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53(神薙視点)
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神薙渉はデスクにあるパソコンを起動させ、送られてきたメールを確認し、一つ一つ、処理をした。
その中には、飯島から要求された、月見里一心に対する飯島の命令に背いたことへの始末書もあった。
筋肉のはった肩を揉み、自分がまだ背広を脱いでいないことを知る。
食べ物を炒めた際の油の匂いが染みついていた。
頭に浮かんだのは、何かしらの感情ではなく、贔屓にしているクリーニング店だった。
背広を脱ごうとし、右腕のネクタイに、動きを止めた。
解くという行動より先に、なぜ、解かなかったのかという疑問が頭の中を占める。
答えを探そうとし、早々に諦め、ネクタイを解いた。
皺がつき、よれたネクタイに、また、クリーニング店が思い浮かぶ。
最近、特定の場所にしか行っていない気がする。
生活がルーティーン化されているのだ。
飯島の下で働くようになって数ヶ月、以前よりも時間外労働が増えている。
まともに、休んだのはいつだったか。
背広を脱ぎ、椅子にかけて、パソコンのキーボードに指をのせる。
自分が作った炒飯の匂いを上書きするように、甘ったるい香りが鼻孔をくすぐった。性欲が自分の感情を無視してわき上がってくる。ハンカチで口と鼻を覆い、換気扇を回そうと立ち上がったとき、浴室から大きな物音が聞こえた。
神薙は、ハンカチで顔を押さえたまま、浴室へと走った。
ドアのノブに手を伸ばし、躊躇う。
絢斗は神薙に裸を見られたくないのだ。
「大丈夫か? なにがあった?」
「来るな! 来たら、殺す!」
叫び声の合間の呼吸が乱れていた。
体調に異変が起こったのだろう。
神薙は怒鳴られる覚悟で、ノブを捻った。
「ひっ!」
青年がひきつった声をあげた。
リビングで嗅いだ、甘ったるい香りが濃くなり、瞬間、神薙は意識を飛ばした。
気づいたときには、四つん這いになった自分の下に、絢斗がいた。
呼吸と体温の上昇が正常ではない。
絢斗だけでなく、自分も。
青年の、さっきまでの刺々しい態度からは想像もつかないような、艶めかしさに性欲を煽られる。
彼の両手を拘束しているのは、確かに自分の手であるのに、放そうとしても言うことを聞いてくれない。
この体に溺れたい。
欲が別人格のように、神薙を中から操ろうとする。
なぜだ?
彷徨った視線が、絢斗の胸元の模様に釘付けになった。
「八つ葉」
呟くと、絢斗が暴れだした。
八つ葉の人間は、男でも子孫を残せる。
この甘い香りは、子どもを作る準備が整っていると、他者に知らせるためのものか。
絢斗の湯で濡れた火照った体と甘い香りに、くらくらする。
「僕は、クローバー病にかかった人たちと接して、少しは、彼らの苦しみを知っている、と思っていた。けど、思い上がりだった」
絢斗の潤んだ瞳が見つめてくる。
それだけで、下半身の熱が膨張した。
「自分の意志じゃ、どうにもならないことは、こんなにも不安で、苦しいんだな」
ぼろぼろと、絢斗が涙を流す。
唐突に、絢斗が月見里一心の部屋に残ろうとしなかった理由に、思い至り、神薙は唇を伸ばした。
「君は、この暴力的な感情から、友だちを守ろうとしたのか」
青年がしゃくり出す。
神薙は麻痺した本能に、じわりとあたたかい別の想いが染み、広がっていくのを感じた。
その中には、飯島から要求された、月見里一心に対する飯島の命令に背いたことへの始末書もあった。
筋肉のはった肩を揉み、自分がまだ背広を脱いでいないことを知る。
食べ物を炒めた際の油の匂いが染みついていた。
頭に浮かんだのは、何かしらの感情ではなく、贔屓にしているクリーニング店だった。
背広を脱ごうとし、右腕のネクタイに、動きを止めた。
解くという行動より先に、なぜ、解かなかったのかという疑問が頭の中を占める。
答えを探そうとし、早々に諦め、ネクタイを解いた。
皺がつき、よれたネクタイに、また、クリーニング店が思い浮かぶ。
最近、特定の場所にしか行っていない気がする。
生活がルーティーン化されているのだ。
飯島の下で働くようになって数ヶ月、以前よりも時間外労働が増えている。
まともに、休んだのはいつだったか。
背広を脱ぎ、椅子にかけて、パソコンのキーボードに指をのせる。
自分が作った炒飯の匂いを上書きするように、甘ったるい香りが鼻孔をくすぐった。性欲が自分の感情を無視してわき上がってくる。ハンカチで口と鼻を覆い、換気扇を回そうと立ち上がったとき、浴室から大きな物音が聞こえた。
神薙は、ハンカチで顔を押さえたまま、浴室へと走った。
ドアのノブに手を伸ばし、躊躇う。
絢斗は神薙に裸を見られたくないのだ。
「大丈夫か? なにがあった?」
「来るな! 来たら、殺す!」
叫び声の合間の呼吸が乱れていた。
体調に異変が起こったのだろう。
神薙は怒鳴られる覚悟で、ノブを捻った。
「ひっ!」
青年がひきつった声をあげた。
リビングで嗅いだ、甘ったるい香りが濃くなり、瞬間、神薙は意識を飛ばした。
気づいたときには、四つん這いになった自分の下に、絢斗がいた。
呼吸と体温の上昇が正常ではない。
絢斗だけでなく、自分も。
青年の、さっきまでの刺々しい態度からは想像もつかないような、艶めかしさに性欲を煽られる。
彼の両手を拘束しているのは、確かに自分の手であるのに、放そうとしても言うことを聞いてくれない。
この体に溺れたい。
欲が別人格のように、神薙を中から操ろうとする。
なぜだ?
彷徨った視線が、絢斗の胸元の模様に釘付けになった。
「八つ葉」
呟くと、絢斗が暴れだした。
八つ葉の人間は、男でも子孫を残せる。
この甘い香りは、子どもを作る準備が整っていると、他者に知らせるためのものか。
絢斗の湯で濡れた火照った体と甘い香りに、くらくらする。
「僕は、クローバー病にかかった人たちと接して、少しは、彼らの苦しみを知っている、と思っていた。けど、思い上がりだった」
絢斗の潤んだ瞳が見つめてくる。
それだけで、下半身の熱が膨張した。
「自分の意志じゃ、どうにもならないことは、こんなにも不安で、苦しいんだな」
ぼろぼろと、絢斗が涙を流す。
唐突に、絢斗が月見里一心の部屋に残ろうとしなかった理由に、思い至り、神薙は唇を伸ばした。
「君は、この暴力的な感情から、友だちを守ろうとしたのか」
青年がしゃくり出す。
神薙は麻痺した本能に、じわりとあたたかい別の想いが染み、広がっていくのを感じた。
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