上 下
218 / 249
世界編

107の1.不気味っ!

しおりを挟む
 ん?   寝ちゃった?
 よっぽど疲れたのかしら。でもこんなところで寝られちゃあ、いい迷惑だわ。侍女か従者を呼んで運んでもらわなきゃ。

 シンの様子を見た私は、そう思いながら立ち上がって扉の外に控えている誰かを呼びに行こうと思った。
 様子を伺いつつ側をすり抜けようとした瞬間、左手首をガッと掴まれた。

「え?」

 振り返って斜め下を見ると、シンが俯いたまま私を掴んでいるのが見えた。

「ちょっと!   びっくりするじゃない!   具合悪いなら休んだ方がいいからさ、誰か呼んでくるから離してよ」

 びっくりしてバクバクする心臓を鎮めながら、シンに向かって話しかけた。けれど、それに対する反応はなく、掴まれた状態がしばらく続く。

「離してって言ってるんだけど?   聞こっ、きゃあっ!」

 文句を言ってるうちに、急に手首に激痛が走り、悲鳴をあげた。
 見れば、関節が変な方向へと捻られて、腕がちぎれそうに痛みを訴えている。

 私はなんとかこの痛みから逃れるため、体を曲げてシンの胸の中へとすっぽりと収まった。

「痛いからっ。もう何すんの……あ……」

 不満を口に出してる途中で、続きの言葉を飲み込んでしまった。

 なぜなら、そこにいるのは、シンであってシンでない者。私の知らない誰かがそこにいた。

 いや、この雰囲気は知っている。
 エンリィここにやって来て、シンと話している途中から感じた、あのゾクゾクする空気を纏っていた人物だ。

「だ、誰なの。あなたシンじゃないわね」

 シンらしき者は、口元を歪めてニィッと笑ったまま私を見下ろす。
 その不気味さに、背筋が凍りついたように固くなり思わず身構えた。

「お嬢さん、また会ったねぇ」
「んひっ……」

 恐怖が体を支配して思うように言葉が出てこない。

「……母上、で、すか?」

 少し離れた場所からラッセルの声が聞こえた。

 信じられない、といった表情で、期待を込めて立ち上がる彼には、私がシンもどきに対して恐怖を感じていることなど、まるで気づいていない。

「ちが……」

 こんな不気味な気配を漂わせる人物が、ラッセルのお母さんであるわけがない。
 私は、ラッセルに気づかせてあげようと声を出したのだが、シンもどきに口を塞がれて、思うようにこちらの意思が伝わらない。

「会いたかったわ、愛しい我が子よ。どれほどこの時を待ち望んだことか……あぁ、嬉しいこと」
「痛っ……」

 シンもどきはラッセルを認識すると、急に私のことなど眼中にも入らなくなったのか、ドンッと脇に突き飛ばしてラッセルに一歩、二歩と歩みよった。
 突き飛ばされた私は、思いっきりバランスを崩して盛大に尻もちをついた。

 気持ち悪い……なんだこの、猫なで声。
 ご機嫌とるにも程があるでしょうに。
 半分ネコの私が言うんだから、ホントのネコだって気持ち悪いと思うはず。

 突き飛ばされた瞬間は痛かったが、そんな痛みなどそっちのけで、このシンもどきの不気味さへの関心の方が強く、尻もちをついたまま、二人の様子を窺う。

 今まで会えなかった親子が再会する感動のシーンなのに、なぜかムカムカして寒気がするのよね。

 よかったねって涙のひとつでも流してあげれば、この親子には好印象を与えられるだろうに、今の私はラッセルの手を引いて、ダッシュでこの場から逃げ出したいと考えていた。

 私がそんなことを考えている間、ラッセル達は、久しく会っていなかった親子のつながりを取り戻すべく、お互いの歩みを進めていた。

 シンに乗り移っているであろう、ラッセルの母親が愛しそうにラッセルに向かって腕を伸ばす。

 そして、伸ばした指先があと数センチでラッセルに触れようとした瞬間、二人の間に緊張が走った。

 すんでのところでラッセルは大きく後方に跳びのき、シンもどきの手は虚しく空を切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でゆるゆる生活を満喫す 

葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。 もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。 家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。 ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

チートな転生幼女の無双生活 ~そこまで言うなら無双してあげようじゃないか~

ふゆ
ファンタジー
 私は死んだ。  はずだったんだけど、 「君は時空の帯から落ちてしまったんだ」  神様たちのミスでみんなと同じような輪廻転生ができなくなり、特別に記憶を持ったまま転生させてもらえることになった私、シエル。  なんと幼女になっちゃいました。  まだ転生もしないうちに神様と友達になるし、転生直後から神獣が付いたりと、チート万歳!  エーレスと呼ばれるこの世界で、シエルはどう生きるのか? *不定期更新になります *誤字脱字、ストーリー案があればぜひコメントしてください! *ところどころほのぼのしてます( ^ω^ ) *小説家になろう様にも投稿させていただいています

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました

鹿乃目めの
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。 ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。 失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。 主人公が本当の愛を手に入れる話。 独自設定のファンタジーです。実際の歴史や常識とは異なります。 さくっと読める短編です。 ※完結しました。ありがとうございました。 閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。 (次作執筆に集中するため、現在感想の受付は停止しております。感想を下さった方々、ありがとうございました)

逃げるが価値

maruko
恋愛
侯爵家の次女として生まれたが、両親の愛は全て姉に向いていた。 姉に来た最悪の縁談の生贄にされた私は前世を思い出し家出を決行。 逃げる事に価値を見い出した私は無事に逃げ切りたい! 自分の人生のために! 今後長編に変更の可能性有りです ※作者の妄想の産物です

処理中です...