捨て猫を拾った日

トウリン

文字の大きさ
上 下
49 / 70
愛猫日記

彼のリベンジ、彼のヤキモチ⑥

しおりを挟む
 真っ先に我に返ったのは篠原しのはらだ。

 唐突に現れさっさと去って行った男の背中を呆然と見送っていた彼女がクルリと振り返り、ガッと大に掴みかかった。
「ちょ……っと、アレ誰!? すっごいカッコいいじゃん。真白ましろって、呼び捨てだったけど、あの子のお兄さんとか? あれ、でも、あの子って家族……」
 篠原は立て続けに疑問符を発し、最後はもごもごと言葉を濁す。高校では真白が児童養護施設で暮らしているということは周知の事実だったけれど、職場では知られていない。流石に、篠原もそれを言いふらすほど軽率ではないらしい。
 あの男――佐々木幸一ささきこういちとやらは、多分『廃病院』に入るつもりだろう。真白を探しに。

「オレも行ってきます」
「え、どこに」
 篠原同様、孝一の姿を目で追っていた竹原が、今度は大にその目を向ける。彼は親指で背後の『廃病院』を指して、答えた。
「この中ですよ」
「でも、二回続けての入場はできませんって、書いてあるよ?」
 パンフレットの注意書きを指差しながらそう言ったのは篠原だ。
「事情を話せば……」
「でも、あの人がもう行ったじゃない。探すにしたって二人は要らないでしょうし、まだそんなに時間経ってないし、係の人だって許可してくれないよ」
 ずばずばと指摘する篠原に、大はグッと返事に詰まる。

 悔しいが、彼女の言う通りだ。
 もどかしさで拳を握り締めた大に、清水が首をかしげる。
「五十嵐君はあの人の事知ってるの?」
 孝一の方は完全に大をスルーしていたけれど、大の方があげた声を彼女はちゃんと聞きとどめていたらしい。

 大は孝一のことはろくに知りはしない。だが、彼と真白との関係は、知っていた。
 答えたくはない。以前に耳にした『事実』を自分の口から言葉にしたくはないが――この奇妙な状況を打開する為には、答えなくてはならないのだろう。

 大は渋々自分が知る唯一の答えを口にする。
「あの人は、大月さんの婚約者らしいですよ」
「ええッ?」
 素っ頓狂な声をあげたのは篠原だ。
 大は苦々しい声で付け加える。
「『自称』、だよ『自称』。大月さんからは、そんなふうに聞いたことはないけど。彼はそう言ってた」
「でも、じゃあ、大月さんはあの人のこと好きなわけ?」
 あからさまに嬉しそうに、篠原が言う。

(彼女があいつのことを好きか、だって?)
 真白からは何度も彼女自身の想いを聞かされてはいるが、素直にはいそうですかと受け入れるのは、大にはまだ無理だった。
「さぁな」
 投げやりに肩をすくめる大に、篠原は食い下がる。
「だって、婚約者なんでしょ? 結婚前提のお付き合いってヤツでしょ?」

 ああ、そうだよ。
 ヤツは真白にぞっこんで、真白もヤツに心を丸々明け渡している。
 真白は、ヤツになら彼女を抱き締めさせるし、彼女もヤツには縋り付くんだ。
 そんなこと、ずっと前にわかっていた。これ以上はないというほどに見せ付けられて、今日またダメ押しを食らった。

(それでも、足掻きたいんだから、足掻かずにはいられないんだから、仕方がないだろ)
 ギュッと歯を食いしばった大に、篠原の声のトーンが落ちる。

「……大月さんも、あのヒトのこと、好きなんだ?」
 今度は、疑問の形をした確認で。
「だから、何だよ?」
「勝ち目、ないんじゃない?」
 篠原が、大の腕に手を伸ばしながらそっとそう言った。
 見てくれ良くて、金があって、オトナで、包容力があって――何より、真白の気持ちはアイツにしか向いていない。

 確かに、勝ち目なんて皆無だ。

 だけど。

「俺のことを好きになってくれないからって、サックリ他に目を向けられるほど簡単なもんじゃないんだよ」
 むっつりと答えた大の服の袖を握っていた篠原の手に、キュッと力がこもった。俯いた彼女のつむじが、見える。
「ああ、うん……そうだよね。好きっていうのは、やめようとおもってやめられるもんじゃないよね」
 掻き消えそうなその呟きに、大の胸がチクリと痛んだ。

 篠原の気持ちが誰に向けられているのか、判らないほど鈍い大ではない。
 けれど、やっぱり、真白の想いが孝一にしか向けられていないからと言って真白のことを好きな気持ちは少しも褪せないし、篠原が彼のことを好いてくれているからと言って、彼女のことを女の子として好きになれるわけでもない。

 ごめん。

 その一言が口からこぼれそうになるのを、大は呑み込む。
 謝るようなことではないし、篠原だって、多分謝って欲しくなどないだろう。
 周囲には明るい喧騒と楽しげな音楽が溢れているのに、この場の空気だけがズシリと重くなったように感じられた。

 それを、竹原ののんびりとした声が吹き払う。
「まあ、色々難しいよねぇ。で、どうする? もう解散にする? 大月さんを待つ?」
 答えは判っているだろうに、彼はわざわざそう訊いてきた。清水と中野は、今の篠原と大の遣り取りなどまるで耳に入っていなかったかのように、澄ましている。
「大月さんを、待ちましょう」

 みんなで。

「了解」
 竹原は小さく頷き、ニコリと笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

処理中です...