クローバー

上野たすく

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「悪い。疑ったわけじゃない」
 野岸の顔色が青い。
「野岸?」
「……なに?」
「大丈夫か?」
 相手は口角を上げた。
「なんのことだ?」
 野岸は、口をつぐんだ一心を無視し、天草に手を貸して立ち上がらせた。
 男の子は天草の腕の中だ。
「俺は土地勘がない。道案内を頼む」
「うん」
 天草が歩き出す。
 その後を野岸、一心の順に続いた。
 天草は走ろうとしなかった。
 野岸は大人しく、着いていく。
 彼だって、このスピードが適切でないことに気づいているはずなのに。
 イーバに襲われる確率は低くとも、被害を受ける確率は低くないのだ。
 安全は早めに確保して損はない。
「天草」
「うん?」
「天草が走れるなら、走ろう」
「で、でも」
 天草の戸惑う姿に、一心は、彼が一心のために徒歩を選んだのだと、確信できた。
 天草の視線が左肩にくる。
「傷なら、野岸がふさいでくれた」
「だとしても」
 イーバの羽音と鳴き声が聞こえ、三人で上を見上げた。
 野岸が天草へと首を戻す。
「天草が月見里を気づかうのは悪じゃない。ただ、俺は止血はしたが、血を増やしてはいない。こいつが動ける内に、進んでおいた方が、こいつ自身を守ることにもなる」
 天草は野岸を見つめてから、一心へと視線を変えた。
 一心は天草に頷いた。
「わかった。けど、体がきつかったら、必ず教えて」
 天草のやさしい要求に、一心は、再度、首肯した。
 天草が走り出す。
 一心は列の順番を保つつもりだったが、野岸に、先に行くよう、顎で指示された。
「俺達はお前の意見を聞いた。お前も俺の意見を聞け」
 呆けた。
 睨み付けてきたり、無視をしたり、そうかと思えば、密かな気遣いをみせる。
「やさしいんだな」
 ぽろっと、思っていることが零れた。
 疲労からか、口が軽くなっているなと、どこかで思った。
 野岸の顔が、じわじわと赤くなっていく。
「俺にはお前の意見を擁護した責任がある。それだけだ。わかったら、とっとと、走れ!」
 追い立てられるように、駆け出した。
 野岸の足音がついてくる。
 一心は避難することに、意識を集中させた。
 町はイーバが占拠し、人の姿はない。
 壊された建物と、炎、食事にされた人たちの残骸を見るたび、一心は奥歯を噛みしめた。
 男の子は町の惨劇を目の当たりにし、天草の胸の中で瞼を閉じて震えた。
「大丈夫。大丈夫だよ。……大丈夫」
 天草の穏やかな声は、男の子だけでなく、一心と野岸にも届いた。
 悲惨な現状は、決して、大丈夫と言えるものではなかった。
 それでも、天草の柔らかな「大丈夫」は、一心の手足を動かすための原動力になった。
「見えてきたよ。図書館だ。」
 天草の声が明るくなる。
 公園や病院などの施設が集まる場所の一画に、白く立派なそれはあった。
 住宅街とは、大通りを一つ、挟んでいる。
 図書館の前には、数人の戦闘員が立っていた。
 ほっと、心が弛緩した。
 途端、がくんと足が崩れた。
 天草が立ち止まり、振り返る。
 野岸がしゃがんで、声をかけてきた。
「どうした? 大丈夫か?」と。
 答えようとし、天草がこちらへ引きかえそうとするのが見えた。
 立ち上がらなければ。
 俺が足手まといになって、どうする。
 だけど、体がどんどん重力に逆らえなくなる。
 指を動かすこともできない。
 地面に四つん這いになって、息をすることしかできない。
「来るな!」
 大声で叫んだのは、野岸だった。
 天草が動きを止める。
「月見里は俺が連れて行く。先に行け」
「でも」
「月見里も俺も、三つ葉じゃない。捕食される心配はない。俺達全員が助かるための手段だ。飲み込め」
 しばらくして、足音がし、次第に、遠のいていった。
 安堵すると、意識が薄くなった。
「おい! 気を抜くな!」
 野岸の声が、視界をクリアにする。
 野岸は一心を苦心して背負い、歯を食いしばって立ち上がった。
 砂利道をゆっくり行く。
 空を旋回するイーバの影を、野岸が踏みしめる。
 時間を経るごとに、青年の息が上がっていく。
「おい! 目、こじ開けとけよ! 閉じたら、殺す! お前がお前自身を諦めたら、殺す!」
 野岸は、ずり落ちそうになる一心の体を、跳ねるような動作で、上へとあげた。
 住宅街と図書館の間の大通りに差しかかる。
 野岸がフッと笑った。
「天草たちが図書館に入ったぞ」
 よかった……。
「あとは、お前だ」
 肩越しに振り返った野岸と目が合った。
 決意に満ちた瞳は透き通っていた。
 野岸は純粋に自分を救おうとしてくれている。
 彼にとって、一心は即席の仲間なのに。
 応えなければ。
 いつまでも、休んでいられない!
 ピクリと指がぎこちなくだが、動く。
 今なら、自分で歩けるかもしれない。
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