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 いつもは緑色の瞳が薄桃色になっている。
 ナナシと同じ瞳の色。
「オクレバセ ナガラ、ハッピ バースデ」
 たどたどしいハッピーバースデーに、両膝をついて縁と視線を合わせた。
「お前、しゃべれるのか?」
「ナイショ ダゾ」
 ナナシは唇を噛みしめ、何度も頷いた。
「ウマイ カ?」
 盛り上がってきた涙を乱暴に拭く。
「うん。甘くて、とても美味しい」
「ヨカッタ」
 三本の金属の指が、労るように頬に触れてくる。
「ありがとう。縁」
 たぶん、縁は特別仕様のオイルパックを出してくれたのだろう。それだけでもありがたいのに、一生聴くことができないと思っていた、ハッピーバースデーまで与えてくれた。
 幸せだ。この瞬間、脳が壊れて、死んでも悔いはないくらい、すごく。
 感情が高ぶり、機械の心臓が速く脈を打つ。
 桃色のつるんとした瞳にナナシが映し出されていた。
 人間のように複雑な表情。
 ナナシは泣きながら、必死で微笑もうとしていた。
「イキロ」
 黙ってナナシを見守っていた縁が、突然、しゃべりかけてきた。
「アト モウ スコシ ダカラ」
「もう少し?」
「ソウ。カナラズ オレ ガ オマエ ヲ」
 ジジジと雑音が入る。
 機械の不具合か?
 縁の瞳が緑色になる。
「カナラズ ボク ガ キミ ヲ タスケル」
 作業場のドアが開き、管理者が入ってきた。縁は丁寧に握りつぶされたオイルパックを回収した。管理者はナナシにシャワーで返り血を流すよう指示し、縁を引き連れて部屋を出て行った。
 その日は、なかなか寝つくことができなかった。
 薄い布団のせいでも、空虚なコンクリートのせいでも、月を覆い隠す雲のせいでもない。
 縁と言葉を交わしたからだ。
 温かくて、そわそわして、でも、少し怖い。
 予備が持つはずのない、明日へ繋がる希望のせいだ。
 ナナシは縁の音声を何度も思い起こした。
 何度も、何度も。
 夢ではないと確信を抱けるまで、何度も。
 努力の甲斐あって、縁とのことは現実味を帯びた。けれど、無理が祟ったのか、翌日から、ぶつりと意識が途切れるようになった。僅かなフリーズは日を追うごとに数を増していった。
 縁は管理者の監視下から外れるのを狙って、ナナシに話しかけてきた。ナナシを気遣うような言葉ばかりだったのだが、ナナシの部屋から月が見えることを知ると、夜空の話をし始めた。
「ハクイ ヲ シッテイル カ?」
 羽咋とは、見た者を幸せにするという伝説の鳥だ。
「羽咋の話は、本で読んだことがある。見た人は幸せになるんだよな。でも、何千年もの間、姿を見たって人はいない。違う所を飛びたくなったのか、死んでしまったのか、誰かに捉えられたのか、そもそも、そんな鳥、初めからいなかったのかも」
 縁は膝を抱えた孤の肩に手をのせた。
「ハクイ ハ イル。 オレ ハ シンジテル」
「そうだな。幸せをくれる鳥。うん。話が残っているってことは、きっと誰かが見たからだ」
「ダロ?」
「見たいな、羽咋」
「ン?」
「羽咋を見たなら、俺でも幸せになれるかな?」
 縁は暫く黙ったあと、探しに行こうと言った。
 相手が来ないなら、こっちから行けばいい。
「オレ ガ オマエ ヲ シアワセ ニ シテヤル」
 縁と一緒に羽咋を探しに行けたなら、それだけで幸せだ。
 孤は縁に希望を込めて頷いた。
 話をする時、縁の瞳はいつも、桃色になった。
 いつしか、ナナシは桃色の瞳を見ただけで、縁に微笑みかけるようになっていた。
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