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王宮編

91の2.そんな!

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 よく見ると見慣れた人物、そう、そこにいたのはレイニーさん、その人だった。

「エル、調子はどうだい?   今日はお客様を連れてきたよ?   君も声でわかると思う」
「ああ、ロイズか。痛みはほとんどない。お客人は師団長か?   それから私のことはレイニーでいい。今さらエルと呼ばれても対応に困る」

 ベッドから聞こえる彼女の声はいつもと変わらずだ。ただ一つ普段と違っていたのは、彼女が私と目を合わせてくれないのだ。
 顔はこちらに向けているのに、視線はどこかをさまよっているかのように、宙を見つめたまま動かない。

 不思議に思ってロイズ隊長を振り返ると、私に一度目配せをしてから、ことさら優しい笑顔をレイニーさんに向けて、少しおどけた声で返答する。

「君はエリィシアという可愛い名前があるじゃないか。だからエルでいいんだよ。僕のこともランドルフ、もしくはランディでいいと何度も言ってるじゃないか」
「う、るさいっ。余計なことは言うな。お客人に失礼だぞ。どなただ?」

 レイニーさんの催促に応えるべく、ロイズ隊長は私の背中に手を当てて、彼女に話しかけるよう誘う。促されるまま、私はすぐ側まで近づいて話しかけるべく声をかけた。

「レイニーさん、お久しぶりです。もう少し早くお見舞いに来たかったんだけど……怪我の状態はどうかしら?」
「ああ、サーラでしたか。お恥ずかしい姿で申し訳ありません。あなたにお怪我がなくて本当によかった。私はこの通りの有様で……」

 挨拶がわりに差し出された手は、てんで方向違いに向いている。おやや、と思って指先を眺めると、ロイズ隊長から補足で理由を告げられた。

「あの時、視神経の一部を傷つけてしまったようで、彼女は視力のほとんどを失いました。現在の状態は安定してますが、これ以上となると……」

 ロイズ隊長が苦しそうな表情で私にレイニーさんの状況を説明してくれる。この説明から察するに視力の完全回復は無理なんだろう。つまりそれは、レイニーさんが魔術師団の第一線で活躍するのは難しいという結果を導き出していることになる。

「なぁに、この程度の怪我、すぐに回復してサーラの側で護衛を務めますよ。私の体力を舐めないでください」

 明るい口調で元気を装っているが、本人が自分の状態を一番よくわかっているのだろう。カタカタと小刻みに震えているのが見てとれた。

「……レイニーさん……」

 かける言葉が見つからず、ただ名前を呼ぶ。なんとかならないものかとロイズ隊長を振り返るが、苦笑いをして無言で首を横に振る。

 やがて、ロイズ隊長がレイニーさんの髪を軽く梳きながら、彼女の左手に自分の手を重ねた。

「エル、エリィシア。僕は君と散歩や、ゆったりとしたダンスが出来ればそれでいいと思うんだ。これからは、剣の代わりに僕の手を取ってくれないか?」

 ええっ……それって、プロポーズの言葉やないか。
 いいのか、私やルディが居る時に。思わずルディの腕を掴んで後ずさり、そのまま気配を消して帰るようにクルリと方向を変えた。
 その時、ロイズ隊長からガシッと肩を掴まれて、ニッコリ笑顔で引き留められる。若干黒っぽい笑顔だと思うのは気のせいか?

「なっ、ロ、ロイズっ。お前、サーラがいる時になんてことをっ」
「ん?   彼女がいるからこそ、だよ?   こうでもしないと君はうやむやにして流してしまうだろ。サーラ嬢には立会人になってもらおう」
「くぅっ……」

 真っ赤になって両手で顔を覆うレイニーさんは、私の知っている姉御肌の彼女とは違って、とても可愛い。

「姐さん、よかったじゃねぇか。俺はいいと思うぜ?   お似合いだよ」
「レイニーさん、おめでとう。素敵なカップルだと思いますよ?」
「ロイズっ、お前、嫌なヤツだな。私が断りづらい状況にするなどと……」

 ルディと私の祝福に、照れながら文句を言うレイニーさん。

「君の性格から判断した結果だ。僕は自分の気に入ったものは、どんな手を使っても手に入れるさ」

 レイニーさんに向かって軽くウインクするロイズ隊長。暖かく包み込むような眼差しをする彼には、レイニーさんの視力などハンデにならないのだ、と思っていることがよくわかる。

 じゃれ合うその二人を眺めながら、ルディと二人で邪魔者は消えるべしと静かにおいとました。
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