鮮やかなもの

上野たすく

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 最寄り駅から早歩きで部屋に帰り、ただいま、とドアを開ける。
 電気が点いていて、白石の革靴もあった。
 出迎えは、なしか。
 そういう日があっても、いいわな。
「保、ただいま。飯、食った? 弁当、買ってきたんだ……けど」
 テーブルに肘をつき、じっと一点を見つめる白石に、俺は威勢をなくす。
「どうした?」
 弁当をテーブルに置き、白石の顔を覗き込んだ。
 白石は目をきつく瞑り、開けると、決意したように、俺へ向き直った。
「庸輔、俺に言うこと、ないか?」
「え?」
 俺、なんかとちった?
「なにも、え? 今日、帰りが遅かったこと? 友達に会っていて、それで。……え? なに? 俺、なにかした?」
 白石は立ち上がり、肩を掴んできた。
「子ども、おろそう」
 一瞬、脳が言葉を受け入れるのを、拒否した。
 白石、子どものこと、知ってる?
 体を、上手く操れない。
 白石は、ド真面目な顔だ。
「なに……言ってんの?」
 おろせって、どういうこと?
 お前、生んでくれって言ったじゃん。
「今の俺達に、子どもは、まだ早かったんだ」
「いやだ」
 首を横に振るった。
「庸輔」
 だだっ子を叱るような声。
「俺は生む。生んで育てる」
 体がカタカタ揺れ始める。
「じゃあ、なんで、俺に言わなかった!」
 怒鳴られて、震えが止まった。
「子どもの存在を、俺に知られたくなかったから! そうだろ!」
「違う」
 検査薬で陽性が出て、嬉しかった。
 すぐにでも、白石に知らせたかった。
つがいに知られたくない子どもなんて、生ませられない!」
「保、聴いてくれ」
「早いうちがいい。明日、病院へ行こう」
「聴けっつってんだろ!!」
 興奮し過ぎて、息が切れていた。
 白石は俺から手を離した。
「昨日、夜食を作っていて、ゴミ箱を開けた。ドラッグストアの紙袋なんて、朝は入っていなかったから、中を見た。陽性の検査薬があった。庸輔は、今の俺が、父親として不充分だって、そう思ったんじゃないか? だったら、そういうことなんだ。お前が俺を認めてくれたら、もう一度、作ろう。子どもだって、不安定な親のところに生まれてくるのは、かわいそうだ」
 涙が顎を伝い落ちていく。
 子どもが、かわいそう?
 今の俺達が、不安定?
 俺、普通だけど?
 喉が笑った。
「庸輔?」
 白石が伸ばしてきた手を、払いのけた。
「触んな、カス!」
 白石を玄関へと押しやる。
 バカは慌ててサンダルを穿いた。
「庸輔? 待て。庸輔、おい。庸輔?」
 玄関の鍵を開け、白石を力任せに外へ出した。
「ようす……」
「反省すんまで帰ってくんな、ボケが!!!!」
 ドアを閉め、鍵をかけた。
 白石のアホ! ボケ! 
 ドアに背をつけ、ずるずると座り込む。
 涙と嗚咽が溢れてくる。
「ひっ! うっ! うう。うえっ」
 バカ! 弱虫! 堅物! 
「うう。くっ。……くうっ」
 俺のバカ……。
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