大事なあなた

トウリン

文字の大きさ
上 下
41 / 73
狼におあずけをくわせる方法

しおりを挟む
 夕食はとても豪勢で美味しかった。
 ずいぶんと量が多くて、弥生《やよい》と葉月《はづき》は食べきれなかったけれど、二人が残した分は睦月《むつき》がキレイに平らげた。

 現在は夜の十時。
 いつもきっかり九時には寝かしつけられている葉月は、寝るように言われると、珍しく駄々をこねていた。それでも身体に叩き込まれた生活リズムには勝てないようで、コトンとスウィッチが切れるように眠りに落ちたのは三十分ほど前のことだ。

 弥生は、末っ子の母親讓りのその柔らかな寝顔をしばらく見つめてから、睦月に声を掛ける。
「わたし、露天風呂に行ってくるね」

 彼女は風呂好きだけれども、家事に追われる生活ではなかなかゆっくり湯船につかることができない。
 せっかくの機会なので、上気せるほどの長風呂をしてみたかった。

「ああ。先に寝てるかもよ?」
「うん、わたしのお布団、一番廊下側にしておいて?」
「わかった。ごゆっくり」
 そう言って、睦月は寝転んで漫画雑誌に目を落としたまま、ヒラヒラと手を振って寄越した。

 部屋から出ても他の宿泊客もなく、廊下は静まり返っている。しばらく歩くと、離れになった形の露天風呂が見えてきた。

 女湯の暖簾をくぐって、脱衣所に入る。脱いだ浴衣をキレイに畳み、その間に以前一輝からもらったネックレスを挟む。弥生は、タオル一枚を手にして浴場に向かった。

 浴場は広くはないが風情のある岩風呂だ。
 湯船に身体を沈めると、少し熱めのにごり湯が気持ちいい。

 ――こんなにゆっくりお風呂に入るのって、いつ振りだろう……。

 うっとりと目を閉じる。
 そうして、ふと、一輝《かずき》のことを思い浮かべた。

 彼も、寛いでいるのだろうか。
 普段とあまり変わらない表情だから、判定が難しい。
 その上、いつも甘えたな葉月が今日は一段とくっついてくるので、主役の筈の一輝のことを、あまりよく見られていなかった。

 ――寝る前に、ちょっとくらい、お話したいな。

 そう思った弥生の頭に、ふと、夕食前の一幕のことが思い浮かんだ。

 あっさりと行ってしまいそうになった一輝に思わず声が出てしまったけれど……。

 その後のことを思い出し、弥生の頬は温泉の為だけでなく、熱くなる。

『あれ』以来、キスは何度もしているけれど、未だに弥生はその雰囲気に慣れない――いつか、慣れる日がくるのだろうか。

 遥かに年下の筈の一輝はいつも落ち着いていて、『そういう』場面になった時でも、常にスマートだ。弥生も、早く彼に追いつかなければ、と思ってはいるのだけれど。

 現実は、なかなかに難しい。

 ――わたしの方が年上なんだし。

 本当は、弥生の方からリードしてあげなければいけないのに。

 そうやって甚だおこがましいことを悶々と考え込んでいた彼女は、背後での微かな物音には気が付かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一目ぼれした小3美少女が、ゲテモノ好き変態思考者だと、僕はまだ知らない

草笛あたる(乱暴)
恋愛
《視点・山柿》 大学入試を目前にしていた山柿が、一目惚れしたのは黒髪ロングの美少女、岩田愛里。 その子はよりにもよって親友岩田の妹で、しかも小学3年生!! 《視点・愛里》 兄さんの親友だと思っていた人は、恐ろしい顔をしていた。 だけどその怖顔が、なんだろう素敵! そして偶然が重なってしまい禁断の合体! あーれーっ、それだめ、いやいや、でもくせになりそうっ!   身体が恋したってことなのかしら……っ?  男女双方の視点から読むラブコメ。 タイトル変更しました!! 前タイトル《 恐怖顔男が惚れたのは、変態思考美少女でした 》

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

天使と狼

トウリン
恋愛
女癖の悪さに定評のある小児科医岩崎一美《いわさき かずよし》が勤める病棟に、ある日新人看護師、小宮山萌《こみやま もえ》がやってきた。肉食系医師と小動物系新米看護師。年齢も、生き方も、経験も、何もかもが違う。 そんな、交わるどころか永久に近寄ることすらないと思われた二人の距離は、次第に変化していき……。 傲慢な男は牙を抜かれ、孤独な娘は温かな住処を見つける。 そんな、物語。 三部作になっています。

【改訂版】12本のバラをあなたに

谷崎文音
恋愛
――夫婦ってなんだろう。結婚ってなんだろう。夫とは、妻とは、そして仕事とは。 仕事はできるが自分の気持ちに素直になれない女。のんびりしているように見えるが考えすぎる男。離婚した過去を引きずるこじらせ男女の切ない恋模様。 【登場人物紹介】 麻生 遼子(あそう りょうこ)32才 弁護士。過去に離婚を経験している。 別所 聡(べっしょ さとし)45才 コンサルタント会社社長。過去に離婚を経験している。 【あらすじ】 遼子(りょうこ)は企業内弁護士(インハウスローヤー)、企業の社員として雇用されている弁護士だ。 会社の社長である別所(べっしょ)にほのかな恋心を抱いているが、いま一歩踏み出せないままでいる。その別所も遼子を好きなことは自覚しているものの悶々とした毎日を過ごしていたが、遼子が会社を去る日まで一ヶ月を切ったことで焦りを感じ行動に移したが空振りもとい玉砕。そんな別所にしびれを切らした友人の粋な計らいで絶好のチャンスを与えられたものの遼子は愛の告白に応えてくれなかった。その後遼子の元夫が現れたことをきっかけに二人の関係は急速に進展していく。 別所と遼子、2人の恋を陰に日向に見守る若い恋人たちと熟年夫婦。それぞれの価値観が交差する人間模様。 【注意】 本作の著作権所有者は谷崎文音です。当方が著作権を有する作品の一部または全部を無断で複製・改変・転載・転用・賃貸・配布・配信・販売することを禁じます。 No reproduction or republication without written permission.

盗賊と領主の娘

倉くらの
恋愛
過去の事件がきっかけで心に大きな傷を持った領主の娘レイピア。 表はサーカスの次期団長、裏は盗賊団の頭という2つの顔を持った青年スキル。 2人のピンクダイヤモンドをめぐる攻防と恋の行方を描いたファンタジーラブロマンス。 女たらしな盗賊×気の強い貴族の女性 お相手は主人公に出会ってからは他の女性に目を向けません。 主人公は過去に恋人がいました。 *この作品は昔個人サイトで掲載しており、2010年に「小説家になろう」で無断転載被害にあいましたが現在は削除してもらっています。 *こちらは書き手本人による投稿です。

凍える夜、優しい温もり

トウリン
ライト文芸
颯斗が綾音と出会ったのは、綾音が十七歳、そして颯斗が十三歳の時。 三年経った今でも、綾音は颯斗のことを子どもとしか見てくれない。 ――『あの時』から凍ってしまった彼女の時を溶かしたいと、どんなに彼が願っても。 屈託のない笑顔を見せながらも人を愛することに臆病な綾音と、彼女を想いながらも一歩を踏み込むことのできない颯斗。 颯斗視点で物語が進みます。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

処理中です...