鮮やかなもの

上野たすく

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「奥村先生」
 頭上からかけられた声に振り返るとスーツ姿の男が立っていた。
「何か用ですか?」
「何か用があるから、話しかけるんじゃないんですか?」
 はい、きた。
 これ、きた。
 苛立ちマックスな受け答え。
 こいつ、昔はこんなんじゃなかったよな?
 どこで歪んだんだ?
「すいませんねぇ。じゃあ、俺はなんて言えばよかったんですかね?」
 なんにしろ、朝から胸くそ悪い。
 こちとら、徹夜で模試の問題作ってたんだ、ボケ!
 これ以上、ストレスかけんな、バカ!
 顔見せんな、アホ!
「今日、先生がカウンセリング当番ですよね?」
 無視かよ!
 イライラしながら、デスクに貼り付けてあるスケジュールをちらっと見る。
「そうっすね」
 午後一時からラストまで入っている。
「この女性が来たら、僕に声をかけてもらっていいですか?」
 直筆のメモを渡される。
 これまた、嫌味なほどお綺麗な字ですこと。
那須蘭なすらんさんね。了解」
 知らない名前だ。
 白石しらいしの生徒か?
 視線を感じ、メモから顔を上げる。
 バチッと目が合った。
「まだ、なんかあんのかよ?」
 やべっ、敬語わすれた。
「これ」
 白石がスーツのポケットから銀色を取り出す。
「なに、これ?」
「コンシーラー」
「こんしぃらぁ?」
「講義、収録されてるんだぞ。いちおう、身なりは整えておいた方がいい」
 こいつ、俺に釣られて敬語、すっぽ抜けたな。
「ああ? 化粧しろってか?」
「クマ、すごいぞ」
 無表情の威圧。
 ダメージ回避不可能!
「いらねぇよ。これは俺の勲章だ。馬鹿にすんな」
 椅子から立ち上がり、トイレへ行って目の下を確認する。
 うげっ、目がくぼんで見える……。
 職員室に戻ると白石はまだ俺の席にいた。
「仕方ねぇから、貰っとく」
 むしろ、奪う。
「貸すだけだ。返せよ」
「わかってんよ、た」
 たもつと言いかけ、口をつぐんだ。
「た?」
 聞くな、ボケ!
 俺とお前の関係を、みんな、知んねぇんだから、知らねぇままでいてもらえばいいんだよ!
 お前だって、どうせ、そう思ってんだろ!
 俺とのこと、全部、なかったことにしてぇんだろ!
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