4 / 22
1-3
しおりを挟む
いつもは緑色の瞳が薄桃色になっている。
ナナシと同じ瞳の色。
「オクレバセ ナガラ、ハッピ バースデ」
たどたどしいハッピーバースデーに、両膝をついて縁と視線を合わせた。
「お前、しゃべれるのか?」
「ナイショ ダゾ」
ナナシは唇を噛みしめ、何度も頷いた。
「ウマイ カ?」
盛り上がってきた涙を乱暴に拭く。
「うん。甘くて、とても美味しい」
「ヨカッタ」
三本の金属の指が、労るように頬に触れてくる。
「ありがとう。縁」
たぶん、縁は特別仕様のオイルパックを出してくれたのだろう。それだけでもありがたいのに、一生聴くことができないと思っていた、ハッピーバースデーまで与えてくれた。
幸せだ。この瞬間、脳が壊れて、死んでも悔いはないくらい、すごく。
感情が高ぶり、機械の心臓が速く脈を打つ。
桃色のつるんとした瞳にナナシが映し出されていた。
人間のように複雑な表情。
ナナシは泣きながら、必死で微笑もうとしていた。
「イキロ」
黙ってナナシを見守っていた縁が、突然、しゃべりかけてきた。
「アト モウ スコシ ダカラ」
「もう少し?」
「ソウ。カナラズ オレ ガ オマエ ヲ」
ジジジと雑音が入る。
機械の不具合か?
縁の瞳が緑色になる。
「カナラズ ボク ガ キミ ヲ タスケル」
作業場のドアが開き、管理者が入ってきた。縁は丁寧に握りつぶされたオイルパックを回収した。管理者はナナシにシャワーで返り血を流すよう指示し、縁を引き連れて部屋を出て行った。
その日は、なかなか寝つくことができなかった。
薄い布団のせいでも、空虚なコンクリートのせいでも、月を覆い隠す雲のせいでもない。
縁と言葉を交わしたからだ。
温かくて、そわそわして、でも、少し怖い。
予備が持つはずのない、明日へ繋がる希望のせいだ。
ナナシは縁の音声を何度も思い起こした。
何度も、何度も。
夢ではないと確信を抱けるまで、何度も。
努力の甲斐あって、縁とのことは現実味を帯びた。けれど、無理が祟ったのか、翌日から、ぶつりと意識が途切れるようになった。僅かなフリーズは日を追うごとに数を増していった。
縁は管理者の監視下から外れるのを狙って、ナナシに話しかけてきた。ナナシを気遣うような言葉ばかりだったのだが、ナナシの部屋から月が見えることを知ると、夜空の話をし始めた。
「ハクイ ヲ シッテイル カ?」
羽咋とは、見た者を幸せにするという伝説の鳥だ。
「羽咋の話は、本で読んだことがある。見た人は幸せになるんだよな。でも、何千年もの間、姿を見たって人はいない。違う所を飛びたくなったのか、死んでしまったのか、誰かに捉えられたのか、そもそも、そんな鳥、初めからいなかったのかも」
縁は膝を抱えた孤の肩に手をのせた。
「ハクイ ハ イル。 オレ ハ シンジテル」
「そうだな。幸せをくれる鳥。うん。話が残っているってことは、きっと誰かが見たからだ」
「ダロ?」
「見たいな、羽咋」
「ン?」
「羽咋を見たなら、俺でも幸せになれるかな?」
縁は暫く黙ったあと、探しに行こうと言った。
相手が来ないなら、こっちから行けばいい。
「オレ ガ オマエ ヲ シアワセ ニ シテヤル」
縁と一緒に羽咋を探しに行けたなら、それだけで幸せだ。
孤は縁に希望を込めて頷いた。
話をする時、縁の瞳はいつも、桃色になった。
いつしか、ナナシは桃色の瞳を見ただけで、縁に微笑みかけるようになっていた。
ナナシと同じ瞳の色。
「オクレバセ ナガラ、ハッピ バースデ」
たどたどしいハッピーバースデーに、両膝をついて縁と視線を合わせた。
「お前、しゃべれるのか?」
「ナイショ ダゾ」
ナナシは唇を噛みしめ、何度も頷いた。
「ウマイ カ?」
盛り上がってきた涙を乱暴に拭く。
「うん。甘くて、とても美味しい」
「ヨカッタ」
三本の金属の指が、労るように頬に触れてくる。
「ありがとう。縁」
たぶん、縁は特別仕様のオイルパックを出してくれたのだろう。それだけでもありがたいのに、一生聴くことができないと思っていた、ハッピーバースデーまで与えてくれた。
幸せだ。この瞬間、脳が壊れて、死んでも悔いはないくらい、すごく。
感情が高ぶり、機械の心臓が速く脈を打つ。
桃色のつるんとした瞳にナナシが映し出されていた。
人間のように複雑な表情。
ナナシは泣きながら、必死で微笑もうとしていた。
「イキロ」
黙ってナナシを見守っていた縁が、突然、しゃべりかけてきた。
「アト モウ スコシ ダカラ」
「もう少し?」
「ソウ。カナラズ オレ ガ オマエ ヲ」
ジジジと雑音が入る。
機械の不具合か?
縁の瞳が緑色になる。
「カナラズ ボク ガ キミ ヲ タスケル」
作業場のドアが開き、管理者が入ってきた。縁は丁寧に握りつぶされたオイルパックを回収した。管理者はナナシにシャワーで返り血を流すよう指示し、縁を引き連れて部屋を出て行った。
その日は、なかなか寝つくことができなかった。
薄い布団のせいでも、空虚なコンクリートのせいでも、月を覆い隠す雲のせいでもない。
縁と言葉を交わしたからだ。
温かくて、そわそわして、でも、少し怖い。
予備が持つはずのない、明日へ繋がる希望のせいだ。
ナナシは縁の音声を何度も思い起こした。
何度も、何度も。
夢ではないと確信を抱けるまで、何度も。
努力の甲斐あって、縁とのことは現実味を帯びた。けれど、無理が祟ったのか、翌日から、ぶつりと意識が途切れるようになった。僅かなフリーズは日を追うごとに数を増していった。
縁は管理者の監視下から外れるのを狙って、ナナシに話しかけてきた。ナナシを気遣うような言葉ばかりだったのだが、ナナシの部屋から月が見えることを知ると、夜空の話をし始めた。
「ハクイ ヲ シッテイル カ?」
羽咋とは、見た者を幸せにするという伝説の鳥だ。
「羽咋の話は、本で読んだことがある。見た人は幸せになるんだよな。でも、何千年もの間、姿を見たって人はいない。違う所を飛びたくなったのか、死んでしまったのか、誰かに捉えられたのか、そもそも、そんな鳥、初めからいなかったのかも」
縁は膝を抱えた孤の肩に手をのせた。
「ハクイ ハ イル。 オレ ハ シンジテル」
「そうだな。幸せをくれる鳥。うん。話が残っているってことは、きっと誰かが見たからだ」
「ダロ?」
「見たいな、羽咋」
「ン?」
「羽咋を見たなら、俺でも幸せになれるかな?」
縁は暫く黙ったあと、探しに行こうと言った。
相手が来ないなら、こっちから行けばいい。
「オレ ガ オマエ ヲ シアワセ ニ シテヤル」
縁と一緒に羽咋を探しに行けたなら、それだけで幸せだ。
孤は縁に希望を込めて頷いた。
話をする時、縁の瞳はいつも、桃色になった。
いつしか、ナナシは桃色の瞳を見ただけで、縁に微笑みかけるようになっていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる