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魔術師団編
53の2.ここがいいっ!
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「私がそのような目つきをしたというのか? 普段と変わらん。多少苛立ってはいるがな」
「ふふふ。その苛立ちこそが今のあなた様を物語っていますのよ? ようやく人間らしくなられましたねぇ」
「レイニー、何を言っている? 私が人間なのは当たり前だろう。理解できないぞ?」
ラッセルが怪訝そうな視線をレイニーさんに向けて、戸惑いを見せながら話す。
それを受け、ちょっとだけ意地悪そうにレイニーさんが口を開く。
「なぜ苛立つのか、ご自分がどうしたいのか、ようくお考え下さい。ただ……お気づきになられたその時は……それはそれで厄介なことになるやも知れませんねぇ」
後半部分になるにつれ、独り言のように小さな声になっていたので、ラッセルには伝わったのかどうか。
レイニーさんの穏やかな様子とは裏腹に、私はかつてないほどのピンチを感じていた。
「沙羅、ヒューズに迷惑がかかる。早くこちらへ来なさい」
「い、いやですぅ。ルディがいい、ここでいいですからぁ」
私が喋るたびにラッセルの表情がどんどん険しくなってくるようで、それが余計に恐怖に感じる。最初のうちは恥ずかしさからだったが、そこまで強要されると、意地でも動きたくない。
「これ、聞き分けのない子供ではないのだから。ヒューズ、沙羅をこちらに」
「ひっ、あ、はい、はい。ぜひどうぞ」
私に向けられていた視線の強さのまま、ルディに顔を向けたようで、彼はおっかなびっくりの状態で、すぐさま私ん差し出す風に構えた。
「あでっ、や、やめっ。サーラ、痛えっつーの、離れろっ」
「やだっ、ルディがいいモンっ!」
必死で爪を食い込ませルディの体にしがみついた。
「チッ」
たぶん舌打ちした音なんだと思う。その瞬間、私を力任せに引っ剥がそうとしたルディが脱力した。
おや、と思い、私も力を緩めて上を見上げると、口をあんぐりと開け、目をこれ以上ないくらい見開いたルディがいた。隣のレイニーさんまでびっくり目をしながら口を半開きにしている。
二人の視線の先には、眉間にシワを寄せた、これ以上ない程に不機嫌なラッセルがいた。その存在たるや、まるで魔王のごとく……
これ以上ここに居てはいけない、私よりもルディが危ない。直感が私に戻れと訴えてくる。
「も、戻り、まーす」
引きつった笑顔を貼り付けて、ラッセルの隣へストンと腰を下ろす。
首根っこを摘まれて、散々な嫌味をあびるんだろうな、と覚悟を決めて身を固くしていると、意外にも、ヤツの手はゆっくりと頭から尻尾までを丁寧に撫でてくる。その目はさっきとは打って変わって、こちらがびっくりするほど優しくなっている。
まるで壊れ物を扱うかのように、そっと添えられた手の感触は、今まで一緒に生活してきた中でも感じたことのない不思議な感覚だった。
「あ、ふ……ん」
あまりの気持ち良さに大きく伸びをしてからその場で丸くなり、もっと撫でてと催促するように体をラッセルに寄せる。
あれだけ射殺されそうな視線を受けたことすら遠い昔のことのように思われ、目を閉じて彼の指先の動きを全身で感じた。
「師団長……やり過ぎです」
突然、凍ったような冷たい声が上から降ってきた。
「彼女はもうじきカシアス様のお側に控える者です。あまり感情移入なされませんように」
レイニーさんの忠告ともとれる発言に、私を撫でていたラッセルの手がピタリと止まる。
気持ちのいい時間が唐突に止まったのを不思議に思い、『もっと撫でて』とおねだりをするように目を開けてラッセルを見上げた。
目が合った瞬間、フッと顔ごと背けるような態度を取られたことに、訳がわからず小首を傾げる。
彼は素早く立ち上がって、私を撫でていた手を胸元でキツく握りしめ、部屋の扉へと向かった。
「わかった。少し頭を冷やさねばならんようだ……出かける」
そう言い放つと同時に部屋を出ていき、残された私たちは呆然と見送るしかなかった。
「ええ、なんで行っちゃうのぉ。もっと相手して欲しいのにぃ」
恨みがましい声でつぶやくと、その言葉に反応したルディが、いかにも残念そうに私に向かって言った。
「お前、無自覚かよ……そこまでされといて……このバカ」
「ふふふ。その苛立ちこそが今のあなた様を物語っていますのよ? ようやく人間らしくなられましたねぇ」
「レイニー、何を言っている? 私が人間なのは当たり前だろう。理解できないぞ?」
ラッセルが怪訝そうな視線をレイニーさんに向けて、戸惑いを見せながら話す。
それを受け、ちょっとだけ意地悪そうにレイニーさんが口を開く。
「なぜ苛立つのか、ご自分がどうしたいのか、ようくお考え下さい。ただ……お気づきになられたその時は……それはそれで厄介なことになるやも知れませんねぇ」
後半部分になるにつれ、独り言のように小さな声になっていたので、ラッセルには伝わったのかどうか。
レイニーさんの穏やかな様子とは裏腹に、私はかつてないほどのピンチを感じていた。
「沙羅、ヒューズに迷惑がかかる。早くこちらへ来なさい」
「い、いやですぅ。ルディがいい、ここでいいですからぁ」
私が喋るたびにラッセルの表情がどんどん険しくなってくるようで、それが余計に恐怖に感じる。最初のうちは恥ずかしさからだったが、そこまで強要されると、意地でも動きたくない。
「これ、聞き分けのない子供ではないのだから。ヒューズ、沙羅をこちらに」
「ひっ、あ、はい、はい。ぜひどうぞ」
私に向けられていた視線の強さのまま、ルディに顔を向けたようで、彼はおっかなびっくりの状態で、すぐさま私ん差し出す風に構えた。
「あでっ、や、やめっ。サーラ、痛えっつーの、離れろっ」
「やだっ、ルディがいいモンっ!」
必死で爪を食い込ませルディの体にしがみついた。
「チッ」
たぶん舌打ちした音なんだと思う。その瞬間、私を力任せに引っ剥がそうとしたルディが脱力した。
おや、と思い、私も力を緩めて上を見上げると、口をあんぐりと開け、目をこれ以上ないくらい見開いたルディがいた。隣のレイニーさんまでびっくり目をしながら口を半開きにしている。
二人の視線の先には、眉間にシワを寄せた、これ以上ない程に不機嫌なラッセルがいた。その存在たるや、まるで魔王のごとく……
これ以上ここに居てはいけない、私よりもルディが危ない。直感が私に戻れと訴えてくる。
「も、戻り、まーす」
引きつった笑顔を貼り付けて、ラッセルの隣へストンと腰を下ろす。
首根っこを摘まれて、散々な嫌味をあびるんだろうな、と覚悟を決めて身を固くしていると、意外にも、ヤツの手はゆっくりと頭から尻尾までを丁寧に撫でてくる。その目はさっきとは打って変わって、こちらがびっくりするほど優しくなっている。
まるで壊れ物を扱うかのように、そっと添えられた手の感触は、今まで一緒に生活してきた中でも感じたことのない不思議な感覚だった。
「あ、ふ……ん」
あまりの気持ち良さに大きく伸びをしてからその場で丸くなり、もっと撫でてと催促するように体をラッセルに寄せる。
あれだけ射殺されそうな視線を受けたことすら遠い昔のことのように思われ、目を閉じて彼の指先の動きを全身で感じた。
「師団長……やり過ぎです」
突然、凍ったような冷たい声が上から降ってきた。
「彼女はもうじきカシアス様のお側に控える者です。あまり感情移入なされませんように」
レイニーさんの忠告ともとれる発言に、私を撫でていたラッセルの手がピタリと止まる。
気持ちのいい時間が唐突に止まったのを不思議に思い、『もっと撫でて』とおねだりをするように目を開けてラッセルを見上げた。
目が合った瞬間、フッと顔ごと背けるような態度を取られたことに、訳がわからず小首を傾げる。
彼は素早く立ち上がって、私を撫でていた手を胸元でキツく握りしめ、部屋の扉へと向かった。
「わかった。少し頭を冷やさねばならんようだ……出かける」
そう言い放つと同時に部屋を出ていき、残された私たちは呆然と見送るしかなかった。
「ええ、なんで行っちゃうのぉ。もっと相手して欲しいのにぃ」
恨みがましい声でつぶやくと、その言葉に反応したルディが、いかにも残念そうに私に向かって言った。
「お前、無自覚かよ……そこまでされといて……このバカ」
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