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「お前の第一の目標は、達成できていることだしな」
青年の視線を追い、横幅のある男の背中にいきつく。
一心は男にかかっていた瓦礫を払った。
動かない男に触れようとし、青年に腕を掴まれた。
「殺す気か。お前の手にはツナギがついているんだぞ」
青年は息をつき、白衣のポケットから小瓶を取り出した。
「研究所から薬品をかっぱらっといて、よかったぜ」
彼は独りごち、一心の両手に液体をかけた。
「これで、ツナギを中和できる」
礼を言おうとし、口腔に水分がなく、咽せた。
「やるよ」
青年が飴をくれる。
一心は袋を破こうとし、手間取った。
「悪かった。狙ってたわけじゃない」
青年が素振りで「飴をよこせ」と伝えてくる。
従うと、彼は袋を破き、飴を一心の口へ入れた。
レモンの酸味が口腔に広がり、唾が溜まっていく。
「こっちはしみるぞ」
青年が新たな瓶を開け、左肩にかけた。
一心は濃厚な痛みに呻いた。
「止血剤だ」
「……ありが、と……」
ガラガラの声だが、気持ちを口にできた。
青年は何かを言いかけ、ふてくされたように、唇をぎゅっと結んだ。
彼は、唐突に、横幅のある男のところへ行き、その丸まった背に手を乗せ、しばらくして、「息はある」と言った。
生きている。
一心は青年の横へと歩いた。
「動けるか?」
青年が丸い背中に問いかける。
もそもそと丸い体が動き、上半身を起こした。
横幅のある男は、やさしい目をしていた。
後ろ姿では年上に思えたが、前から見ると若い。
十代後半くらいか。
彼は腕の中で、瞳を潤ませていた子どもに笑いかけた。
「よく、がんばったね。えらいぞ」
子どもは大粒の涙をこぼした。
一心は、男の子の頬にある黒い模様に見覚えがあった。
施設内を神薙と歩いているときに出会った、ネオ・シードの森から手を振ってくれた子どもだ。ワンピースの女性は一緒じゃないのか。
「お前、六つ葉か?」
青年が丸い男に聞いた。
男は青年を見て、首肯した。
一心は話しについていけない。
青年はそんな一心を馬鹿にせず、静かに説明した。
「六つ葉は人を守るために、他の葉の人間より頑丈なんだ」
確かに、あれだけの瓦礫を受けたにしては、横幅のある男の傷は浅かった。
「で、そっちの子どもは二つ葉。俺は三つ葉じゃない。この四人なら、イーバの食事に巻き込まれなければ、生き延びられる。その証拠に、イーバは俺達を相手にしていない」
上空のイーバは餌を探しに、四方八方へ散らばり、数を減らしていた。
「生き延びるって、どうすれば?」
六つ葉の男が青年に問う。
「指令班からの緊急命令が出ていた。お前達が避難するなら、施設の連中が作ったシェルターが一番良いだろう」
お前達、と限定され、一心は青年を窺った。
相手は一心を一瞥し、六つ葉の男に視線を戻した。
「俺は野岸絢斗だ。一時的だが、行動を共にさせてもらう」
「僕は天草大地。絢斗君、助けてくれて、ありがとう」
「天草を助けたのは、俺じゃない」
野岸が一心へと体の向きを変える。
つられて、天草と男の子も一心を見た。
「俺は月見里一心です。無事で、よかった」
天草がほんわりと笑う。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ……」
野岸は、黙り込む一心と、にこにこする天草を交互に見て、腕を組んだ。
「他人行儀だな。俺達、しばらくは一蓮托生なんだぞ」
野岸の吐き出すような台詞に、一心と天草は顔を見合わせた。
先に、表情を崩したのは、天草だった。
「一心君、よろしくね」
「俺こそ、よろしく、天草」
二人で笑い合うと、野岸が溜息を漏らした。
「そうだ!」
と声をあげたのは、男の子だ。
「お外にいたお兄ちゃんだ!」
一心は微笑み、頷いた。
なぜか、野岸が目を細める。
見ると、あからさまに、避けられた。
「天草は、公共シェルターの場所を知っているか?」
野岸の質問に、天草が頷く。
「全部じゃないけど」
「知っている中で、一番、近いところはどこだ?」
「えっと、ここなら」
天草は周囲を見回し、
「東にある図書館かな?」
「不確定だと動けない」
野岸の鋭い返しに、天草は慌てた。
「大丈夫。シェルターへの避難経路が掲示されていたから」
野岸がじっと、天草を見つめる。
「本当だよ!」
訴えるような天草の口調に、野岸が眉を上げ、そして、疲れたように片手で額を支えた。
ひょうしに、袖が下がり、手首に何かを巻き付けたような痣が露わになった。
青年の視線を追い、横幅のある男の背中にいきつく。
一心は男にかかっていた瓦礫を払った。
動かない男に触れようとし、青年に腕を掴まれた。
「殺す気か。お前の手にはツナギがついているんだぞ」
青年は息をつき、白衣のポケットから小瓶を取り出した。
「研究所から薬品をかっぱらっといて、よかったぜ」
彼は独りごち、一心の両手に液体をかけた。
「これで、ツナギを中和できる」
礼を言おうとし、口腔に水分がなく、咽せた。
「やるよ」
青年が飴をくれる。
一心は袋を破こうとし、手間取った。
「悪かった。狙ってたわけじゃない」
青年が素振りで「飴をよこせ」と伝えてくる。
従うと、彼は袋を破き、飴を一心の口へ入れた。
レモンの酸味が口腔に広がり、唾が溜まっていく。
「こっちはしみるぞ」
青年が新たな瓶を開け、左肩にかけた。
一心は濃厚な痛みに呻いた。
「止血剤だ」
「……ありが、と……」
ガラガラの声だが、気持ちを口にできた。
青年は何かを言いかけ、ふてくされたように、唇をぎゅっと結んだ。
彼は、唐突に、横幅のある男のところへ行き、その丸まった背に手を乗せ、しばらくして、「息はある」と言った。
生きている。
一心は青年の横へと歩いた。
「動けるか?」
青年が丸い背中に問いかける。
もそもそと丸い体が動き、上半身を起こした。
横幅のある男は、やさしい目をしていた。
後ろ姿では年上に思えたが、前から見ると若い。
十代後半くらいか。
彼は腕の中で、瞳を潤ませていた子どもに笑いかけた。
「よく、がんばったね。えらいぞ」
子どもは大粒の涙をこぼした。
一心は、男の子の頬にある黒い模様に見覚えがあった。
施設内を神薙と歩いているときに出会った、ネオ・シードの森から手を振ってくれた子どもだ。ワンピースの女性は一緒じゃないのか。
「お前、六つ葉か?」
青年が丸い男に聞いた。
男は青年を見て、首肯した。
一心は話しについていけない。
青年はそんな一心を馬鹿にせず、静かに説明した。
「六つ葉は人を守るために、他の葉の人間より頑丈なんだ」
確かに、あれだけの瓦礫を受けたにしては、横幅のある男の傷は浅かった。
「で、そっちの子どもは二つ葉。俺は三つ葉じゃない。この四人なら、イーバの食事に巻き込まれなければ、生き延びられる。その証拠に、イーバは俺達を相手にしていない」
上空のイーバは餌を探しに、四方八方へ散らばり、数を減らしていた。
「生き延びるって、どうすれば?」
六つ葉の男が青年に問う。
「指令班からの緊急命令が出ていた。お前達が避難するなら、施設の連中が作ったシェルターが一番良いだろう」
お前達、と限定され、一心は青年を窺った。
相手は一心を一瞥し、六つ葉の男に視線を戻した。
「俺は野岸絢斗だ。一時的だが、行動を共にさせてもらう」
「僕は天草大地。絢斗君、助けてくれて、ありがとう」
「天草を助けたのは、俺じゃない」
野岸が一心へと体の向きを変える。
つられて、天草と男の子も一心を見た。
「俺は月見里一心です。無事で、よかった」
天草がほんわりと笑う。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ……」
野岸は、黙り込む一心と、にこにこする天草を交互に見て、腕を組んだ。
「他人行儀だな。俺達、しばらくは一蓮托生なんだぞ」
野岸の吐き出すような台詞に、一心と天草は顔を見合わせた。
先に、表情を崩したのは、天草だった。
「一心君、よろしくね」
「俺こそ、よろしく、天草」
二人で笑い合うと、野岸が溜息を漏らした。
「そうだ!」
と声をあげたのは、男の子だ。
「お外にいたお兄ちゃんだ!」
一心は微笑み、頷いた。
なぜか、野岸が目を細める。
見ると、あからさまに、避けられた。
「天草は、公共シェルターの場所を知っているか?」
野岸の質問に、天草が頷く。
「全部じゃないけど」
「知っている中で、一番、近いところはどこだ?」
「えっと、ここなら」
天草は周囲を見回し、
「東にある図書館かな?」
「不確定だと動けない」
野岸の鋭い返しに、天草は慌てた。
「大丈夫。シェルターへの避難経路が掲示されていたから」
野岸がじっと、天草を見つめる。
「本当だよ!」
訴えるような天草の口調に、野岸が眉を上げ、そして、疲れたように片手で額を支えた。
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