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1 加速する季節(沢田 壱)

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 バスのドアが開き、年齢も性別もさまざまな人達と一緒に、大柄な男が入ってくる。
 肩にかけられたスポーツバックには、宇都宮うつのみやの文字。
 高校野球に興味がある人なら、つい、注目してしまう高校名だ。
 甲子園出場の常連校。
 公式戦で一勝もできない俺達と、プロのスカウトマンをうならせるほどのプレーができる奴ら。
 素人だって、その差が大きいことくらい、わかる。
 なんで、宇都宮が白山はくさんと同じ方角にあるんだ?
 悪意にしか思えねぇ。
 もちろん、俺達は俺達で一生懸命、野球をしている。
 引け目に感じることはない。
 けど、周りが許してくれない。
 二年と少し、奴らと同じバスに乗り合わせていると、他校や中学生、はてには酒を飲んでいるだろうって感じのおっさんにまで、比べられ、からかわれる。

 強豪校と弱小校が一緒のバスって、うける。
 うけねえよ。
 宇都宮はオーラが違うよね。
 目の錯覚な、それ。
 野球、教えてもらったらどうだ?
 もはや、俺らのこと、全否定?
 くそっ!

 すぐ横に、大きな影がくる。
 さきほど、乗ってきた宇都宮のエースピッチャー、涼宮柊也すずみやとうやだ。
 でけえ、気にくわねえ。
 苦虫を噛み潰したような顔で、窓の外を睨み付けた。
 車内が狭いから、肩と肩が触れる。
 触れるというか、倒れないように、足を踏ん張らなくてはいけないほど、ぐいぐいと押しやられる。
 マジか。
 寄りかかってくんじゃねえ。
 暑苦しいんだよ、お前。

「あのさ」

 文句を言おうと、見上げる。
 が。

「うおっ!」

 バスが角を曲がり、バランスを崩した。
 誰かが体を支えてくれ、ひっくり返らずに済む。

「大丈夫?」

 かあっと顔から火が出た。
 涼宮だ。
 よりにもよって……。

「足腰、弱い? もしかして」

 ガーン。
 頭の中で、でかい鐘が鳴り響く。
 ゴーン!
 涼宮は俺を立たせると、唇を伸ばした。

「俺、つり革、持たなくても倒れない自信あるぜ。他の人がいるから、やらないけど」

 わなわなと震えるだけで、言い返せない。
 バスが停車し、ドアが開いた。
 乗客が次々に降りていく。
 涼宮は最後にバス停へと向かった。

「じゃね、白山君。俺がいないからって、他の人に寄りかかっちゃ、駄目だよ」
「なっ……。な……。な……」

 俺は白山君じゃねえ!

* * *

 ジャージに着替え、グラウンドを二十周し、ポカリを飲んで、香川茜かがわあかねと組になり、筋力トレーニングをする。
 マネージャーの長野美織ながのみおりがタイムウォッチで三分を計る間、茜に足を押さえて貰い、腹筋をし続ける。
 他の部員も、同じことをしている。
 一秒に一回の割合で起き上がる俺に、「それじゃあ、三分、もたないんじゃね?」と茜が垂れ目で忠告をくれる。

 確かに、きつい。
 きついけど……。

「うぉ~! ぜってぇ、負けねぇ! 打倒、宇都宮! 打倒、涼宮柊也!」
「はいはい。がんばれ~」

 香川の冷めた声にも、負けてやらねぇ。

「今日のキャプテン、やる気が違うね」

 一年の渡辺和樹わたなべかずきの呟きが聞こえてくる。
 そう、俺は白山高校野球部のキャッチャー兼キャプテンだ。
 野球が上手いからじゃない。
 他の三年生がやりたがらなかったから、自分から手を挙げた。
 三年は俺と、茜、芹沢生斗せりざわいくと有田壮士ありたそうしの四人。
 内、幽霊部員が二名。
 んでもって、茜は美術部との掛け持ちだ。
 人数が足りないから、拝み倒して、この四月からの入部してもらった。
 この状況、俺がやるしかないっしょ?

「うぉ~! やってやる! やってやるからな! 俺は負けねえ!」
「はい、次、背筋」

 マネージャーの声に俯せになる。

「見……て……ろ……よ……、す……ず……み……や……ぁ」
「無理に声を出すのって、体によくないんじゃない?」

 俺の足を押さえながら、茜が欠伸をした。
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