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「今日は、どんなご用かしら?」
琴子がふわりと微笑む。
この店は、石を販売するだけでなく、占いやカウンセリングも行っている。
他に客がいないとき、琴子は金をとらずに、タロットカードを広げてくれる。
だから、琴子はどれを選択するのか、聞いてきたのだ。
ちいせぇ頃から変わらない。
琴子の声は、俺を安心させる。
だから、余計なことを、考えちまう。
平和ボケになっちまう。
この世界の赤ん坊の中に転送され、奏芽がいなけりゃ生きていくこともできなず、尖るだけが取り柄だったガキですら、琴子の声にほだされた。
あの頃の俺は、この世界を、本気で奪うつもりだった。
周囲を煙たがり、生きていた俺は、奏芽をたくさん泣かせた。
だけど、今とは違い、あん時は、女が一人、泣いていようが、どうでもよかった。
奏芽はそんな俺に対し、俺を責めるんじゃなく、自分を責めた。
一人で俺を生み、育てていたからか、俺を取り巻くすべてに罪悪感を持っていた。
堪えられなかったのだろう。
奏芽は俺を連れて、琴子の店を訪ねた。
その時のことを、よく覚えている。
奏芽は真っ白いドアの前で立ち止まり、俺に向き直るとこう言った。
ゼツがお腹にいるときね。ママ、ここでお守りを買ったのよ、と。
そして、服で覆われていたネックレスを外し、しゃがみ込むと俺の掌にのせた。
透明な石が、太陽の光でキラキラと輝き、息を飲んだ。
瞬時に、自分が探し求めていたモノだと分かった。
これなら、召喚の媒体に使える。
意識を石に送ろうとし、光が絶えたことにハッとした。
奏芽の手が俺の手を包んでいた。
邪魔だ、と思った。
払いのけようとし、奏芽の瞳の濁りを目にして、やめた。
アゼツライトって言う石なの、と奏芽は力なく微笑んだ。
――たくさんのいらない考えをね、消し去って、本当の自分の気持ちに気づかせてくれるんだって。
誰かから教えられた言葉であることは、明白だった。
奏芽はこの石に、なぜ縋らなければいけなかったんだろう。
俺の中で、ほんの少し、奏芽への興味が生じた。
その日、奏芽は琴子のアドバイスを受け、桜色をしたモルガナイトの指輪を買った。
一番、安いやつだった。
琴子は石が願いを、勝手に叶えてくれるわけではない、と言った。
奏芽が買った石からは、やさしい力が出ていた。
モルガナイト。
その石の持つ意味は、自分自身を愛せるようになる。
――人を愛することは、自分自身を愛することから、始まるんですよ。
琴子はそう、奏芽に語りかけた。
奏芽の瞳に広がっていた濁りが、スッと消え、俺は琴子を振り返った。
なに、したんだ、こいつ。
琴子は俺の胸の内を分かっていたかのように、微笑みかけてきた。
――石は力を貸してくれるだけ。石と同調することで、自分が願ったような生き方を、自分で選べるようになり、願いが叶えられていくんです。
琴子は俺から奏芽へと視線を動かした。
そして。
――息子さんに、石をプレゼントしてもいいですか?
奏芽は琴子の申し出に頷いたが、琴子が棚から手にした水色の石を見て、顔色を変えた。
――すみません。やっぱり、大丈夫です。
――私の我が儘です。受けとってください。
財布を開けた奏芽に、琴子は首を横に振った。
――お代はいりません。もともと、売りものじゃないんです。だから、気になさらないでください。
琴子は奏芽に微笑み、枠が金色の指輪を、俺に手渡した。
――この石はアクアマリンというの。あなたの中にある、イヤな思いを洗い流してくれるわ。あなたを守り、ほっとさせてもくれる。そして、あなたが望むのなら、この世界の人たちと…………、あなたのママと、心から分かり合えるよう、助けてくれる。……あなたはママのことを、よく見ているわ。
びくっとした。
――それはどうしてなのか、考えてみて。誰でもない。あなたの意思で、この世界を見て。
琴子の透き通った声は、俺の体内に沈み込んだ。
俺が今、奏芽や翔とバカなことを言いながらも、この世界で生活できてんのは、琴子と傍で輝き続けてくれたアクアマリンのおかげかもしれない。
琴子がふわりと微笑む。
この店は、石を販売するだけでなく、占いやカウンセリングも行っている。
他に客がいないとき、琴子は金をとらずに、タロットカードを広げてくれる。
だから、琴子はどれを選択するのか、聞いてきたのだ。
ちいせぇ頃から変わらない。
琴子の声は、俺を安心させる。
だから、余計なことを、考えちまう。
平和ボケになっちまう。
この世界の赤ん坊の中に転送され、奏芽がいなけりゃ生きていくこともできなず、尖るだけが取り柄だったガキですら、琴子の声にほだされた。
あの頃の俺は、この世界を、本気で奪うつもりだった。
周囲を煙たがり、生きていた俺は、奏芽をたくさん泣かせた。
だけど、今とは違い、あん時は、女が一人、泣いていようが、どうでもよかった。
奏芽はそんな俺に対し、俺を責めるんじゃなく、自分を責めた。
一人で俺を生み、育てていたからか、俺を取り巻くすべてに罪悪感を持っていた。
堪えられなかったのだろう。
奏芽は俺を連れて、琴子の店を訪ねた。
その時のことを、よく覚えている。
奏芽は真っ白いドアの前で立ち止まり、俺に向き直るとこう言った。
ゼツがお腹にいるときね。ママ、ここでお守りを買ったのよ、と。
そして、服で覆われていたネックレスを外し、しゃがみ込むと俺の掌にのせた。
透明な石が、太陽の光でキラキラと輝き、息を飲んだ。
瞬時に、自分が探し求めていたモノだと分かった。
これなら、召喚の媒体に使える。
意識を石に送ろうとし、光が絶えたことにハッとした。
奏芽の手が俺の手を包んでいた。
邪魔だ、と思った。
払いのけようとし、奏芽の瞳の濁りを目にして、やめた。
アゼツライトって言う石なの、と奏芽は力なく微笑んだ。
――たくさんのいらない考えをね、消し去って、本当の自分の気持ちに気づかせてくれるんだって。
誰かから教えられた言葉であることは、明白だった。
奏芽はこの石に、なぜ縋らなければいけなかったんだろう。
俺の中で、ほんの少し、奏芽への興味が生じた。
その日、奏芽は琴子のアドバイスを受け、桜色をしたモルガナイトの指輪を買った。
一番、安いやつだった。
琴子は石が願いを、勝手に叶えてくれるわけではない、と言った。
奏芽が買った石からは、やさしい力が出ていた。
モルガナイト。
その石の持つ意味は、自分自身を愛せるようになる。
――人を愛することは、自分自身を愛することから、始まるんですよ。
琴子はそう、奏芽に語りかけた。
奏芽の瞳に広がっていた濁りが、スッと消え、俺は琴子を振り返った。
なに、したんだ、こいつ。
琴子は俺の胸の内を分かっていたかのように、微笑みかけてきた。
――石は力を貸してくれるだけ。石と同調することで、自分が願ったような生き方を、自分で選べるようになり、願いが叶えられていくんです。
琴子は俺から奏芽へと視線を動かした。
そして。
――息子さんに、石をプレゼントしてもいいですか?
奏芽は琴子の申し出に頷いたが、琴子が棚から手にした水色の石を見て、顔色を変えた。
――すみません。やっぱり、大丈夫です。
――私の我が儘です。受けとってください。
財布を開けた奏芽に、琴子は首を横に振った。
――お代はいりません。もともと、売りものじゃないんです。だから、気になさらないでください。
琴子は奏芽に微笑み、枠が金色の指輪を、俺に手渡した。
――この石はアクアマリンというの。あなたの中にある、イヤな思いを洗い流してくれるわ。あなたを守り、ほっとさせてもくれる。そして、あなたが望むのなら、この世界の人たちと…………、あなたのママと、心から分かり合えるよう、助けてくれる。……あなたはママのことを、よく見ているわ。
びくっとした。
――それはどうしてなのか、考えてみて。誰でもない。あなたの意思で、この世界を見て。
琴子の透き通った声は、俺の体内に沈み込んだ。
俺が今、奏芽や翔とバカなことを言いながらも、この世界で生活できてんのは、琴子と傍で輝き続けてくれたアクアマリンのおかげかもしれない。
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