鮮やかなもの

上野たすく

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 那須さんが去って行く。
 心なしか、小塚の愛撫がやわらかい。
 こちらを宥めるように、やさしく腕をさすってくる。

「行ったかな」

 呟き、小塚は俺を解放した。
 奴は散らばった資料を鞄に入れ、こちらに突きつけてきた。
 礼を言うと共に受け取った。

「どうして?」
「なにが?」

 俺が戸惑っていると、小塚はフッと笑った。

「那須さんからどこまで聞いたか、知らないけどさ。全員が全員、Ωとやりたくてしかたないってわけじゃないんだぜ。まっ、教室は別だけどな。あそこは教師が見張っているから、俺達の都合なんて関係ない。放り込まれたら、確実に貪られていたぜ、あんた」

 小塚が腕を上げ、ストレッチする。

「だいたい、Ωの発情期に耐性つけたって、本当に好きな奴のエロいとこ見たら、うお~ってなるだろ?」
「そういうもんか?」
「おう。俺は彼氏にそうなる」

 え?

「……わるい」
「なにが?」
「恋人がいるのに、キスなんかさせて」

 あと、気持ち悪いっつって、ごめん。やり方はどうかと思うけど、俺のこと、助けようとしてくれたんだよな。
 小塚が口を押さえ、にやつく。

「ウブだなぁ、あんた。本当に、経験あるの?」

 小塚の締まらない顔に、疲れが一気に押し寄せ、言い返す気になれない。
 小塚が後頭部で腕を組む。

「心配いらないって、りゅうは心が広いから。んなことより、あんた、逃げなくていいの? 那須さんに見つかるとヤバイんじゃない? 子ども、いるんだろ?」

 いまだ、ヒリヒリする腹に手を当てる。

「保と一緒じゃないと帰れない」

 小塚は腕を下ろし、俺を見つめた。

「那須さんは保護したと言った。保はここのどこかにいるはずだ。探し出して、連れて帰る」

 助けてくれて、ありがとう、と小塚に背を向けたのだが。

「まさに、リアル避けゲー!? うぉう!」

 なぜか、テンションを上げる小塚に立ち止まった。

「さけ?」

 な、なに?

「敵とか、障害物を避けるゲームのこと。あんたの場合は、ここの職員が敵。手伝ってやるよ。味方は多いに越したことないだろ」

 小塚が制服からスマホを取り出し、操作する。

「サボってる奴らに、白石さんの居場所を突きとめてもらうよう、頼んどいた。あんたは、なるべく動かない方がいいからな」
「え……」

 そんなことをすれば、俺の存在が小塚以外の生徒に知れ渡る。
 どこに綻びが生まれるか、わからない。

「心配?」

 小塚が挑発するように唇を伸ばす。

「俺達がαだから、信じられない?」

 何歳も年下の男に白石が重なる。
 αである自分を信じて欲しいと、白石は言った。
 俺があのとき、もっと、思慮深ければ、こんなことにはなっていなかったのかな……?
 小塚に手を伸ばす。

「俺は小塚君達を信じる」

 相手はニッと笑い、俺の手を握りしめた。

「よっしゃ! 任せとけ!」
「小塚君、声、大きくないか。その」
「大丈夫、大丈夫。ここ、全教室、防音だから。でも、確かに、そろそろ休み時間だな。あんた、いい匂いだし、スイッチ入った奴に見つかると面倒……」

 こっち、と先を歩かれ、俺は小塚の後を追った。
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