が冷静に返す。
「朝波の実力を知るのが怖いのか?」
 瀬戸内は、和堂の挑発には乗らず、ふんと鼻を鳴らした。
「朝波の穴は簡単には埋められねえ。だからこそ、今より少しでも俺達の戦闘能力を上げるよう、鍛えるしかねえんだよ」
 富嶽はどちらの男の意見にも、一理あると思った。
 そして、それは富嶽だけではなかったようだ。
 龍崎が瞼を押し上げ、三代を見た。
「瀬戸内、和堂、両者の意見は共に取り入れるべきだろう」
 三代は首肯し、班長を見回した。
「新月が戦闘において、どのような位置づけであったのか。分析は指令班がまとめます。皆さんも、朝波君がどう動き、新月が何を発動できたのか、各班員に、実際、目にしたことを確認し、指令班へあげてください」
 三代の指示に、浮世絵だけが小さく頷いた。
「班員の育成については、赤星班長、浮世絵班長、甦禰看班長には伝えましたが、改めて特殊武器の訓練に参加していただきます。その際、特殊武器を使用できる班長には、班員への直接の指導を行っていただきます。また、今回の班員試験は、クローバーの葉数に関係なく募集を行い、増員に努めます。そして、夏目班長」
 三代の視線を受け、夏目がハッと我に返る。
「あなたが金森さんに、独断でF班に登録させた、月見里一心君の件ですが、ネオ・シードの規則では、本来であれば、班長の資格を剥奪し、収容における罰が妥当です。ですが、神器を使用できるあなたを、戦闘から遠ざけることは、住民にとって喜ばしいことではありません。また、あなたが月見里君をオニキスへ連れて行くうえで、条件を設けたことを踏まえ、班長の資格剥奪を保留し、収容されるべき日数分、私達、指令班の指揮下に入ってもらいます。拒むのであれば、従来通り、あなたを罰します。今、ここで返事をいただけませんか?」
「俺は一心を施設に入れたことについては、後悔していません。せやけど、一心と離れてもうたことは後悔しています。だから、指令班に従うことに、異存はありません。ただ、金森は俺に無理強いさせられただけです。金森が嫌な思いをせえへんことが、三代さんの言いなりにならせてもらう条件です」
 三代は眉すら動かさなかった。
「対イーバ戦において、私は班員に裁量権を与えています。私の信頼を得られないならば、そもそも指令班には所属できないということです。たとえ、あなたからの頼まれ事であったとしても、受けつけられない内容であれば、金森さんは依頼をはねつけたでしょう。昨日、私達は前例にない状況に陥りました。金森さんは一刻も早く、あなたをオニキスへ転送することを選んだまで。むろん、指令班班長として事情は聴きました。彼女からは謝罪もされました。ですが、金森さんは月見里君の件を秘匿せず、報告をあげています。私は彼女を罰するつもりはありません。しかし、これからのイーバとの戦いにおいて、規則を曲げなければいけない場面に遭遇する可能性がある点を考慮し、指令班はネオ・シードを守るための共通認識を深めるため、改めて教育を行う予定であり、彼女の行動も班員に自ずと知れるでしょう」
 夏目の表情が曇る。
 自責の念からかもしれないが、夏目が金森を思う態度に胸が痛み、そんな自分を富嶽は嫌悪した。
 三代は夏目の変化に、すぐさま反応した。
「さきほども言ったとおり、金森さんは報告をあげています。それは指令班の班員であれば誰もが見ることができます。彼女への陰口を防ぐためにも、再教育という場で公にした方が良いのではないでしょうか?」
 夏目は納得がいかないというように、眉を歪めた。
 三代はその様子に溜息を漏らした。
「夏目君は過保護ですね。そんなに金森さんが気になるなら、彼女の将来を考え、身を引くなり、支える覚悟を見せるなりしたら、どうですか? 私からすれば、金森さんにとって一番の毒はあなたです」
 三代の指摘に、龍崎が腕を組んだまま、頷くように俯き、和堂は夏目を威嚇するように顔を向け続けた。
 何人もの人間が、金森の夏目への恋心に気づいているのだ。
 こんなにわかりやすいのに、当の本人はといえば。
「俺がわがまま言うたんは反省しています。だから、金森には迷惑をかけとうないんです」
 三代はしばし、夏目を見つめ、視線を逸らした。
「事実を言えば、データも残さず、規則を越えた行動をしている班員もいます。裁量権を与えている以上、私が許可を出したも同然。金森さんへの批判や陰口は私へ向けられたも同然。その場合、班員への裁量権について考え直さなければいけませんし、私自身が班長からおろされる可能性もあるでしょうが、それがどれだけ不幸なことか、指令班の班員は心得ているはずです」
 三代が不敵に笑む。
 その笑みは美しかったが、それゆえ、いっそう冷たく映った。
「反論はありますか?」
「すごい自信ですね」
 夏目は苦笑いをした。
「けど、金森が三代さんに守ってもらえることはわかりました。俺への処罰の件なんですが」
 繋がっている手を強く握られる。
 叢雲の使用制限の文字が、富嶽の頭に浮かんだ。
「指令班の指揮に入る前に言うておきたいことがあります」
 夏目が各班長を見回す。
「みんなにも、聴いてもらいたい」
 赤星が力なく、顔を上げた。
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